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「あなたと夜と音楽と」御首了一/村崎懐炉自選集

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これまでの作品のうち気に入っているものを選んでみました。もし拙作にご興味を持たれた御方がいましたら本マガジンからお読み下さい。時々入れ替えます。
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記事一覧

短篇小説「朧朧」

短篇小説「朧朧」


起きてカーテンを
開けると。

兎がいた。
白い毛艶でぴよこぴよこ跳ねて、庭草を食む。

まるで。

李朝白磁に血が巡り心臓が拍々脈動するような。
李朝白磁がぴよこぴよこ跳ねて、草を食む。

まるで。

大島紬の白織物を手毬に仕立てて転がすような。
白泥染めの紬の毬がぴよこぴよこ跳ねて、草を食む。

大変可愛い。

「兎ですか」
三角の顔をした編集担当の木島氏が僕の背中越しに原稿覗き見て言った

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短編小説「檸檬畑より」

短編小説「檸檬畑より」

一頭の鯨が、百年の回遊の果てに死んで、頭骨に開いた気穴から泡沫が漏れた。
泡沫は螺旋の回転を描きながら上へ、鯨は巨大の肺腑を海水に満たされて下へ、緩徐に。彼の長大な旅は深海の低温に沈むことで帰結する。
沈む。歪む。死のリアリズム。
強まる水圧に彼の背骨が軋む。

だが。約7キログラムの鯨の脳髄はまだほんの少しだけ生きていて、無光層の中を落下する自らの肉体について怪訝と訝しんでいる。
見たことがある

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SF小説「ゴッド・ウィル・B・デッド」

SF小説「ゴッド・ウィル・B・デッド」

あらすじ

この世界には4種類の人類がいる。神族であり世界政府を統べるアイヌアが2億人。寿命1200年の長命種、樹人エントが36億人。機械生命体のアタニは1億6千万人。体組成が水分とタンパク質で出来ているハレスは3200万人。ハレスとよく似ているが忌民として嫌われているウォーゼが800万人。ウォーゼの男は臭いので迫害されているのだ。そのウォーゼの男である主人公セイセイ=ミクラジマは明日40歳になる

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短編小説「眼丩蝶」

短編小説「眼丩蝶」

Q県の僻村で眼球が殖える奇病が発生したと聞いて私は自身が勤める雑誌編集部のデスクに出張許可を申出たのであるが、デスクの返答はつれない。

「何故ですか」と私は訊いた。
「読者が眼球の殖える奇病に興味が無いからだ」とデスクは言った。
巷間の人々は眼球の殖える奇病に興味がない。
そんな事で自らの眼球が殖えてしまったらどうするつもりだ。

「そんな事で自らの眼球が殖えてしまったらどうするつもりだ」と私は

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短編小説「ネコジン」

短編小説「ネコジン」

「ネコジン」梗概
麻倉ジョゼは西伊豆西浦地区に暮らす世界猫協会の地区会員である。彼はアフリカ大陸から南に800海里を下った孤島にネコジン捜索のために派遣されることになった。だが、ネコジンの島はネコジンの魔力によって事実が奇妙に歪曲される魔の島であった。
大海鴉たち、独立国家建国を企むダンカイロ一味、そして謎の美女カルメン。様々な実存が交錯し、麻倉ジョゼを翻弄する。ネコジンの魔力に抗おうとする麻倉ジ

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短編小説「豚人間」

俺は何故、生まれたのか。

俺は、生まれた時から豚人間だった。真っ当な存在ではない。いや、其うでは無い。もし、俺の他にも豚人間がいて、そいつらと競い合ったら、きっと俺は真っ当な方だ。頭も体も、きっと顔だってそこそこだ。

豚人間の女が俺に恋をして、俺達は結婚して豚人間のベイビーを作る。
ベイビーがヨチヨチ歩いてさ、俺を見上げるんだ。ブーッ!俺はベイビーをあやす。鼻を鳴らすのが得意だ。ベイビーがフゴ

