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長崎異聞

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橘醍醐は、女心が分からぬ。 かれは次男であり家名は告げぬ。なので長崎奉行で小役を賜る。端役である限り無聊だけは売るほどある。 時は慶応26年、徳川慶喜の治世は30年近い。 その彼… もっと読む
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長崎異聞 40

 高尾丸は無事に係留作業を行われていた。  縄梯子が掛けられて、真っ先に橘醍醐は船に登っ…

百舌
11日前
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長崎異聞 39

 出迎えの馬車が来た。  天蓋にも丹念な彫金の為された客車を引き、黒駿馬の二頭立てで現れ…

百舌
2週間前
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長崎異聞 38

 蒼緑の瞳に強情が篭もっている。  梃子でも動かぬ心境が鈍く光る。 「村田さまには通詞が必…

百舌
3週間前
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長崎異聞 37

 音曲が止むと、空気が固い。  息が詰まる程、緊張がある。  左右に五人、背後に三人か。 …

百舌
4週間前
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長崎異聞 36

 憫笑が満ちている。  意を隠して蔑んでいる。  その空気を糊塗するように楽団が、緩い音律…

百舌
1か月前
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長崎異聞 幕間

 今日は資料集めです。  長編になりがちな最近のお話。  殊に幕末なんて資料が溢れていて、…

百舌
1か月前
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長崎異聞 35

 幻の如き街である。  夜の無い街である。  電気カンテラが石畳の両側に並び立ち、昼間に類する程の光で埋め尽くされている。街区の建物はどれもが美麗な色彩に彩られ、堅牢な石造基礎に鋳造された窓枠にも手抜かりはない。  馬車の客車に連座している。  木軸に鉄輪輪がここまで跳ねるとは。背後に畳んだ幌がその度に金属質の耳障りな音を立てて、馬車は通りを駆けて行く。  洋風軍服が窮屈ではあるが、それが正装であれば醍醐には拒めるものではない。要は警固に支障さえ無ければ良し。今後洋装には慣熟

長崎異聞 34

 埠頭まで駆け寄った  然るに、時既に遅し。  高雄丸は曳航縄を四方に掛けられて離岸してい…

百舌
1か月前
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長崎異聞 33

 薄靄が海面を覆っている。  海風は予想外にも冷たい。  払暁が赤紫に染める天海。  黒々…

百舌
1か月前
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長崎異聞 32

 門司とは不遇な港である。  今やその港は異国となる。  凡そ四半世紀は昔のことである。 …

百舌
1か月前
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長崎異聞 31

 結われた金髪が揺れている。  細かく編み込まれているが、どんな作法なのか醍醐には判らぬ…

百舌
1か月前
16

長崎異聞 30

 窓掛けが緩く風を孕んでいる。  遠く港より汽笛が響いてくる。  その汽笛が途切れると、ふ…

百舌
1か月前
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鎮魂の雨 l 青ブラ文学部

 小雨のなかでバイクを停めた。  佐賀城本丸歴史観を訪問した。   春先に《江藤新平没後15…

百舌
2か月前
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長崎異聞 29

 細目の眼が検分している。  橘醍醐はそれを微風を受けるかの如く、平然と椅子に座している。  まだ一言も交わしてはおらぬ。  江藤新平、彼も上背がある方ではない。  醍醐の上役と違い、官服で高飛車に出るのではなく、華美で沙羅な洋服を誂えているのではなく、着流しの和装である。ただ腰には一刀だけは帯びている。一見しては共和国政府の高官というよりも書生じみている。  かなり年嵩の書生で、すでに五十坂は越えていよう。髪も蓬髪で聊か後頭部が怪しくなっている。月代を剃っていた世代ではない