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【小説】猫と珈琲と死神⑥
<事件発生から6日後>
捜査本部のある警察署のベンチで、志摩は座ったまま仮眠をとっていた。
ふと、誰かの気配に気づき目を開けると、隣に座り手帳に目を落とす富澤の姿があった。
「あっ、富澤さん。すみません、ちょっと仮眠をとっていました」
「お疲れさん、起きなくてもいいぞ。この事件の捜査も長くなってきたからな」
「そうですね……今回の事件、現場検証中のマンションで集合する前日は、朝から夜中まで一緒に窃盗事件の張り込みしてましたよね」
「ああ、お前もあの捜査以来ゆっくり休めていないだろう。午後の事情聴取までに少しでも休んでおけよ」
富澤はそう言い残し、本部の会議室へと戻っていった。
猫矢ノアが殺害されてから間もなく一週間となるが、依然として有力な手掛かりもなく捜査は難航していた。
マンション周辺の聞き込みや、近隣の防犯カメラの確認など、志摩たちは満足な休息も取れないまま捜査に駆けずり回っている。
「これが終わったら、少し休暇を取るかな……」
志摩は呟き、立ち上がった。
午後からは猫矢ノアのホームページの管理人、おそらく被害者に一番近い人物の事情聴取が控えている。
【東松吉人】
<午後>
取調室へ入ってきたのは、そのままホストクラブで接客が出来そうな、スーツ姿の優男だった。
背は富澤よりも低く小柄で、中性的な顔にクシャクシャと無造作なヘアースタイルをしており、いかにも若い女性にウケそうなルックスだ。
「ども、東松吉人(とうまつよしと)です」
「お忙しいところありがとうございます。捜査を担当する富澤と申します。こっちは志摩です」
「志摩です。東松さん、よろしくお願いします」
定形の挨拶を済ませ、いつもの配置で席に着く。
東松はキョロキョロとあちこちを見回して落ち着きがない。
「なるべく早めに終わらせていただけますか? 次の予定もあるので……」
「承知しました。短時間で済ませるようにしますので、東松さんもなるべくスムーズにお話いただけますと助かります」
早く終わるかどうかはお前次第だぞ、と富澤は遠回しに釘を刺した。
やけに早く帰りたがる東松の態度が、志摩は少し気になっていた。
「それではまず、東松さんは猫矢ノアのホームページを管理されていたそうですが、ご本人とはよく会われていたのですか?」
「んー、そうですねぇ……二週間に一回くらいだったかなぁ。客を管理して先生に伝えるだけでしたから、ほとんど電話で済ませてたかな」
「なるほど、事件のあった当日も電話を入れておられましたね」
「ああ、夜の予約が入ってるのに寝てたんですよあの人。何回鳴らしても出ないんだから、それこそ死んでるのかと思いましたね」
東松は調子のいい軽口を叩いて余裕ぶってみせる。
とはいえ、不謹慎な冗談に志摩は苛立ちを覚えた。
「電話をされた時に、猫矢さんに変わった様子はありませんでしたか? 何かに怯える様子とか」
「それはないですね。逆ギレして電話切られたくらいなんですから、怯えるのはこっちですよ」
飄々と答える東松の態度は不愉快極まりないのだが、どうも嘘をついているようには見えない。
というより、嘘をつけない性格のようにも思える。
「そうですか。ところで、東松さんは猫矢さんとのお付き合いは長いのですか?」
「ええ、まぁ。俺が子どもの頃から知ってますからね。一応、叔母だし」
「ん、叔母? 東松さんは猫矢さんの親族なのですか?」
「親族になるのかな? 俺の母親が小さい頃に叔母さんが養子に出されたって聞いてますけど。高校の時に親戚の葬式で会って、占い師してるって聞いてたから」
調べた限りでは両親は既に他界しており、天涯孤独の身に思っていた猫矢に甥が居たとは。
意外な繋がりに富澤も驚きの表情をしている。
「では、猫矢さんのお手伝いを始められたのはいつ頃から?」
「なんか、SNSでバズってるの見て連絡したんですよ。そしたら、客が多すぎてさばき切れないって言うから、マネージャーする事にしたんですよ。ちょうど仕事辞めたところだったし、上手くいけば俺も金儲けできるかなって思ったし」
「猫矢さんが有名になられてから、マネージャーとしてお手伝いを始めたと。ホームページを作られたのも東松さんなのですか?」
「ああ、俺、それまでは芸能事務所に居たんですよ、アイドルメインの。だから、そういう事できる業者の知り合いに作ってもらいました。あとはオンラインサロンも始めて、稼ぐ仕組みを作りましたね。霊能力者っていうだけで、すごい人が集まるんですよ」
