短編小説 【未知数(Unknown)】
都内に引っ越してきて3年が経った。
初めて東京へ遊びに来た時、見えるもの全てが高く、夜は目を閉じてしまいそうなくらい明るい街に驚き、異国の文化を乱雑に仕舞ったおもちゃ箱のような場所だと思った。
成人し東京で過ごす時間が長くなると、様々な人と仕事を通して出会うようになった。
面倒臭く、無意味な柵が増え、次第に私の目に映る光景こそが、理想の裏側の姿だと認識した。
狭く息苦しい世界
皆が似た夢を持ち、人が集まると競い、「自分かお前」で比較しはじめる。
誰かに教えられた訳でもないのに、"華々しい自分こそが理想であり絶対だ!”と思い込み言い張るのだ。
理想の自分に喰われ、飼い慣らされてしまったみたいに...
私は、東京に来るまで感じることの無かった刺激に酔い、夢中になって理想を必死で追いかけた。
そして、沢山の現実と向き合ったつもりでいた。
今の私は、少し疲れてるのだと思う。
これから生きて行こうとしてる世界と向き合うことに...
14歳の誕生日。 都内に住む叔母から誕生日プレゼントを貰った。中に入っていたのは、有名な劇団のチケットで連日即完売してしまう程のものだった。
初めて見た舞台は、面白可笑しく。観客に魅せる役者達は、キラキラ輝いていていた。 舞台上で織り成される物語に、私は夢中になって観ていたのだ。
舞台が終わり自宅に帰り、1日,2日,1週間,1ヶ月と日が経つが、一向に舞台への熱が冷めなかった。
これが、私の”夢と理想”との出会いである。
夏の暑さがまとわりつく20時過ぎの公園。この時間になると、人気は殆ど無くなり虫と蛙の音だけが聞こえる場所に変わる。
週に1度か2度、この時間帯になるとギターを弾いてる男の人が居るのだ。
初めて彼の演奏を聞いたのは、3ヶ月前。
その頃の私は、所属していた劇団を辞め、ただ宛もなく家の近所を歩いては、カフェやファーストフード店に入り浸り、本を片手に現実逃避している時だった。
夜になり帰ろうと近所の公園を通った時、TVか何処かで聴いたことのあるメロディが聞こえた気がした。
拾った音を確かめる為に耳を澄ますと、勘違いじゃないことが分かった。
私は、音を頼りに薄暗い公園内に敷かれた道を歩く。
音が鳴っている場所が見えてくると、1人ギターを弾く歳の近そうな男の人が、そこには居た。
決まって金曜日の21時過ぎに始まる彼の演奏。 一番近くで聞ける街灯傍のベンチに座り、彼が来るのを待った。
スマホのアラームが21時を報せた少し後、右の方から誰かが来る足音が近くなる。
「お姉さん今日も来てるんだね。聴いていくの?」
「うん」
「そっかそっか。ちょっと待っててね」
そう言って、年季の入ったギターケースから丁寧にギター取り出し準備し始める。
「リクエストある?」
初めて私が声を掛けた時から、変わらない彼からの質問。
私も初めて聴いた時と同じ様に、一字一句変えずに答えた。
「貴方が弾いてる姿が好きなの。だから気にせず貴方の弾ける曲を聞かせて。」
へいへいと言って、左の指を器用に動かしながらコードと呼ばれる型を確かめるように、ゆっくり音を出し始める。
「なんだか思い出すなぁ。初めてそれ言われた時、ナンパの決まり文句か何かと思ったんだ。少し怖いからさ、満足するまで聴かせたら帰ってもらおうって。
そしたら2曲目の途中でお姉さんを見たら、寝息たてて寝てるの。驚いたよ。聞かずに寝るんかい!!って」
初めて出会った時の事を話され、途端に恥ずかしくなる。 恥ずかしさで彼の口を止めたくなるのを抑えて、聞くことに徹した。 足掻けば、更に笑いのネタにされると知ってるから。
「お姉さんが眠ってる姿を見てたら、怖がってる自分が馬鹿らしいなって思ったんだよね。 ...それとは別に、歳の離れた弟妹達に聞かせる為に、弾いてたのを思い出してさ。すっごく懐かしくなったんだぁ。」
考えるように止まったのを見て、更に何かを伝えようとしてるのを感じた。
一拍、ニ拍、いやもっと長かったかも知れない。それでも私は、彼が話すのを待った。
「まぁあれだ。こうやって毎回聴いてくれる人が居るのが分かって、すっごく嬉しいことなんだなって思ってさ。 何度も聞きに来てくれて、ありがと。」
多分、笑ったんだと思う。横からは、表情分からなかった。 けど、恥ずかしさを隠す様に唇を噛み締めているのが、ちらりと見えた。
「それじゃリクエスト通り弾くね。」
彼の話を聞くのに集中してると、ギターを弾く準備が終っていたみたいだ。
暑かった風が引き、少しだけ涼しくなった夜、ゆっくりと彼の演奏が始まった。
一曲目は、タイトルの知らない曲だった。CMか何処かで聞いたことがあって、多分有名な曲なんだと思う。
