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「ズルい奴ほどよく吠える」2

■02 織部印刷工場
 
奥に工場がある設定。誰でも出入りできるような場所。
事務所兼生活空間となっている。
隅に仏壇(今日子と政春の両親)。
町工場(まちこうば)の機械音が会話を邪魔する。
政春と明日香、待っている。
 
政春  「・・・・・(喋っている)」
明日香 「・・・・・(聞こうとしている)」
政春  「・・・・・(喋っている)」
明日香 「・・・・・(聞こえない)」
政春  「・・・・・(喋っている)」
明日香 「・・・・・(ああ、こういうこと)」
政春  「・・・・・(何?聞こえない)」
 
機械音止まる。
 
政春  「・・・止まった」
明日香 「何?」
政春  「五月蝿くてごめんねって言ってたの」
明日香 「なんだ」
政春  「休憩入ったみたいだな」
明日香 「分かるんだ」
政春  「そりゃ分かるよ」
 
そこへ作業着の織部が来る。
 
織部  「暑っちー暑っちー」
政春  「オサムちゃん!」
織部  「ああお帰り。座ってないでちょっとは手伝ってくれよ」
政春  「ああ、あっち?」
織部  「ああ、裁断済みのやつ、運んどいて」
政春  「あ、ああ。わかった。(ちょっと待ってて)」
 
政春、奥へ
 
織部  「今日子、水ちょうだい」
今日子声「はいはい」
織部  「・・・ん?誰?」
明日香 「はじめまして山中明日香と申します」
 
今日子来て
 
織部  「山中明日香さん・・・誰?」
今日子 「言ってたでしょ。政春が紹介したい人がいるって。そうよね」
織部  「ああ、マーくんの彼女?」
明日香 「あ、はい」
織部  「あ、そうなの」
今日子 「政春の姉の今日子です。こっちは私の旦那」
織部  「織部治です」
明日香 「よろしくお願いします」
今日子 「明日香さん、むさ苦しいとこでごめんなさいね」
明日香 「いえ、こういうところ落ち着きます」
今日子 「落ち着く?」
明日香 「はい」
今日子 「そう。オサムちゃん・・・いい子ね」
織部  「いい子だねえ」
 
政春戻ってきて
 
政春  「ああ、俺の家族。姉貴と義理のアニキ」
今日子 「もう紹介は終わったから」
織部  「お茶くらい出したら?」
今日子 「あ、そうね。ごめんごめん」
 
今日子、茶を出しに行く。
 
織部  「マー君が彼女を家に連れてくるなんて初めてじゃないか」
明日香 「そうなんですか」
政春  「まあ」
織部  「しかしマーくんがこんな可愛い彼女をねえ・・・」
政春  「うるさいなあ、紹介終わったんだからあっち行ってろよ」
織部  「俺は休憩してるの」
政春  「あっちで休憩しろよ」
織部  「いやだ。いいよね、明日香さん」
明日香 「私は全然」
織部  「いいって言ってる」
政春  「明日香!」
織部  「何?呼び捨て?」
政春  「いいだろ付き合ってるんだから」
織部  「いいよお」
政春  「・・・変なとこ突っ込むなよ」
明日香 「仲いいんですね」
政春  「良くないよ」
織部  「明日香さんに俺たちを紹介しようと思ったんだろ」
政春  「それもあるけど、俺の住んでる所を見ておいて欲しくて」
織部  「でもこの工場見ても明日香さんは面白くも何ともないんじゃない?」
政春  「いいんだよそれでも」
明日香 「素敵です」
織部  「素敵?素敵かあ?」
明日香 「素敵です。何だか生きてる感じがします」
織部  「生きてる感じ?」
明日香 「空気に温度があるっていうか、ビリビリって動いてるっていうか、職人さんの心意気っていうか・・・町工場ってなんだか『頑張らなくちゃ』って気持ちになります」
織部  「それ褒めてる?」
明日香 「はい」
織部  「あ、そう」
政春  「いいよそんなに持ち上げなくても」
 
今日子、茶を持ってくる。
 
織部  「今日子、明日香さんがこの工場を素敵だって」
明日香 「はい」
今日子 「あら嬉しい。ありがとう明日香さん」
政春  「それでね」
今日子 「ん」
政春  「俺もここで働こうと思うんだ」
今日子 「え?」
織部  「どういうこと?」
政春  「俺、学校の先生なんてガラじゃなかったんだよ。だからここで働こうと思ってる」
今日子 「・・・」
織部  「・・・」
政春  「どうかな?」
今日子 「あんた何言ってんの?」
政春  「え?でも姉ちゃん人手が足りないって言ってただろ」
今日子 「そういうことじゃないでしょ」
政春  「とにかく俺には向いてないんだよ」
今日子 「どんな仕事だって大変なことはあるの。それを乗り越えてはじめて一人前なの。政春あんたはまだ頑張ってない」
政春  「頑張ってるよ」
今日子 「頑張ってたらそんなこと考える前に努力しようって思うでしょ」
政春  「でも・・・」
今日子 「政春ががどうしても先生になりたいって言うから、苦労してオサムちゃんが学費を工面してくれたのよ」
織部  「俺のことはいいから」
今日子 「よくない。オサムちゃんの気持ち考えて言ってるの?」
政春  「か、考えてるよ」
今日子 「じゃあ何でそんな簡単に『先生は向いてなかった』なんて言うの。しかもダメだからこの工場で働きたいだなんて」
政春  「そんなこと言ったって仕方ないだろ。俺には人に何かを教えるなんてムリだったんだよ」
今日子 「そんなことまだわからないでしょ」
織部  「・・・マーくん、マーくんが先生になったとき今日子すっごく喜んでたの覚えてるか?」
政春  「覚えてるけど」
織部  「な、せっかく大学までいったんだ。もう少し頑張ってみないか。俺たちももっともっと応援するからさ」
政春  「オサムちゃん」
明日香 「あの・・・」
織部  「なに?」
明日香 「政春さんは悪くないんです。あの学校に問題があるんです」
織部  「え?どういうこと?」
政春  「もういいよ。姉ちゃんの言うとおり俺がいけないんだ」
明日香 「でも」
政春  「ごめん姉ちゃん、オサムちゃん。俺もう少し頑張ってみるよ」
織部  「うん」
今日子 「ごめんね。政春は私の分まで頑張ってほしいの」
政春  「俺、必ず恩返しするから待っててくれ」
今日子 「楽しみにしてる」
織部  「明日香さんのことも幸せにしてあげないとな」
政春  「ああ、え?」
織部  「結婚するんだろ?」
明日香 「え?」
政春  「いやまだ明日香はそこまで考えてないから。なあ」
明日香 「えっ!?」
政春  「え!?って?」
織部  「マーくんの気持ちはどうなんだよ」
政春  「え?えーと・・・」
木田  「こんにちは」
政春  「こんにちは・・・え?」
織部  「なんだよ、いいところなのに」
今日子 「あ、はーい」
木田  「お邪魔いたします」
 
