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Watcher #19

オフ会メンバーの萩野くんと、萩野くんの彼女と飲んだ。

萩野くんは年下の青年で、おれのことを何故かしたってくれている。

萩野くんの彼女は、お嬢様とまではいかないが、上品で育ちが良さそうな娘だ。

上品だけど、オカルト趣味がある。

それで、おれに“あれ”の話を聞きたいということになり、三人で飲むことになった。

萩野くんは、おれの話を彼女に聞かせてほしいとお願いするときも、非常に丁寧だった。

したってくれる秋野くんの頼みを、無下にすることはできない。


萩野くんに、今の彼女とつき合うまでの話を聞いたことがある。

おれはその話が好きだ。

萩野くんは、ある時のオフ会で泥酔した。

何をどれだけ飲めば、どのくらい酔うのか。

アルコールの許容量は、飲みの場の経験をかさねて把握するしかない。

当然、若いとその経験はとぼしく、やらかしがちだ。

あいさんは、放っとけと言っていた。

だけど、自分も過去にやらかした心当たりがあったので、おれは萩野くんを放っておけなかった。

そのときべろべろに酔った萩野くんから聞いた話だ。


その話は、今の彼女とつきあうところからではなく、前の彼女とつきあうところから始まった。

萩野くんの前の彼女は、いわゆる“地雷”だった。

そんな前の彼女といろいろあり、別れることになった。

前の彼女と別れて、萩野くんに残ったのは、かなしみと巻き爪だった。

巻き爪は、深爪を続けたことによるものだった。

おれは、巻き爪になったことがないから、わからないけど、萩野くんの話によるとけっこう痛いそうだ。

萩野くんは前の彼女を大切に思っていた。

前の彼女とのエッチで、傷つけてしまわないようにと、ずいぶん短く爪をととのえていた。

別れて、そうする必要もなくなったので、巻き爪の治し方を調べたそうだ。

見つかったのは、爪の先を横一直線に切る方法だった。

ふつう爪は、指先の形にそって爪の先がカーブをえがくように切る。

だけど、巻き爪を治すための切り方は、爪の先がカーブではなく、平らになるように切る。

平らに切って、両端にできた角を爪やすりで削るのだ。


時とともに、萩野くんのかなしみと巻き爪は徐々に癒えていった。

そして、巻き爪を治すため爪の切り方は、巻き爪予防として萩野くんの指先に居座った。

そんな中、萩野くんは今の彼女と出会ったのだ。

三木さんが幹事をする、オカルト系のオフ会でだ。

かわいいと、思ったそうだ。

確かにかわいい。

彼女は、常にニコニコしていた。

だけど、その笑顔は一定だ。

起伏がないので、何に喜ぶのか、何を嫌うのか掴みづらい。

萩野くんは、彼女と距離を縮めるための一歩を踏み込む自信を持てなかった。

あるときのオフ会。

会場の居酒屋の最寄り駅で、ばったり彼女と会った。

萩野くんは彼女と一緒に会場となる居酒屋へ向かうことになった。 

道中、彼女はニコニコしているものの、それはいつものことで、会話に手応えはなかった。

居酒屋について、萩野くんは店員に、

「三木で予約してます」

と伝え、席へ案内をしてもらった。

座敷だ。

萩野くんは、座敷へ上がるため靴を脱いだ。

靴を脱ぐと、足の親指の爪が靴下を突き破っていた。

巻き爪予防の切り方は、手足すべての爪に施されていた。

萩野くんは、巻き爪の痛さを知っている。

ゆえに巻き爪を警戒しすぎていた。

平らに切った爪の両端の角の削りが甘くなっていたのだ。

削りすぎれば、丸く切るのと同じになってしまい、巻き爪予防の効果は見込めない。

それを、意中の彼女に見つけられたら恥ずかしい。

いっそうのこと、自分から潔く見せたほうがマシだと思った。

萩野くんは、

「靴下やぶれてた」

と、照れ笑いしながら彼女へ爪先を見せた。

萩野くんの靴下から飛び出している、角張った爪を見て、彼女は笑った。

少し声を出して。

初めてウケた。

萩野くんに笑かすつもりはなかったが、彼女にウケて嬉しくなり、そのオフ会は隣同士に座って、距離を縮めることができた。

それをきっかけに、つき合うことができたそうだ。

後からわかったのだけど、彼女は難聴ぎみで、あまり人の話が聞こえていなかった。

彼女がニコニコしているのは、一種の余生術のようなものだった。

靴下から飛び出る爪で笑ったのは、それが視覚的な面白さだったからだ。

今こうして、萩野くんの彼女におれの“あれ”の話をしている最中も、萩野くんは彼女へ耳打ちするように補助役をしている。

彼女も興味深くおれの話を聞いてくれているし、萩野くんは幸せそうだ。

ムカつくなw


ふたりと飲み終わった帰り道、小さな“あれ”がいた。

いたと言うか、あったと言えばいいのか···



咲いていた。

なんか、萩野くんを祝福する気分と相まって心地よかった。


そこに、水をさされた。


「うーーーーーーーー」


何!?

後からだ。

振り向くと、大きな“あれ”がいた。



「うおっちやあー」

幻聴?

喋った?



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