【ショートショート】タイムマシン狂詩曲
近い未来の研究所。
物理工学を専門とする小さなラボで、今まさに常識を覆す装置が完成した。
「ついに……ついに完成したぞ! これで人類の科学は飛躍的に発展するはずだ!」
「とうとうやりましたね、博士!」
喜びに震える博士の肩に、助手が手を置いた。
彼らが完成させたのは、物質転移装置。
リンゴほどの大きさの物質を、研究所内の机から机へと転移させることができる。
「この装置の画期的な所は、物質のテレポーテーションではない。転移の際に場所だけではなく、時間まで跳躍している点にある」
「物体が消えてから数秒後に現れるのは、やはり時間を移動しているからなんですね?」
「その通りだ。装置が作り出すワームホールの中には、時間の概念が存在しない。その仕組みを解明し、時間の調整が可能となれば、夢のタイムマシンの開発にも手が届くはずだ」
「タイムマシン……すごいですね! その日まで、全力でお手伝いします!」
「うむ、異端者と罵られ学界でも孤立していた私の研究に、付いてきてくれたのは君だけだ。感謝しているよ」
博士の瞳は潤んでいた。
つられて助手も鼻を啜る。
「さあ、感傷に浸っている暇はないぞ! 研究を進めよう」
「はい! 博士」
装置完成の余韻もそこそこに、二人はさらなる研究へと取り掛かろうとした。
その時、研究所の扉が開き一人の男が現れた。
「失礼、物質転移装置の研究所はこちらですね。開発者はあなた?」
「あ、ああ。そうだが」
真っ黒なスーツにサングラスを掛けたその男は転移装置を見つけると、博士に向かってこう言った。
「私は80年後の未来から来ました。時間旅行業を営む会社の者です」
「未来から来た? 何を言っているんだ君は?」
「我が社はタイムマシンを利用した時間旅行を提供しています。こちらへ伺ったのは、タイムマシン研究の第一人者である博士に、我が社と契約を結んでもらうためです」
「時間旅行……? 契約……?」
「そうです。あなたが開発したタイムマシンは、80年後にはすでに大衆化しており、時間旅行はレジャーのひとつになっています」
突然現れた男の荒唐無稽な話に、博士も助手も目を丸くした。
男は構わず話を続ける。
「博士には我が社と契約を結び、タイムマシンの使用権を譲っていただきたいのです」
「何を言っているんだ、君は? 大体、君が未来から来たという証拠はどこにあるんだ?」
そう言うと、男は何も言わず手をかざした。
すると、手の平の前に名刺のような画像が浮かび上がった。
「タイムトリップコーポレーション、これが我が社の名前です。空間へ画像や映像を投影する技術、エア・ビジョンは今から10年後に確立されます。どうです、信じていただけますか?」
目の前で展開された見た事もない技術。
空中への映像投影は現在でも研究が進められているものの、ここまではっきりと映し出せるものは、博士も助手も見たことが無かった。
「むう、確かに現代の技術ではここまでの事は出来ないだろう……未来から来たというのは本当なのだな」
「さすがは博士、物分かりが早い。我が社と契約いただいた暁には、年間5,000万円の研究資金を援助します」
「ご、5,000万円だって!?」
「す、すごい! それだけの資金があれば今までの倍以上のスピードで研究ができますよ、博士!」
すでに転移装置の開発で研究費は尽きかけていた。
それだけの資金が有れば、今後の研究も飛躍的に進むだろう。
「そ、そうだな……」
「時間が惜しいです。契約内容を説明しましょう」
男は半ば強引に話を進めようとする。
その時、再び研究室の扉が開いた。
「ちょっと待った!」
部屋へ入ってきたのは、真っ白なスーツを身につけた若い男だった。
黒スーツの男と博士を見るなり、二人の元へズンズンと歩み寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何ですかあなたは!」
白スーツの男は助手の制止を振り切り博士の前までやって来ると、こう切り出した。
「博士、その話は聞かなくて結構。あなたには我が社と契約を結んでいただきます」
「な、なんだね君は?」
「私はこういう者です」
白スーツの男が手をかざすと、先程と同様に空中へ画像か現れた。
時間旅行有限公司、エア・ビジョンで投影された名刺にはそう記載されていた。
「き、君も時間旅行の会社なのか……?」
