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伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.3

 30分の製氷を挟んで後半がスタート。
 再びセーブデータが選択され、前半と同じく白いマントに身を包んだ羽生が舞い始める。最初のオベリスク・ポーズは同じ、舞もよく似ているが映像演出が違って、上空には光る雲がなびき、雲間からレンブラント光線が羽生に向けて降りそそぐ。背には一瞬天使の羽根が見えた。

いつか終わる夢 Re;

 曲は再び前半と同じFFの「いつか終わる夢」。しかし、演奏は異なる。ピアノ・ソロでテンポもやや遅い。脱ぎ捨てたマントの下から現れたのは明るい純白の衣装。滑りも前半よりも落ち着きや優しさを感じさせる。

 氷上に投影される文字も違う。
「なぜ」「痛みとともに」「溢れる」…
あまり読み取れなかったが、前半より小さめでひらがなが多く、やわらかい印象を受けた。

 最期は何かを両手に受け止め、空中に放つしぐさ。前半同様に氷に膝をつくが下を向かずに頭を反らし、天を仰ぐ。
ふわりふわりと漂うようにショートサイドへ向かい、低い位置のカメラを覗き込むのは前半と同じ、表情はやはり捉えどころがない。

 前半と後半、2つの「いつか終わる夢」は衣装に象徴される全体の色調、音色、水面から湧き出す文字、そして羽生の表情とオーラが対象的に設計されていたように見える。氷を水鏡に見立て、2つの異なる選択の先にあるそれぞれの世界を見せているかのよう。
 真っ白い「いつ夢」と睡蓮池色の「いつ夢」はどちらも主人公の心。表裏一体ながら別世界の物質で構成された魂魄こんぱく なのかもしれない。魂魄とは道教などの影響を受けた言葉で、時代や思想家によっていろいろに意味の捉え方が変わるのだがおおむね「魂」は精神を司る気を、「魄」は肉体を司る気を表すとされる。「魂」は「陽」、「魄」は「陰」と云われるが、相反するものではなく月の明るく輝く部分が「魂」であり、地球の影が落ちて暗く隠れた部分が「魄」であるとも云う。人が死ぬと「魂」は天に上り、「魄」は地に沈む。「魂」と「魄」の離散こそが「死」であり、仙術によってふたつを離すことなくつなぎとめておければ永遠の生命を得て神仙になれるともいう。
 人は天界に由来するものと暗黒界に由来するものが危ういバランスでほんのいっとき結びついた不安定な存在。その儚さ、矛盾こそが人間の本質であるのかもしれない。

天と地のレクイエム

 スクリーンに戻った羽生。
「激流に流されている」
というモノローグは前半と同じ。
しかし、流れる命を奪うことに対し、前半とは反対に「NO」を選ぶ。
渦に飲み込まれ、暗い水底へと引き込まれていく。

「ここはどこ」
「わからない」

 人が果てしなく繰り返してきた問いを神様に呼びかける羽生。
「私はだれ?  なぜ私は生まれたの?」

 絶望を暗示するように画面がひび割れ、横たわる羽生は動かなくなった。そしてリンクに登場した羽生が舞うのは「天と地のレクイエム」。
 私が覚えている「天と地のレクイエム」はたしか2015年、スペインで行われたグランプリファイナル、「SEIMEI」で世界記録を更新して優勝した時のエキシビションだと思う。東日本大震災の犠牲に対する追悼がテーマだけれど、挑戦的で若々しく、怒りに近い突き刺さるような悲しみが感じられ、直視するのが辛いほどに憤り、激しさか迫ってきたことを覚えている。

 8年の時を経た"RE_PRAY"のレクイエムは、一転して道に迷い、疲れ果てた子どものよう。うつろな表情で何を探しているのかもわからないまま漂流していく。すべてを見失い、絶望感に打ちひしがれてうなだれるラストが限りなく哀切だ。

あの夏へ

 暗闇の中を独り、歩き続ける羽生。
モノクロの画面。
「こわい」
が繰り返される。
「自分のせいで何もかも壊れてしまう」
虚無のような闇を仲間もなく、地図もなく彷徨う感覚が語られる。
「選択肢はない」
ルールさえない、生きているのかどうかもわからない世界。
神様からも観測されないほど暗く、
誰からも、どこからも切り離された孤独。

 だからこその気づきは
「でも自由だ」
 ということ。

 何もない、何にも影響されないからこその自由。
深い井戸の底のような真っ暗闇に居ればこそ、かすかな光、繊細な音色を聞き分けることができるのかもしれない。

 死に匹敵するほどの孤独の淵に水が降ってくる。
冷たいけれど温かい…!?

