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1/3の日記:冬の話

冬は近づき、息は白く。
恋は遠のき、愛は色づく。

───ましろ色シンフォニー -Love is pure white- Remake for FHD

あけましておめでとうございます。ましフォニをちまちまプレイしている間に年が明けてしまいました。
これも全部仕事ってやつが悪いんだ。資本主義から脱却しよう。

それでも名作は何色にも褪せないってことで、ましろ色シンフォニー -Love is pure white- Remake for FHDましろ色シンフォニー SANA EDITIONをプレイして感じたことなどをざっと書き残していこうと思う。


1.ざっくりめの感想

十年ほど前に移植版(ましろ色シンフォニー *mutsu-no-hana)をプレイして以降久しぶりにプレイする本作だが、素直におもしろい作品だったと言える。
懐かしさも相まってか、当時プレイしていた時の気持ちが呼び起こされるようだった。それも含め、貴重な体験をさせてもらった本作には素直な賞賛を送りたい。

キャラ単体で見ると一番好きなのは言わずもがな紗凪なのだが、シナリオを含めるとアンジェが一番好きだ。
理由としては、主人公の気持ちと行動に対する共感寄り添いがシナリオ内で強く描かれているからである。

主人公は周囲の空気を読む性格である。周囲の空気を機敏に察知してしまうからこそ、空気を読んで自分の望まない行動をとった結果、不利益を被ることもしばしばだ。
無論、そんな主人公はいい奴なのだが、悪く言えば八方美人とも言える。
シナリオによってはそこを指摘され、自らの行いを顧みては、思いを寄せる相手への行動へと昇華していく。

「瓜生。知ってる? 誰にでも優しいっていうのは、実は自分にだけ優しい
ってことと同じだって」

───乾紗凪(桜乃ルート)

「自分のことないがしろにして、他人の顔色ばかり気にして、それが格好いいとでも思ってるのか?」

───乾紗凪(紗凪ルート)

ちなみに「KY(空気読めない)」が流行語大賞にエントリーされたのは2007年のことだが、ましろ色シンフォニー(無印)が発売されたのは2009年10月だ。これに影響を受けたかどうかはさておき、何かしらの関連性を感じずにはいられない。

無印発売から14年経過している事実に驚くトレイ・ヒルマン監督
(この名言が飛び出したのは2004年)

メイドであるアンジェが主人公に仕えたい旨を伝える際、彼女は主人公の振る舞いに対して「いたわしい」と表現し、さらには「どこか歪んでいる」とまで言ってのけた。
しかし、彼女はそれを否定するわけでもなく、むしろ自分にも同じような側面があることを伝え、それらを踏まえたうえで「あなたを支えたい」と吐露する。

空気が悪いのが堪えられないって、仰ってた。
だから、常に気を張って、……ご自分は一時たりとも安らがれない。
ご自分以外のために、ああして、ずっと。
痛々しく、そしていたわしいほどのその姿勢を──
(中略)
──あの方を支えて差し上げたい。
体中が震え、電光が走るような……。
それは、啓示にも似た思いでした。

───アンジェリーナ・菜夏・シーウェル(アンジェルート)

俺はもう、どうしようもなく、アンジェが放っておけないんだ。
やっぱり──自分とどこか似てるから。
自分が歪んでるのを自覚してて、その上で呪いめいた『一つのこと』を思い詰めてる同士だから。

───瓜生新吾(アンジェルート)

面倒な性格をしていることは百も承知だろう。だがそれを変えることができれば世話などなく、自らの中の解けない呪いに心をすり減らしながら生きてきた。
たとえそこに正論をぶつけられたとしても、それまでの過程でできた傷が癒えることはない。変える苦しみと治す苦しみを二重に味わうことになる。
そのうちの片方を、彼女が肩代わりしたいと言ってくれた主人公は、きっと心のどこかで「嬉しい」と感じていたのだろうなと思ったし、同時に彼女が「救い」でもあったように感じた。