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短編小説「終焉」

短編小説「終焉」

貂川鉄郎はその時、極めて重大な事実に気が付いた。

いつの頃からか知れないが、貂川鉄郎は暫く模糊とした季節の中に、眠っていたような気がする。いや違う。決して眠っていたわけではない。だが夢遊病者のように不覚であった。
数々の心象が陰影となって目の前を流れた。そんなものを何十年、なのか何秒なのか知れないが胡乱に眺めていた気がする。

だが鉄道の、鉄輪が路鉄を擦る轟音によって、貂川鉄郎は長い微睡みから覚

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短編小説「駄菓子蟲を飼う」

古田美津子は更衣室でブラウスを脱いだ。
脱いで、露になった柔肌をつい隠した。
隣に古田美津子より十歳年若の後輩社員が明日より始まる三連休に、ムチムチと浮かれていた。
古田美津子の扁平な体を、後輩、野木真理が嗤ったような気がした。
「先輩の胸は扁平ですね。」と野木真理が言ったような気がした。
「でも、腰回りは重厚感がありますね。」と野木真理が言ったような気がした。
「肌には年齢の深みを感じます、そう

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短編小説「ダーリン・イズ・イン・モノクローム」

全く俺はツイテない。
紡績工場に勤めるチャーリー・レッドマンは冷や汗を垂らしながら考えた。

今朝、チャーリーはいつもより半刻早く目が覚めた。
なんてツイてないんだ!とチャーリーは思った。
もっと眠っていたかったのに!

時間が出来たため、いつもなら簡素に済ませる朝食(トースト)にハードボイルドエッグを添えて、テレビを付けた。
ニュースの時間だった。ニュースキャスターがこの国は不況だ、と言った。テ

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短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」オープニングテーマ
opening theme : karappo_no_seikatsu / note-sann

ノートさんの「空っぽの生活」です。
本小説はこの曲を聴きながらお楽しみ下さい。

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短編小説「沼津干物のアジーB」
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短編小説「夏蜜柑ポップ」

凄く下らない話なんだけど。
「蜜柑狩り」という夢を見た。
あたしは「蜜柑ハンター」で街中に隠れる蜜柑を狩っている。

「蜜柑」たちは器用に擬態している。
凶悪な奴らだ。
夜更けに誰かが寝静まった頃合いを見計らい、蜜柑たちは人間に寄生しようと企んでいる。頭頂部から脳髄へ根を張って、人間を支配しようとする。

街には「蜜柑人間」として頭に蜜柑を乗せた人々が、それなりの生活を送っている。「それなりの生活

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短編小説「外骨格人間とフレグランス」ディレクターズカット

ある群島に潜伏しながら世界秩序の再構築とそれなりの世界平和を目論む秘密組織によって僕は外骨格人間にされてしまった。

この秘密組織は群島内外の寄付金によって運営される非公認市民団体であり、非公認であるが故に市民団体なら当然支給されるべき市町からの活動助成金も受給できない。そのため慢性的な活動資金欠乏に悩んでいる。彼らの活動(主にブログや街頭演説)は資金化出来ないため、組織は貨幣経済に疎く、故に

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長編小説「スノウマン ライド・オン ジーザス」

突然自我に目覚めた俺は、俺が一体の雪だるまである事を知った。
早朝、空気は凍えているが本日はどうやら晴天。
視認する限り、この場所は日当たり良好。
どう考えても俺は本日の正午には南中した冬の、暖かな日差しの中に溶けて消える運命だった。

rrrrrrrrrrrrrrrr

一体俺は、何のために生まれてきたのか。
ああ、畜生。
もう何もかもが。

人口密集した都市の、地下の、安いバーには饐えた匂いの

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随想「渦について、ABESADA1947」

(坂口安吾 私信)

AVE SADA1947

雑誌社の企画で僕と阿部さんの対談が組まれた。

対談は阿部さんの住居の近くの待合で行われた。対談の時間は小一時間程であったが、だいぶん前から阿部さんは待合に来て食事を注文し、デザアトを届けさせ、ビイルを飲んでいた。
対談は夜だったから、雑誌社が気を利かせて阿部さんは翌朝まで泊まれる事になっていた。

この対談は僕や既に鬼籍となったが織田くんが願って

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