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「バズらなくていい」“地味な発信”続け、ファンから300万円支援された若手工芸家に聞く

「40歳で食えるようになれば上々」という厳しい伝統工芸・漆芸の世界において、若手ながら業界の未来を担おうと活動する漆芸家・浅井康宏さん。

蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)といった複数の伝統的な技法を用いて、息を飲むほどに微細な装飾がなされた工芸品を制作されています。

蒔絵螺鈿高杯「菊花」

*蒔絵螺鈿高杯「菊華」*

蒔絵螺鈿六角香合 「雫」

*蒔絵螺鈿六角香合 「雫」*

そんな浅井さん、普段は作品の制作だけでなく、SNSやライブ配信サービスを使った発信活動にも力を入れています。

浅井さんは、決して派手ではないけれど、地道で正直な発信を細く長く続けてきたことで、ゆるく応援してくれる人たちとつながれたそうです。

今年には、個展に合わせたクラウドファンディングを実施すると、そういったゆるいつながりのある人たちが積極的に支援してくれ、300万円近い金額が集まったのだとか。

浅井さんが漆芸家の道を歩み始め、自分なりの発信スタイルを見つけ、ファンから応援されるクリエイターになるまでの話を伺いました。

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浅井康宏(あさい・やすひろ)
1983年、鳥取県生まれ。2004年に国立富山大学高岡短期大学部漆工芸コースを卒業し、作家の道へ。2005年より重要無形文化財保持者(人間国宝)の漆芸家・室瀬和美氏に師事。第32回日本伝統漆芸展「文化庁長官賞」はじめ、数多くの受賞歴を持つ。

「美しいけれど、扱いにくい」漆の魅力に惹かれ、伝統工芸の世界へ

ーー漆芸って、多くの人にとって身近ではないものだと思いますが、浅井さんはなぜこの世界に?

浅井:単純なんですが、漆芸品の美しさに魅入られたことが理由だと思います。

ただ美しいだけではなく、作品がつくられる過程も魅力的で……というのも、漆ってすごく扱いにくい素材で、加工自体が難しい上に、触ると手がかぶれてしまうんですよね。

綺麗な作品を生み出そうとしているのに、作り手は最初、漆でかぶれてボロボロになる。

それを乗り越えて作品ができるからこそ、やたらと愛しく思えたり、一緒に辛い思いをして制作に取り組んだ人と仲間意識が強まったりする。

そういう、なかなか思ったようにいかない、まるで人間のような素材から生まれてくるところも良さなんです。

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*蒔絵螺鈿飾箱「軌跡」*

ーーこんなに美しいけれど、作られる過程は決して綺麗なだけではないんですね。漆芸とは、いつ出会ったんですか?

浅井:高校のときに特別授業のような枠があり、たまたま漆芸を学べるコースがあって、なんとなく選択したんです。

そこで教えてくれた先生とそりが合って、「この学校が始まって以来の逸材だ」みたいに言ってくれたんですよね。

今思えば、そもそも当時僕が通っていた高校は開校から9年目で、しかも漆芸のコースは特に人気がなくて毎年2〜3人しか受講しないので、開校以来の逸材と言っても、たかだか数十人の中での話なんですけどね(笑)。

でも、それで調子に乗っちゃって、放課後に毎日、部活のような感じで漆芸に取り組むようになったんですよ。

ーー高校のときから漆芸を始めたんですね。

浅井:そうして高校で3年間、漆芸の授業を受けて、もっと深く学びたいと思ったのでその道に進むことにしたんです。

とにかく作家になりたいという意識が強かったので、漆芸を学べる短大に進学し、最短で卒業してプロになることを目指しました。

当時は朝から晩までずっと学校に入り浸って、制作だけをしていた覚えがあります。

そこまで漆芸にのめりこめた理由として、自分の一番の問題である「社会にうまく馴染めない」という性質が、漆に出会って良い方向に転がったのが大きかったように思います。

自分の頑固さやわがままさは、漆芸に取り組む上では、長い時間集中して作業を続けられるという強みになる。

そうやって、漆が僕と社会との接点になって、世界をつなげてくれたような感覚があるんです。

10年かけて気づいた、「人の心を動かす作品」を生み出す秘訣

ーー漆芸家を志してからは、どんな道のりを?

