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いつか誰かが歌う詩#14

「ねえ君は、朝と昼と夜と……どの私が好き?」

彼女は朝ごはんに焼肉を頬張りながらそう聞いた。
ぼくはトーストに、焼いたベーコンと目玉焼きを乗せて半分に折りたたんだものを口に運ぶ途中で手を止めて、なんだって? と聞き直した。

「だから、どの時間の私が好きか、聞いてるの」

焼けた肉とタレ。この世に嫌いな人はいないだろう焼肉の香りに包まれている彼女がはやく答えてよと、自分が今何をしているのか全く疑問にも思わない声でそう急かしてくる。
ぼくはやれやれと首をふってトーストをかじる。彼女とは違い朝食らしい朝食を口に運び、これまた朝食らしいオレンジジュースを喉にいれ、全部、と答えた。

「わたしはそんなつまらない答えが聞きたいわけじゃないのになあ」

彼女が口をとがらせながらも、すぐにその口を開いて牛タンを頬張った。ぼくは全部と答えたことを撤回しようと思った。どこの男が朝から焼肉を食べる女を好きになるのだろうと。

真っ白いレースカーテンから朝の陽の光が揺れている。そんな朝にあまりにも似つかわしくない彼女をぼくはじっと見つめると、彼女は何やら楽しそうに「ん?」と微笑んでみせた。

「そろそろ教えてほしいって感じだね」

そろそろ、というか最初から今の今までずっと教えてほしいと思っているよ。

「最初というのは?」

それは昨夜、君が明日の朝ごはんは焼肉を食べる。君はトーストにベーコンに目玉焼きねって、食材を買って帰ってきたその瞬間から。

「なるほど、結構最初だね」

最初の最初だよ。
ぼくの呆れきった顔を見て彼女は笑った。それにまたぼくは呆れる。
ぼくはベーコンと目玉焼きの乗った、大して好きでもないトーストの最後を放り込んで流し込むようにオレンジジュースを飲み干す。柑橘の酸味が口蓋に沁みる。
朝はご飯派だ。

「焼肉って夜のものじゃない? まあ昼の時もあるけど」

彼女が焼けた肉をタレにひたしながら口を開く。

「それで、食パンに目玉焼きなんて朝くらいにしか食べないじゃない。あ、君も一口たべる?」

彼女がひたした肉を箸でつまんで「あーん」と差し出してくるのを丁寧に断って、なるほどと少し理解した。

「朝には朝に食べるものがあって、昼には昼、夜には夜ものがあるの。別に決まっているものじゃないけど、なんとなく決まってるじゃない」

彼女はまだ焼けてない肉を見ながら「飽きちゃった」とはにかんでみせた。

「それでさ、朝の焼肉なんて特に美味しくないよ。美味しいけど、これは朝じゃないよ。夜の肉だから、焼肉ってのはいいんだよ。だからわたしは聞いてるんだ」

彼女がオレンジジュースもう一杯いれて、というのでぼくはガラスのコップになみなみつぎ込んでやる。彼女はそれを一口で飲み切って、ぷはぁと息を吐いた。

「朝と昼と夜と……どの私が好き? ってね。朝の焼肉は嫌でも夜の焼肉はいいでしょう? だから君も、朝の私は嫌でも夜の私は好きってことがあるかもしれない」

それを確かめるために今焼肉を食べているわけ?

「そうだよ、おかしい?」

おかしい。
即答した。

「結構、理にかなっていると思うけどなあ」

不満げな顔だ。
でもまあ、そういうところを含めたうえで、ぼくはもう一度同じことを言う。
全部。別に朝とか夜とか関係ない。

「それじゃ、つまんなーい」

めんどくさ……。
思わず声が漏れた。
じゃあ逆に、そっちは朝とか昼とか、どのぼくが好きとかあったりするわけ?

「そうきたか。私かあ、断然夜だね」

その心は?

「え、だって夜の……特にベッドの上の君は……」

ごちそうさまでした。
ぼくは彼女の口をふさぐように手を合わせ立ち上がる。

「君が聞いたんだから最後まで聞いてよ」

最後まで聞かなくても分かる。

「それはわたしたちが恋人だからってやつ?」

なわけない。
ぼくは食器を流しに運びながら呆れる。

「なーんだ。で、君の答えは?」

ぼくはガシガシと必要以上の洗剤をだして食器を洗う。

朝の君以外、かな。

「つれないなあ。ちゃんとそこは、それでも全部だよって言ってくれないと」

彼女は最後の肉を少し苦しそうに頬張って、食器を持ってぼくの隣に立つ。朝の流しにはあまりにも似つかわしくない油っぽい匂いが鼻におしつけられた。

「スポンジ貸して」

ん。とぼくはスポンジを渡す。受け取った彼女が食器を洗っていく。
ぼくは蛇口から水をだして泡だらけの食器を洗っていった。

「今日は仕事、何時に帰ってくる?」

19時には帰ってくるよ。

「了解。頑張ってね」

うん。

「それと、夜ごはんは何がいい?」

焼肉以外、かな。

「ふふっ、了解」

ゆっくりと消えていく油っぽい匂いの先で、隣に立つ彼女からは、彼女の彼女らしい優しい香りがふわりと鼻を撫でた。

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