大島薫初の小説『不道徳』 #24/32

 ハッテン場の大部屋、暗がりの中、掛布団をフードのようにしてツカサは体育座りでうつむいていた。最近背中を中心にダニに噛まれた跡が悪化しているため、こうしてできるだけ肌を隠しているのだ。ここに来てから、そんな怪しげな格好で自分を抱いてくれる人間をずっと待っている。何人か顔を覗き込んでくる者もいたが、一様にジロジロ品定めするだけで去っていった。そんなとき相手が見せる顔は、いつも同じだ。嘲り。
 もう何人目だろう。いま目の前にいるこいつも、僕を見てバカにしたように去っていくのか。自分の視線の先にある誰かの裸足に向かって、ツカサはそんなことを思った。
「ツカサさん、探しましたよ」
 しかし、その男から発せられた言葉は、ツカサの想像していたものとは違っていた。顔を上げて男を見る。同じ店にいるカズヤだ。どうしてノンケのカズヤがこんなところにいるのか。ずいぶん慌てた様子だが、なにをしに来たのか。その疑問は、彼の次の言葉ですぐ明らかになった。
「帰りましょう」
 拓海は手を差し出していた。

「ちょっ、ちょっと、待って、カズヤくん……!」
 拓海に腕を引かれながら、店を連れ出されたツカサが足に踏ん張りを効かせて抵抗する。
「いいから、出ますよ、こんなとこ」
「いやだってば、せっかく来たのに!」
 二人の姿は、まるでおもちゃ売り場で駄々をこねる子どもと、母親のようだった。
「もうっ! なに考えてんスか。店長に叱られたでしょ! 店クビになったらどうするんですか!」
 ツカサの腕を離し、拓海はすこし強めに言葉を発した。その言葉にツカサは抵抗するのをやめ、黙り込んでしまう。
「自分たちにお金を払ってくれるお客さんにも、申し訳ないと思わないんですか? こんなとこでタダでセックスして。病気持ってる人もいるし。そうまでして誰かとヤリたいんですか!」
 常々ツカサに抱いていた疑問が、勢いのまま口を突いて出てしまう。
「お金のことだってそうですよ! 気持ちいいことややりたいことを優先して、こういう場所に来ることも我慢できずに、どうやって生きていくんですか!」
 ツカサは黙りこくったまま、返事をしない。
「なんか事情があるなら相談に乗ります。だから、もうハッテン場には――」
 そういって拓海がツカサの肩に手を置こうとした。その瞬間、ツカサが差し出された拓海の手を弾いた。そして、怒鳴る。
「なにも知らないくせに!」
 突然のツカサの豹変に、拓海は狼狽した。
「じゃあ、なんなんだよ、そっちだって。ノンケのくせにウリ専で働いて、安定した会社にいながら身体売って、自分だって理屈に合わないことやってんじゃん! 僕に説教する筋合いあんのかよ!」
 今度は拓海のほうが黙ってしまった。
「もういい! 僕、帰る!」
 その勢いのまま、ツカサは拓海の前から足早に去った。残された拓海は、ただ立ち尽くすしかなかった。頭の中で、先ほどツカサが怒鳴った言葉が反芻される。動揺していた。さっきの言葉に反論する言葉を必死で探しているが、一向に浮かんでこない。
「俺も同じ……?」
 考えてもみなかった。なぜだかヒナタの言葉が思い出される。自由に生きる。それはつまり、突き詰めていけばツカサのように生きるということではないのか。そんなことではまともな社会生活が営めないのではないのか。そんな風に拓海は思っていた。だから、自分には理解できない考え方だと。しかし、そんな自分もいままさに愚かで不条理な選択をしているのではないかと、ツカサにいわれて初めて自覚を持った。
 身体を売ることに納得しているから。自分は将来を見据えているから。お金は大事だから。あらゆる理由を付けても、どうしてもツカサにそれを「理屈に合わない」と指摘されれば、そうだといわざるを得ない自分がいる。この疑問は今後、拓海がウリ専の仕事を続ける間、しばしば思い出される出来事となる。
 そして、数日後、ツカサはフレッシュゴーゴーを突如として去っていった。

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