東松は聞いてもいない自分の経歴についてまでペラペラと話し始めた。
確かに、ここまでに聴取した猫矢の人物像から、一人であそこまで有名になれるとは到底思えない。
裏では有能なマネージャーが、アイドルを売り出すかのごとく暗躍していたのだ。
「確かに、猫矢さんの霊能力は本物ですから、人気を集めたでしょう。何でもお見通しなんですからね」
志摩もたまらず口を挟んだ。
テレビディレクターの続から、大御所俳優の不倫を暴露された話を聞いて以来、猫矢の霊能力を信じ込んでいたのだ。
「は? 叔母さんに霊能力なんてありませんよ。あんなの、全部ハッタリです」
これには、富澤も志摩も目を丸くした。
「えっ!? だって、先日テレビ局で大御所俳優のスキャンダルを言い当てたと聞いていますが……」
「あれはね、俺のツテで得た情報を叔母さんに入れといたんですよ。芸能事務所に居たって言ったでしょう」
「そんな……では、これまでどうやってお客さんのカウンセリングをされていたんですか? 下手なこと言ったらすぐにバレてしまうのではないですか」
「その辺は叔母さんの話術ですよ。あの人、口だけは達者だったから、上手に納得させて帰すんです。金持ちが来る時は、事前に探偵を使ってプライベートな情報を集めておいたりもしましたね」
あまりに衝撃的な事実に、志摩は言葉を失った。
猫矢ノアは霊能力者などではなく、ハッタリと巧みな話術で名声を得たのだ。
「……だとすると、猫矢ノアに霊能力など無いという事がバレてしまったら、顧客も地位も全て失ってしまいますね。それは、あなたにとっても避けたい事だ」
しばらく考え込んでいた富澤が、東松を真っ直ぐに見て言った。
確かに、猫矢の化けの皮が剥がれたら、東松が失うものも大きい。
稼ぐだけ稼がせて、綻びが出る前に始末する、という事考えに至っても不思議ではない。
「え、なに? もしかして刑事さん、俺のこと疑ってるの? 俺が叔母さんを殺すわけないじゃないですか。まだまだ稼いで貰おうと思ってたのに」
「では聞きますが、事件のあった6日前の午後7時から9時の間、東松さんはどちらに?」
「えー……6日前か……ちょっと待ってくださいね」
そう言って東松はスマホを操作し始めた。
過去のメールを開いて、自分の行動を振り返っているようだ。
「あっ、あった! その日はクラブで飲んでいましたね。嬢に送ったメールが残ってるから、間違いない。お店教えるから、聞きにいってみる?」
志摩は一応、東松から聞いたクラブの店名を調書へ打ち込んだ。
おそらく、彼の言っている事は本当だろう。
その後、猫矢の交友関係などを聞いたが、友達付き合いも殆どなく、マンション住人との交流も無かったとの事だった。
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東松を帰らせ、富澤と志摩は取調室に残っていた。
先程の話をどのようにまとめようかと、志摩のキーボードを打つ手は止まっている。
「ますます分からんな……」
「ええ、全部ハッタリだったのですね」
「まったく、上手くやったものだ。テレビにも雑誌にも、全て作り話で答えていたんだからな……」
その時、二人の元へさらに衝撃的な情報が舞い込んでくる。
玉城ゆきなの実家への、家宅捜索許可状を裁判所へ請求する事が決まったのだ。
「どうして……玉城さん、事件の起きた時間は家に居たって証言も取れたのに。我々の調書は信用して貰えなかったんですか……?」
「家に居たようだが、誰かがそれを見ていたわけではない。まあ、片道で何時間もかかる距離だ。俺も彼女の犯行では無いと思っているがな」
「そうですよ! それに、彼女が人を殺すなんて、そんな事できる訳がない……」
「しかし、彼女は唯一猫矢が連絡を取った顧客だ。聴取で話した事が全て真実とも限らん。とりあえず落ち着け、請求してすぐに許可が下りる訳じゃないんだ。それまでに犯人を上げればいい」
「そ、そうですよね!」
玉城は家に警察が来ることをひどく嫌がっていた。
家宅捜索など行われたら、身の潔白は証明できたとしても、彼女の居場所は無くなってしまうだろう。
それだけは、何としても阻止しなければならない……
玉城さんのためにも、一刻も早く犯人を逮捕せねば。
焦る志摩を、富澤は心配そうな目で見つめていた。
<つづく>
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