毎回違う曲を弾く彼のレパートリーの多さは、素人目に見ても凄いことなんだと思う。
ふと、ある考えが過ぎった。無理して曲を覚えてから、此処に来てるのでは?と… 休憩してる時にでも聞こうと、心配と共に心に書き留め、私は聴くことを続けた。
彼が何曲か連続で弾くと、動かしていた手を止める。
「ふぅ〜ちょっと指が疲れた。いったん休憩。」
「何か飲む?私買って来るよ」
「いやいや、買わせるのは申し訳ないよ。
喉が乾いたと思ってたし。
そうだ、一緒に行こ。」
大袈裟に体を使って受け取れないと言うと、彼は抱えてたギターをケースの上に置き、ベンチから立ち上がった。
ベンチから離れ少し歩くと、私は聞いてる途中に気付いた事について聞いてみた。
「ねぇ聞いてもいい?」
「ん?いいよ。」
「どうして毎回違う曲ばかり弾くの?」
「あーそれ? 練習で散々弾いてる曲ばかりだし、ここで同じ曲を2回も3回も弾くってのもねぇ。 1度きりと思って、ここで披露してる方が得られるモノが多いかな〜って思ってね。」
「なんだか勿体ないね。」
「そう?もう1回聞きたい曲でもあった?」
私は、頭を左右に振って答える。
「頑張って手にしたモノを手放すことが、勿体ないなって思ったの。」
「確かに、そういう考えもあるね。 んー喩えばさ、小学校の時にクラス毎で演劇をやらなかった?
その時さ、必死に自分の台詞覚えて、クラスの皆に合わせれる様に頑張ったと思うんだ。 親やクラスの保護者の人達、先生とかにしっかり練習したことを発表する為にね。
むっちゃ緊張するし、恥ずかしいけど頑張るんだよ。たった1回、その発表する瞬間の時の為に。 そしたら何が残るかな?」
「え...っと」
「考える程のことじゃないよ」
話を振られたと思い考える私を止めて、彼は笑いながら話続ける。
「見に来た親や先生は、関係無いんだ。
アイツら、子供・生徒の成長を直で見れて喜んでるだけだから。
でもそこじゃない。
自分達が頑張って作り上げた劇が、"思い出"になるんだよ。
終わった後になっても残る、思い出や経験こそが一番大切だなって俺は思うんだ。
だから、勿体なくは無いよ。ちゃんと結果を出してるんだからさ。
それがどんなに小さな成功や大きな失敗だったとしてもね。
難しい問題に向き合った分だけ自分は成長してるって、それさえ分かってれば勿体ない事なんて無いと思うんだ。」
今の私には、彼の言葉が眩しかった。
「どうして、そんなに頑張れるの?」
「んー頑張って無い。って言ったら嘘になるなぁ。
俺、曲を聞くのもギターを弾くのも好きなんだ。
それを頑張る理由にしてもいい?」
「どうして誰も聞いてくれない場所で、1人弾いてるの?」
私の質問に、足を止めてしまう彼が見えた。
歩くのを止め彼を見ると、困った顔をしていた。
「それは参ったなぁ。人目を避けてるのは確かだしな。
こいつ練習しなきゃ何も出来ない奴でさ。色々克服したいっていうか、そんな感じだよ。」
彼は、自分の事を指差しながら、誤魔化すように笑って止めた歩みを進めた。
彼に話を振った自分が、嫌になる。
「ごめんなさい。色々聞いてしまって。あまりにも私とは違って見えて...」
「全然構わないよ。俺も、お姉さんが聴きに来てくれるお陰で、モチベーション維持してる所あるし。
...それじゃ俺からも1つ聞いてもいい?」
「面白味のない答えになるけど、それでもよければ」
「今、楽しい?」
「?楽しいって映画館行ったり、遊びに行った時に、感じるもの?」
「そうそう。それ!」
うーん。少し考える間に言葉を1つ1つ組み立ていく。
「...楽しくはないかな。沢山考えるし、悩むから。否定的な言葉が浮かんでは、私のやる事をを妨げようとするし。
でも、貴方の曲を聴いたり話てる瞬間は、楽しいよ。 何度も貴方の演奏してる姿を見たり聴いてる内に、嫌で目を逸らしてる事とかに本気で向き合うのも悪く無いかなって思うようになれたから。」
「そうなの?」
「そうだよ。初めて貴方の演奏を聴いた日。
私ね、役者を辞めて舞台の上に立つのを諦めようとしてたから。
一緒に頑張ってた人達と喧嘩別れみたいに、劇団を辞めてしまったんだ。
...でもね、貴方の頑張る姿を見てたら。
こいつ小さい奴だなって。」
彼の言葉を借りて、私を指差して笑った。
「それでね、迷惑をかけた人達にもう1度しっかり謝りに行こう。って考えてたの。
考えてるだけで、行くのを躊躇ってるんだけど」
「そうだったんだ。
...役者って凄いね。あれでしょ?あの...テレビとかに出てる様な人達だよね..合ってる?」
私の暗い話を聞いて、どうにか話題を変えようとしてるのが伝わってきた。