浅井:本当に、すごく長い間作品が売れませんでした。

20代の頃はずっと売れなくて、親戚のおじさんに「どうか買ってくれないか」と手紙を書いて頼み込んだりして、どうにか食いつないでいました。

そんな状況でも、未来に対する楽観的な考え方というか、根拠のない自信があって。

周りの先生や先輩からは、「35歳までは絶対に食えない」「40歳くらいまで貧しいのはしょうがない」と言われていたんですけど、そういう話を聞くとむしろ燃えたというか、頑張れば若くても食えるんじゃないかと思っていたんです。

そして、結果として30代前半には作家として食えるようになったんですよ。

ーーそれは、なぜでしょう?

浅井:作品に向き合う上での考え方が確立されたからだと思います。それが何かと言うと、「他者の目線ではなく、自分の目線で作品をつくる」ということです。

これはすべてのクリエイターに言えることだと思うんですが、お客さんや社会が求めることに合わせない方が、結果として人の心を動かせる作品を生み出せるんじゃないかと。

むしろ自分の中にあるちょっと綺麗じゃない部分や、人に引かれそうな部分こそが、クリエイターとしての武器になると考えているんです。

例えば僕の場合は、時間をかけて本当にものすごく細かい加飾をするんです。

すると、「そんなに細かく描いても漆芸を買うような年配の人は見えないんじゃないの」とか、「一つの作品にそんなに時間をかけたら価格が高くなりすぎて売れないんじゃないの」とか突っ込まれるんですよ。

でも、それを無視して自分の視点を突き詰めて作った方が、刺さる人には刺さる。結果として、それを求めてくれるお客さんは現れるし、収入にもつながっていく。

20代の頃から10年ほど制作に向き合うなかで、そう気づけたことが大きかったように思います。

ーー何か大きな転機になった出来事などはありましたか?

浅井:いや、そういうドラマチックな話はなく、本当に細々とした地道なことしかしていなくて……。

売れない漆芸家って誰も声を掛けてくれないわけですが、それでも小さいグループ展に出られる機会があれば、一生懸命に作品をつくって、丁寧に接客をする。

そういう地道な活動を繰り返しているうちに、だんだんと声を掛けてもらえる企画の規模が大きくなっていきました。

それはすべて、展覧会でいろんな人に話しかけるとか、そういう小さなことの積み重ねから始まっていると思います。

「作品をつくるだけじゃダメ」人間国宝の師匠から得た学び

ーー浅井さんは作品づくりだけでなく、SNSやライブ配信サービスを活用した発信にも力を入れているように思います。それは、なぜなんでしょう。

浅井:漆芸の師匠から、ただ作品をつくるだけでなく、それを伝えることの大切さを学んだからですね。

僕の師匠は人間国宝の室瀬和美さんという方で、先生のことを知ったのは著書がきっかけでした。

学生時代に先生の本を読んで「この人の弟子になりたい」と思い、それから先生の講演会に行って話しかけたことが、師事するきっかけにもなりました。

著書を出すことも講演会を開くことも発信であり、それに影響を受けたことで僕の今があります。

そうやって、作品をつくるだけでなく、業界に影響を与えていくことも作家の仕事だと思うんです。

ーーご自身が、他者の発信によって人生が変わった経験があるんですね。

浅井:それでブログを始め、何年か続けたんですが、最近は動画配信が多くなりましたね。

とにかく自分の考えていることを人に伝えるのが大切だと考えているので、自分の中にあるものを少しずつ発信しています。

僕は一日8時間以上作品制作の作業をしていて、最近はその様子の一部を00:00 Studioで垂れ流すように配信しています。

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*浅井さんが00:00 Studioで漆芸の作業配信をしている様子*

浅井:個人的には、作品を磨くうちに少しずつ光沢が増してくような過程は面白いと思うんですが、8時間も続く配信をずっと見てその面白さを見出してくれるような人って、そんなにいません。

一方で、毎日少しずつ配信をのぞき見しに来てくれる人がいて、そういう人たちは僕と同じクリエイターが多いんですが、会話しながら一緒に作業していると、だんだん仲間意識が高まっていくのが面白いですね。

驚いたのは、僕の作業をリアルで手伝ってくれる人が現れて。配信の視聴者さんが展覧会の設営を手伝ってくれたりとか、そういうつながりが生まれているんです。

ーー配信を通じてクリエイター同士のつながりが生まれているんですね。

浅井:それに、毎日の作業をすべて配信してアーカイブの動画を残しておくと、いつか役に立つんじゃないかという考えもあって。

もし、国内の展覧会ですごい賞を取ったとか、作品を美術館に収めてもらえることになったみたいなとき、僕の作業がすべて映像として記録されていると、価値になると思うんですよ。

