蟹男 2話目
何日ぶんもの起き抜けの不快感を押しかためたものが、コンクリートのなかの鉄筋のように、ひたいの真裏にあった。
くわえて、ひどい耳詰まりだ。
鼓膜を指で押されてるんじゃないのかって疑いたくなる。
さらに、目を開けようとしても、まぶたが痙攣して、うまく開けられない。
手こずって開けたものの、ピントがまったくどこにも合ってくれない。
眼前には、たぶん二つの顔がならんでいる。
そして、さっきからその顔たちが、何やら言っている。
だけど、耳詰まりのフィルターのせいで、聞き取れない。
聞き取るのは、あきらめることにした。
そのかわり、視界とおなじく霞がかった頭を、無理矢理まわすことにする。
さあ、さて···
死んだのは、夢だったのか?
夢って、見てるときはわからないけど、覚めたあと夢だったってわかるからなあ···
自分が真っ二つになったという、さっきの記憶に、夢っぽい質感はない。
あきらかに現実だった。
じゃあ、ここは死後か?
仮に僕が死んでいるのだとしても、前に一度死んだことがある訳でもないので、判断しようがないのだ。
いったい、死んだらどうなるんだ?
どこにいく?
いまの僕のコンディションは、目も当てられない。
だからと言って、さすがにその状況から、ここが地獄だと結論づけることはなかった。
僕の地獄のハードルは、そこまで低くない。
しかし、いまのところ不快感しか味わっていないのも事実だ。
なので、天国とか極楽とも思えない···
現実感は強い。
たぶん僕は生きているのだろうけど、真っ二つになった後、どうして生きていられるのか···
やはりさっきのは、夢だったと言うことなのか。
ふり出しにもどった···
さあ、さて。
わかることは?
自分が、あおむけに寝そべってることはわかる。
それで、誰かふたりに上から、顔を覗きこまれている。
あと、上体を起こして確認したわけじゃないけど、下半身はある。
感覚がある。
目がピントを取り戻してきた。
おかげで、わかることが増えた。
ならんでいる顔は、二つともかわいらしい。
この子たちは誰なんだ。
天使が穏当なのか?
少年と少女の天使。
女の子の天使は、耳がとがっている。
エルフ系天使?
「エルフ系天使ってなんだよ」
思わず自分が思ったことに、ボソボソと声にだして、つっこんでしまっていた。
「はいっ、そうですっ。エルフですっ」
あんなに酷かった耳詰まりは、憑き物がとれたように、サッとどっかへ行ってくれた。
そして、天使候補だった女の子が、自称エルフの女の子へ変わった。
次に少年がしゃべった。
「なんでここで寝てるの?」
「どっから来たの?」
「君なんなの?」
「名前なんて言うの?」
めちゃ質問してくる。
10才くらいの子だ。
どの質問に答えようか。
質問に答えず、先に聞きたいこと聞くか。
『君たちは誰?』と。
どうするか···
「さあ、さて」
いつものが、口をついてでた。
すると。
「サア・サテ····サテ家?聞いたことないなあ···」
と少年は、僕の口癖へ返した。
つづけて少年は、「サアは、なんなの?」と聞いてくる。
さっきも「君なんなの?」と質問していたな···
体を起こせるくらいには、抜けていた力が戻ってきたので、僕は起き上がろうとする。
目の前に並んでいた二つの顔が、それを察して、左右にわかれた。
「~ッ」と、うめきながら、上半身を起こし、肘でささえる。
肘と地面のフィット感は最悪だけど、あきらめるしかない。
固いところに長く横になっていたときの、あの体の痛さが甚だしい。
やっと自分の下半身を、視界に入れることができた。
やはり、ちゃんと脚は生えていた。
もう一つ確認するために、首を横にふる。
ここは『僕の場所』だ。
ついでに、ふたりに天使の羽根がなさそうなことも確認できた。
「僕はハーフリング。サア、君はなんなの?」
ハーフリング?
ハーフリングとエルフ?
なるほどコスプレか。
衣装もこっている。
やはり『僕の場所』で撮影していたのか。
この横穴もついに、僕だけの場所って訳にはいかなくなるのか。
ショックだ。
だけど、意識を失う前の、あり得ない体験の余韻のほうが上回っていて、ショックをうまく実感できていないと思った。
「ちょっと休みたい」
「いま起きたばかりなのに?」
別に、ここで床についてた訳じゃない。
「いや、家に帰ってふとんで休みたい」
「家近いのっ!?」
少年は驚いた。
なんでそんなに驚いてるんだよ、と密かにウケながら、僕は「近所だよ」と、返した。
それから僕は、体をひねって、いったん無様に四つんばいになり、横穴の壁をつたって、のっそり立ち上がる。
だいぶ血がまともに巡ってきた。
さあ、さて。
帰ろう。
帰ってぐっすり休んで、頭を整理したい。
低血糖みたいなふらつきが、拭えない。
エルフのコスプレをした、同年代のかわいいの女の子に、後ろ髪を引かれるけれど、帰ろう。
女の子を意識していることが変に反映た、距離をおくような「すいません」を、小さく発して、彼女の横をとおり、さろうとする。
体のコンディションと打って変わって、自意識は平常どおり。
「ねえ、サアはなんなの?」
これで四回目の、少年からの「なんなの?」だ。
「なんなの?」と聞かれても、僕は何のコスプレもしていないから、答えようがない。
この10才の少年は、コスプレしたのがそんなに嬉しくて、他人のコスプレも気になるのか?
勝手に「サア」なんてアダ名をつけてくるし···
それに、口癖がアダ名になるやつって、バカっぽいからやめてほしい。
10才の子供に対して大人げないけど、聞こえないふりをして、よたよた歩きで横穴を出る。
しかし、出てから数歩のうちに違和感を覚える。
何か違う···
いつもと違う····
違っ
和っ
『違和』を『感じる』と書いて、『違和感』っ!
あせる気持ちと裏腹に、思考がどうでもいいことに割かれる。
こんな植物生えてたっけ?
嫌な予感にせっつかれ、いまだせる全速で、街を見下ろせるところまで出た。
しかし、町のかわりに一面の大自然が····
現実感がうつろになっていく。
振り返り、後を追ってきていたふたりに、初めてこちらから問う。
「どっちだっけ?」
僕はそう質問したまま、ぶっ倒れたそうだ。
〈3話目につづく〉
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