「役者って言っても、私は舞台の役者の方よ。
テレビや映画に出てる俳優さんも役者なんだよ。
最近は、声優を目指す役者も多いみたい。」
私の話を理解したのか、キラキラした目で私の話を聞いていた。
「それって、めっちゃ凄い仕事じゃん。そっかぁ。かっこいいね。」
「辞めてしまったけどね。」
彼は、苦笑いしながら言う。
「辞める前に何があったかは聞かないでおくよ。
役者さんかぁ。」
会話が途切れ、彼と私の間にあった言葉のボールが、何処か遠くに行ってしまった。
いや、私のせいか。
結局、あれから一言も話さずに、目的の自販機の前に着いた。
思い思いに選択しボタンを押す。
互いに違う飲み物を選ぶ。
当たり前か。
違ったって良いじゃない。
互いに好きなモノを、飲みたかったモノを、選んでるのだから。
私の地図上に、彼は居ない。
私の隣に居る彼の地図上にも、私は居ない。
当たり前だよ。
ぼーっと、自販機の光を眺めてた私は、何か伝えようと考えるよりも先に、口から言葉が溢れる。
「私、【大空(かなた)】っていうの。
貴方の名前を教えて。」
彼の方を向くと、彼は驚きながら私を見ていた。
「えっと。【冬二(ふゆじ)】
家族とか友達には【ふゆ】って呼ばれてる。」
どうして、自分の名前を言ったのか分からない。
この公園で出会ってから、一度も名前を言ってなかったからなのか、たった今、彼に興味を持ったからなのか。
「ありがとう。冬くん」
そうか。私も、彼にお礼を言いたかったんだ。
もやもやが晴れ、途端に恥ずかしくなる。
思考の酔いが覚め始め、体中に血が巡る。
この酔いが覚めきれば、胸元まで出かかった言葉が、絶対言えなくなるかもしれない。
だから...
「私、まだ頑張れるかな?また立てるかな?私の好きな舞台に」
こんなの答えられる訳無いじゃん。でも、言いたかった。言わなきゃいけない気がした。
彼からの答えは無い。けど、目の前に居る。
私を見据えて、戸惑うでも無く、焦るでも無く、ずっとずっと奥底まで見透かしている様な目で、私を見ている。
「頑張るなんて当たり前だろ?お前は、俺に死ねって言われたら死ぬのか?」
彼は、笑いながら答えた。
「お姉さん。聞く相手間違えてるよ。
その質問は、お姉さん自身に問いかけるものさ。」
彼は、見せつける様にボトルのキャップを開け、ゴクゴクと音を立てながら一気に飲干す。
そして、空になったボトルをゴミ箱に捨てた。
「例えばだけどね。
この捨てたボトルってさ。中身を飲みこめば、後に残った物はゴミになるんだ。当たり前の話だけどね。
でもね、考え方や見る方向を変えるとさ、この飲み終わったボトルを捨てる以外に、色んな使い道あるんだよ。
リサイクルしてもいいし。飾ってもいいし。売ってもいい。何してもいいんだ。
だからね、大空の考え方や見る方向次第で、お姉さんは何者にでもなれる。
もう1度、お姉さんの好きな舞台の役者さんにだってね。
だから、自信持ちな。
自信無くしたら、また俺のギター弾いてるのを聞きに来ればいい。話したいなら話せばいい。
誰にも言えなくて、辛かったんでしょ?ほら」
彼は、私へ綺麗に畳まれたハンカチを差し出す。
私がハンカチを受け取るのを確認すると、彼は来た道の方を向いた。
「それ、一生貸してあげる。んじゃ俺は先に行って待ってるね。次はなにを弾こうかな〜」
私は、気が付かない内に涙を流していたらしい。
おしまい
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あとがき
最後まで読んでいただき、有難うございます。
この話は、3年前(2018年頃)の自身の体験が元になってます。人生、何処で出会いがあるのか分かりませんね。
この物語の続きは書きません。ですが、精神的続編は出るかも?です。
あと、これとは別にもう一つの物語があって、どっちを投稿するかで悩みました。本当に。
次回は、もう片っぽの話になると思います。
後日、蛇足の部分であったり、書けなかった部分や設定とかを投稿する予定です。(1週間後か、もっと時間かかるかもですけど...)
あと、中途半端に終わらせた理由が読めます。
ヒントは「人生は、死ぬまで終わらない」です。
多分、有料にするのかな?まぁそこは書き終わったら考えます。
それじゃまたね〜
2021/03/15
設定や裏話を投稿しました。
※途中から有料です。【未知数(Unknown)】〜設定と私〜|Masaya🍎🍮#note
https://note.com/0007993961/n/n8f1032dee8ab
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