大島薫初の小説『不道徳』 #21/32

「マジで俺らのこと、人間として見てない客いますよ!」
 Vogueのカウンターで、ドンッとコップを置いて拓海がぼやく。イシイの一件から、一ヵ月ほどが経過していた。
「荒れてるねー。いま他にお客さんいないからいいけど」
 拓海の愚痴を聞きながら、ヒナタはいつものように片腕を肘置きにして、細長いタバコを燻らせている。
「てか、平日の夕方にこんな酔っぱらって大丈夫なの? 昼間の仕事クビにでもなった?」
「やめてくださいよ、縁起でもない。今日はこの前の休日出勤の振り替え! そして明日は休日で俺だけ三連休ー!」
 ヒナタの指摘に、拓海はそういってグラスを一息で飲み干してみせた。
「そう。あんまりノンケが泥酔しないようにね。犯されるよ」
 真顔でサラリといったヒナタの言葉に、拓海は緑茶ハイを吹き出した。

 Vogueを出てからも拓海は、二丁目付近のバーを飲み歩いていた。意外なことにゲイタウンでもゲイバー以外の店もいくつかあり、そういった所はノンケの拓海でも入りやすかった。腕時計を確認する。時刻は十二時を回っていた。ふらふらと、新宿二丁目の仲通りをおぼつかない足取りで歩く拓海だったが、急に吐き気を覚えた。
 慌てて人気のない場所を求めて、路地裏の暗がりへと走り出す。拓海が湧き上がってくるものを口内に留めて置くことが限界を迎えたころ、そばにあった電柱の影に勢いよく嘔吐した。Vogueの前で飲んだ居酒屋のメニューが、クリーム色の吐瀉物に変換されて地面にぶち撒かれる。
 不思議なもので、一旦吐いてしまうと冷静になるものだ。なんとなく酔いが冷めた拓海は、顔を上げてどうしようかと思案した。
 すると、すこし離れた通りに、見知ったツカサの姿を見かけた。どこかに向かって歩いている。
 なにをしているのだろうかという疑問が、拓海の脳裏に浮かんだ。そのまま足がツカサの向かった方向に動く。到着すると、ツカサはすこし先にいて、ちょうど角を曲がるところだった。
 離れていても、ツカサの金髪は目立つ。メインストリートが明る過ぎるせいか、ツカサの歩く裏通りは実際より暗く怪しい場所に感じられる。一体どこに向かうのか。拓海は胸騒ぎがしていた。
 突如始まった探偵紛いの尾行は、すぐに終了となる。ツカサがとある建物に入っていったのだ。
「ここって……」
 拓海が建物を見上げて独りごつ。そこはあのとき救急車が止まっていた場所、ハッテン場だった。店長に注意をされたのに、ツカサはまだハッテン場通いを続けていたのだ。
「まずいよなあ……」
拓海はぼやく。ヒナタやソウタの言葉を思い出していた。「どこでだれが見ているかわからない」。ヒナタが会ったばかりのころいっていた言葉だ。ウリ専ボーイを批評する掲示板サイトには、もちろんフレッシュゴーゴーのスレッドも存在する。もしハッテン場にツカサのことを知る人物がいたら? ツカサだけでなく、店の評判も下がることになるだろう。
こっそりと店長に連絡するのはどうだろうか。そんなことも考えた。しかし、そうなればもしかするとツカサは、今度こそ店を辞めさせられるのではないか。店を追い出されてあのツカサが生きていけるのか。拓海は迷った。
「ああ……もうっ!」
 そして、しばらくしたあと、仕方がないと決心した顔で、自身も建物の門をくぐった。

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