「ええ……その男は抜け駆けをして過去を変えた。お陰で未来の旅行業界は一社独占状態となり、首をくくった社長が何人いると思っているんだ!」
「何を言う! 我々はビジネスを有利に進めているだけだ!」
どうやら黒スーツと契約する事で未来が変わり、それを阻止するために白スーツがやって来たようだ。
「博士、我が社はその会社の倍、年間1億の資金を援助します」
「い、1億!?」
教授と助手は声を揃えた。
黒スーツは白スーツを睨みつけ、今にも飛びかかろうという勢いだ。
「は、博士、どうするんですか……?」
「どうするって……」
黒スーツと白スーツは一触即発の状態だ。
博士も助手も二人の未来人を前にオロオロとするばかりだった。
「見つけたぞ!」
研究室の扉が乱暴に開き、さらに男が現れた。
「そこの二人! 時間遡行法違反だ!」
押し入ってきたその男は、奇抜なデザインではあるが何となく警察組織の者と分かる服装をしていた。
すでにエア・ビジョンで警察手帳のような物を投影している。
「ま、まずい……」
「くそっ、証拠は残していないはずなのに……」
「二人とも動くなよ! 逃げようとしても無駄た!」
白黒の二人はすっかり観念した様子だ。
未来の警察の男は、今度は教授へ向かって話し始めた。
「あなたが博士ですね。見ての通り、あなたが開発するタイムマシンは、その使用権を手に入れようとする会社の間で激しい争いを起こしています」
「あ、ああ、そのようだな……」
「私は未来の公安警察の者です。ここへ来た目的は2つ。この二人の逮捕とあなたの保護です」
「わ、私の保護だって?」
「はい。このような輩が過去を変えてしまうので、未来はコロコロと変異し非常に不安定になっている。ビジネスの争いに巻き込まれないように、今後は政府直轄の研究室で開発を行っていただきます」
そう言って、公安の男は無理矢理に博士を連れ出そうとした。
助手は慌てて立ちはだかり、
「ちょ、ちょっと待ってください! 博士をどこへ連れて行くんですか、まさか未来に連れて行くんじゃないですよね!?」
「そんな事をしても意味がない。博士には部外者の立ち入れない研究室で、国のために開発を続けてもらうことになるだろう。すでにこの時代の政府には話がつけてある」
黒スーツと白スーツはすっかり意気消沈してしまっている。
助手も公安の男の説明に納得したのか、道を開けようとした。
その時。
「いたぞ、ここだ! 包囲しろ!」
研究所の扉から黒ずくめの戦闘服を着た男たちが十数人、雪崩れ込んできた。
手には小銃が握られている。
「全員、両手を上げろ!」
その場にいる全員に銃口が向けられ、皆なす術もなく両手を上げた。
「お前が博士だな!」
「そ、そうだ……」
「それからお前! 博士の助手はお前か?」
「ひいぃ! そ、そうです……」
助手が返事をするや否や、戦闘服の男たちはあっという間に彼を取り囲んだ。
「博士が政府へ保護された後、お前はこの研究所で独自にタイムマシンの開発を続けた。その技術が第三国へ流出し、未来では時間戦争が起こっている。すでに全人類の半数が犠牲となっているんだ!」
「な、なんだってーー」
「わ、私がそんな事を……?」
10以上の銃口を突き付けられ、助手は半泣き状態だ。
少しでも動こうものなら彼の身体は蜂の巣になるだろう。
「今のお前に罪はないが、戦争を食い止めるためだ。ここで消えてもらうぞ」
戦闘服の男たちは全員が助手を取り囲んでいる。
最早いつ銃口が火を吹いてもおかしくない。
助手はすっかり観念して目を閉じてしまった。
次の瞬間、
ガシャーン!
激しい音と共に黒スーツ、白スーツ、公安警察、戦闘服の男たちが跡形もなく消え去った。
助手が恐る恐る目を開けると、そこには博士だけが立っていた。
研究所内はすっかり静けさを取り戻している。
「は、博士……? 一体何が?」
よく見ると、博士の足元に機械の残骸が散乱している事に気づいた。
「ま、まさか……博士?」
「そう、この転移装置が全ての元凶だ」
博士は完成したばかりの転移装置を破壊していた。
タイムマシン開発の元となる機械をこの世から消す事で、ここに現れた者たちを未来ごと消し去ったのだ。
「どれだけ科学が進歩しても、タイムマシンが完成しない理由が分かったよ」
<おわり>
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