 満ちてくる水は命?  救い? のイメージだろうか。
羽生は水に導かれて光の世界へと帰還する。

 川面をわたる微風のようにしなやかに「あの夏へ」が始まった。
菩薩のようにやわらかい笑みを浮かべて滑る羽生。
 霧となり、雲となり、雨となり、時には嵐にも、怒涛にもなって廻る水の精霊。
 理不尽で激しい自然に翻弄されることはあっても果てることなくつながっていく命。
 復活や再生を信じさせてくれる舞姿だ。
 スクリーンに吸い込まれた羽生は透明な水滴のなかに丸くなってまどろみながら空へと昇っていった。

春よ、来い

 モノクロームの世界。ゲームの選択肢に「祈る」が表示され、選ばれる。
コントローラを置いてゲーム機から離れた羽生は、メインビジュアルと同じ衣装のままスクリーンの中で舞い始める。
長いマントを着て舞った前半、後半のスタートとよく似た振り。

羽がひとひら落ちてくる。
拾い上げると世界が一瞬で色づき、夏の朝焼けのように色鮮やかな空がひろがる。
リンク上に現れた羽生は晴れやかに「春よ、来い」を舞う。
羽生のスピンで雲がはらわれて光が差し込むような照明効果が美しい。

最期に羽生はショートサイドの舞台へ
左右の上空から注がれるふた筋の光。
羽生は前半、後半の最初と似た振りで両腕を翼のように拡げ
羽ばたくように、祈るように天を見上げる。

「祈る、祈り続ける
いつか終わるとしても夢の続きを大切にする」
「光と共に明日がやってくる」

リンク上には枝分かれした光が生命樹のように輝く。降り立った羽生がそっと手を触れると、蛍のような小さな光が一斉に枝から飛び立って舞い始めた。
輝くリンクを渡り、
「命が星に届くように」
の言葉を残して羽生はスクリーンへと吸い込まれ、
リンク上の輝きは星雲となって渦を巻き、消失した。
スクリーン上の"RE_PLAY"が"RE_PRAY"へと変わり、FIN。
 
 エンドロールはアイスリンク仙台で舞う羽生。曲は羽生が幼少期から好きだったというゲーム「エストポリス伝記II」より。
 スクリーンの中を滑走する羽生は白いマントを姿に始まり"RE_PRAY"の流れと同じ順番で衣装を変えていく。素晴らしい衣装とともにもう一度全体の流れをおさらいできるような心憎い演出だった。

アンコール

  "RE_PRAY"ロゴ入りのTシャツで登場し、アンコールとして「Let Me Entertain You」をフルバージョンで。続けて「SEIMEI」のスピンからコレオシーケンスで披露する。さいたまスーパーアリーナ2日目の「SEIMEI」はスピンの緩急も絶妙。これまで見た中でも最高に表情豊かで洗練されていた。
 プロ転向後の公開練習"SharePractice"で、横浜と八戸の"プロローグ"で、東京ドームの"GIFT"で、羽生は「SEIMEI」を見せてくれた。滑るたびに「最高」を更新して来るところが凄まじい。
 

 羽生がリンクを去り、「序奏とロンド・カプリチオーソ」をBGMにモノクロでメイキング動画が映し出される。見とれていたら再び羽生がリンクに現れスピンを開始。しかも衣装を着て! 
 競技者時代の締めくくりとなった最高難度のショートプログラム「序奏とロンド・カプリチオーソ」を惜し気もなく舞ってショーの掉尾を飾った。
 フィナーレはAdoの「私は最強」に乗って周回し、歌詞を口ずさみながら天井席まで見上げて手を振り、言葉にして感謝を伝え、最後は溢れる思いをぶつけるようにリンクいっぱいにドラマチックな滑りを披露してくれた。
 

 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY”は、これまでにない演出・構成でサプライズがあちこちに仕込まれたすごい作品だ。
 スクリーンに加え、時に応じてアリーナの各所にも出現する羽生の映像・声。上空から投影される立体映像とリンク上のプロジェクションマッピング。そして生身の羽生結弦。これらが混然となって見る者を誘い込み、惑わせる。
 ヒリヒリするような焦燥感と繰り返し選択を迫られる緊迫感が観客に傍観者でいることを許さない。巧みな構成の優美で深淵なパフォーミングアートであるけれど、ヘビー級タイトルマッチをかぶり付きで観戦したくらいのエネルギーを消耗した。
 佐賀、横浜と進むツアーの中でさらなる進化もあるだろう。

 羽生結弦の現在地を描き記す地図は、もはや地上には存在しないようだ。


 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.1
 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.2
 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY”
   贅沢すぎるアンコールと美味しすぎるデザート


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