2.みうルートの所感

全員のエピソードが物語として面白かったということが前提になるが、個人的にはみうルートだけNFMに感じた。
理由は以下の二つ。

①明確な失恋が描かれているところ
②主人公およびヒロインの好意の移り変わりの波が穏やかである

①に関しては、紗凪が無印版で攻略対象ではなかったから致し方ない点だ。
それでも、彼女が傷つく必要があったのかという気持ちを拭うこともまた難しいと感じた。

でも失恋があったからこそ紗凪ルートが味わい深くもなってる
心がふたつある〜

②に関しては、主人公はみうを「憧れの先輩」、みうは主人公を「可愛い後輩」と認識しているところからのスタートであるから、これもストーリーの都合上仕方のない部分と言える。
だが、統合反対派だった愛理、男嫌いから変わっていく紗凪、兄妹の関係を描いた桜乃、メイドと主人の関係になっていったアンジェらと比較すると、やはりアップダウンが控えめだったなと感じた。

しかしながら、別に恋愛というのはアップダウンが激しければいいというものでもなく、むしろ「なんとなく惹かれた」のような穏やかさこそが現代の恋愛の形といっても差し支えないかもしれない。
エロゲーということを抜きにしても、恋愛というものを複雑に考えすぎているというか、特異な点があまりないと感じてしまうのは少し欲張りなようにも思える。そこは自省すべき点だ。

「感情のままくっつくのは簡単だ。だからこそ、悩んで、考えたことに、意味はあると思う」

───椋梨隼太(桜乃ルート)

以上二つの理由を述べたが、(自分の好みはさておき)ストーリーの流れは屈指の完成度である。

途中まで紗凪ルートと同じ道を歩むことからもわかるように、みうルートでは紗凪の好感度も上がっているのがプレイしていてわかる。
主人公が元々みうに気があったことに加え、紗凪が少しずつ彼を異性として認識していくことから、必然的に紗凪VSみうの構図ができあがってしまうのだ。

『どっちが先に主人公を射止めるか試してみようぜ』というやつだぜ

結果として、みうルートにおいて紗凪は失恋してしまうわけだが、主人公(みう)に「みう(主人公)のことをどう思うか」と尋ねた際の返答で「選ばれるのは自分ではない」と確信しつつ、それでも気丈に振る舞う彼女の姿には涙を禁じ得ない。

前に一度、紗凪ちゃんに聞いたことがあった。
彼のことをどう思っているのか。
(中略)
そして紗凪ちゃんは……本当に困った顔をして答えた。
──幸せになってほしい人。他人なのにそう思える人。
すごく紗凪ちゃんらしい。
他人の幸せを願うかわりに、自分を犠牲にして。
そう、彼と……瓜生新吾くんと同じように。

───天羽みう(みうルート)
歯車の嚙み合わせが少し変わっていたら未来も大きく変わっていたに違いない
二人の関係はジョナサンとディオのそれと同じ

紗凪自身が素直になれない性格だから、主人公に対してなかなか気持ちを伝えられないでいたからこそのストーリー展開だ。
生き方を変える難しさ、変化することの辛さがひしひしと伝わってくる。

「意地を張ってないと……」
「っ……泣きそうになるんだ、バカっ」

───乾紗凪(みうルート)

3.ヒロインの属性について

本作をプレイしていて思ったのは「ヒロインの属性は今後どうなっていくのだろうか」という点だ。

ここでいうヒロインの属性とは、幼なじみだとか無口だとかベーシックなものではなく、本作の乾紗凪のような「暴力系ヒロイン」や、料理でダークマターを錬成するような「メシマズ系ヒロイン」のような、現代からすると一昔前によく見られたものを指す。

これは体感に過ぎないが、とりわけアニメにおいては暴力系ヒロインやメシマズ系ヒロインがかなり減っているように思う。

これらのヒロインは、自分からすれば「なるほど、こういう系の女の子なのね」の一言で理解できる属性である。なぜならば、そういったヒロインが多数いる中で作品に触れてきたからだ。
だが、そういったヒロインが減少している現代ではむしろ非常識というか、シンプルにヤバい奴としか映らないのではないだろうか。
ただでさえ趣味の多様化によって、オタクといえど履修しているものがバラバラになっている今だからこそ、これらの属性が衰退していってしまうのかもしれないな、と少し悲しくなる。

彼女たちが前時代の産物と言われてしまえばそれまでなのだが、ある意味一種の様式美というか、オタク向け作品のテンプレート的な形で後世に伝わっていったらいいな、と思う。

定期的にルイズみたいなヒロインを摂取しないと死んでしまうんです
どうかお慈悲を…

以上、駄文ながら感じたことを文字にしてみた次第だ。
なお、SANA EDITIONをプレイした際の感想も合わせてご笑覧いただければ幸いである。

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