入ってきたのは大手建設の木田。
キョロキョロ部屋を見回して
 
木田  「あ、お邪魔でしたか」
今日子 「いえいえ」
木田  「どうも私、大手建設の木田と申します」
 
名刺を渡す。
 
織部  「はあ」
木田  「実は私ども、都市開発を東京都から一任されておりまして、この一帯を東京オリンピックまでに再開発を進めるようにと言われているんです」
織部  「ふーん」
木田  「ここはその対象なんです」
織部  「それで?」
木田  「分かりませんか?」
織部  「はい」
木田  「2020年に東京オリンピックが行われるのはご存知ですか」
織部  「知ってますよ。僕ら楽しみにしてるんですから」
今日子 「このあたりがマラソンコースになるって盛り上がってます」
織部  「な」
木田  「おっしゃる通りです。そんなわけで都は東京オリンピックのマラソンコースの景観の改善を進めようと思っているんです」
織部  「景観の改善?」
木田  「マラソンコースは全世界にテレビ中継されますからね。コースの周辺は美しくしたいということです」
織部  「なるほど。確かにそのほうがいいですよね」
木田  「話が分かる方でよかった。そんなわけで都の方針としてこの地域一帯を再開発することが内々に決定したんです」
織部  「へえー。このあたり再開発するんですか」
木田  「ええ。便利で美しい街になると思いますよ」
織部  「すごいな」
今日子 「便利になるなんてありがたいです」
木田  「そうですよね。そのために、この地域一帯にある工場23軒の家屋およびその土地を売却していただくよう計画しています」
織部  「はあ」
 
     間。
 
木田  「で、どうでしょうか?」
織部  「は?」
木田  「この場所を明け渡して欲しいということです」
織部  「あ、明け渡す?」
政春  「ここから出ていけって言うんですか?」
木田  「そうです」
織部  「話が唐突過ぎませんか」
木田  「まあ、この手の話はどのタイミングで言っても唐突なんですよね」
織部  「そうかも知れないけど」
今日子 「でも、私たちが出て行きたくなければ出て行かなくていいんですよね」
木田  「さあどうでしょう」
今日子 「どうでしょうって」
木田  「でも大丈夫です。売りたくなる金額を提示しますから」
政春  「売りたくなる金額?」
木田  「そうですねえ・・・ざっと」
織部  「お引き取りください」
木田  「ハイ?」
織部  「ここから出ていくなんてことはできません」
今日子 「オサムちゃん」
木田  「今回のオリンピックのことがなければ考えられない金額ですよ。これはあなた方にとってもチャンスなんですよ」
織部  「無理です」
木田  「は?」
織部  「ここはこいつのご両親が一生懸命守ってきた工場なんです。大切な工場なんです。この工場が古いことは分かってます。だからといって簡単によそ様に渡しちゃいけない場所なんです」
政春  「うん」
木田  「・・・」
織部  「お引取りください」
木田  「・・・」
織部  「あの」
木田  「あああああ」
 
木田がおいおい泣き出す。
 
木田  「感動しました!そういうことだったんですね」
織部  「分かってもらえましたか」
木田  「よく分かりました」
織部  「そうですか」
木田  「はい。ではまた来ます。お邪魔しました」
 
出て行く木田。全然泣いていない。
 
織部  「話の分かる人でよかった」
今日子 「でもビックリしたわ。この工場を取り壊すだなんて」
織部  「ホントだよな」
今日子 「良い人でよかったわ」
政春  「でも、今言ってたことって地上げだよな」
織部  「地上げ?ヤクザってこと?」
今日子 「まさか。東京都の仕事だって言ってたじゃない。ヤクザじゃないでしょう」
政春  「んー」
織部  「そうだよ。ヤクザは都の仕事、できないだろ」
今日子 「それに大手建設って言えば大きい会社よ。ヤクザなんてねえ」
政春  「そうかな」
織部  「俺の話を聞いてあんなに泣いてたじゃねえか」
今日子 「ねえ」
明日香 「でも『また来ます』って」
織部  「大丈夫、大手建設だよ。大手建設が無茶なことするはずないだろ?」
今日子 「『あなたのための大手~建設~♪』」
織部  「それそれ」
 
織部と今日子が大手建設のCMソングを歌っている。
 
政春  「大丈夫かなあ」
 
      暗転。

<3>に続く


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