その点、細く長く、肩に力を入れずに配信できるサービスとしては、00:00 Studioは最適だと思います。

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*浅井さんの作業記録は配信のアーカイブとして記録されている*

「細く長い発信」続けて集まった「ゆるいつながり」からの支援

ーー11月18日(木)から、浅井さんの5年ぶりの個展が開かれます。クラウドファンディングも実施されたんですよね。

浅井:個展は自分一人がやりたくてもできるものじゃないんですが、ありがたいことに西武池袋本店さんがオファーしてくださって、実現しました。

漆芸というジャンルでは、制作期間がかかるので頻繁に個展を開くことはできないんですが、この5年の集大成を見てもらう機会にできればと思っています。

その上で、単に作品を見てもらうだけの場で終わりたくないという気持ちもあって。漆って、なんだかおじいさんの趣味っぽいイメージがあると思うんですけど、それを変えるきっかけにしたいなと。

そのためには、今までにない挑戦的な何かを盛り込む必要があるし、やるからには限度をつくりたくなかったので、個人でクラウドファンディングを実施して費用を集めることにしました。

本当は、西武さんにオファーされて出展するので、会場を借りたりする経費はかからないはずだったんですけど、赤字になってでもやりたくなってしまって。

本当にありがたいことに、多くの人に支援していただけたおかげで、僕が考える「こうしたい」という個展を実現できました。

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*浅井さんのクラウドファンディングは、目標金額の200万円を大きく超える額が集まった*

ーー浅井さんを応援している人が、たくさんいたんですね。

浅井:思いもよらない人がたくさん支援してくれていて……例えば、ほんの一言だけメールで会話したことがある人や、Twitterでときどきいいねしてくれていた人が支援してくれていて。

「えっ、この人が応援してくれるんだ」「僕のことを気にしてくれていたんだ」みたいな小さな驚きが結構ありました。

ーー深くつながっていた人というわけでなく、ゆるくつながっていた人が支援してくれたというのは面白いですね。

浅井:僕は本当に地道な発信しかしていなくて、派手なことは全然していなくて。

ただ、ブログを書いていた頃から細く長く発信を続けてきたから、その読者さんや視聴者さんが結構いたんだと思います。

もし応援してもらえる理由があるとすれば、正直に思っていることだけを言ってきたからでしょうか。

作品のこと、心情のこと、お金のこと……それが何であっても、自分の活動に関することはリアルに伝えるのが、作家としては正しいんじゃないかと考えています。

ーー細く長い発信を続けてきたおかげで、作家活動の中で「個展を開く」のようなアクセルを踏みたいとき、支援が集まるのは素敵ですね。

浅井:本当にありがたいことです。クラファンの支援なしだと、こんなに立派な作品集はつくれませんでしたしね。

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*個展に合わせて制作された浅井さんの作品集*

浅井:僕自身は、自分が愛してやまない漆を、世界でブームにしたいというエゴに突き動かされていて。

それは、漆のおかげでどうにか生きていけるようになって、救われた部分があるからだと思います。素敵な人生にしてもらえたという感謝があるんです。

そうやって自分が得たものを、どうにか次の世代に手渡したい。そのために、僕の作品や発信がきっかけで漆の業界が盛り上がればいいなと思っています。

漆芸だけでなく、だんだん衰退しているような産業って、新しいお客さんを連れてこようとするよりも、まずは作り手を増やして魅力的な業界にしなければいけないんですよね。

だから、僕たち今の世代が、若い世代から「漆芸っていいな」と憧れてもらえるような活動をしていけるといいなと考えているんです。

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浅井さんの個展「浅井康宏 漆芸展 情熱 -Passion-」が11月22日(月)まで開催中です。

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会期:2021年11月18日(木)〜22日(月)
場所:西武池袋本店 本館6F アート・フォーラム(東京都豊島区南池袋1-28-1)、入場無料

詳細は下のURLからご確認ください。
https://www.sogo-seibu.jp/ikebukuro/topics/page/1563628.html

浅井さんの個展設営の様子がアーカイブ動画として残っています。
https://0000.studio/0000admin/contents/95f5ab31-3f8b-43e0-b158-8a5de9717aa3

00:00 Studioで浅井さんの作業配信を見るにはこちらから。
https://0000.studio/Asai

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