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脱力:早く、滑らかに動くための技術

「力を抜け!」とか「力まないで!」と、ブラジリアン柔術では良く言われます。力を入れすぎると体が動かないからです。ただ、格闘技なので、力いっぱい相手を押さえつけたり、引っ張ったりもします。実際のところ、力を入れないでかかる技などほとんどありません。熟達者が初心者を相手にするなら、力をほとんど使わないこともあります。ただし、これは例外。スパーリングで相手が防御したり、抵抗したりするとき大抵の人はかなりの力を使っています。そういう意味で、力を抜けというアドバイスは、力を使うなということではありません。無駄な力を使うなということです。それが難しい。

闇雲に力を入れると動けない

筋肉の構造上、全身に力を込めると動けません。手足や体幹など身体を大きく動かす部分には、曲げる筋肉と伸ばす筋肉がお互いを補うようについています。一方だけだと、元に戻れませんからね。

例えば、下の図のように脚ですと太ももの前側には大腿四頭筋があり、裏側にはハムストリングスがあります。大腿四頭筋に力を入れると縮んで、膝が曲がります。逆にハムストリングスに力を入れた場合は、収縮により、膝は伸びるのです。

太ももの拮抗筋とその役割

大腿四頭筋とハムストリングスのようにお互いを補うようになっている筋肉を拮抗筋と呼びます。拮抗筋に同時に力が入ってしまうと、曲げることも、伸ばすこともできません。力は入っているのですが、全く動けなくなってしまいます

適切な部分に力を入れる。

身体を動かすには、拮抗筋のどちらかに力を入れる必要があります。言うなれば、適切な順番で、適切な部位に力を入れると効果的な動きができるようになります。別の言い方をすれば、身体を動かすには、拮抗筋のどちらかは脱力していなくてはなりません

実際、熟達者と初心者を比べると、熟達者ほど、拮抗筋が同時に収縮することがなくなります(バスケットボールの例、岩見・木塚, 2010)。初心者の動きがぎこちなく見えるのは、不必要に拮抗筋が同時収縮し、動きがしばしば止まってしまうからです。

ただ、力を入れるよりも抜くことは難しい。瞬時に力を入れたり、抜いたりする場合でも抜く方が時間もかかります(Harbst et al., 2000)。初心者ほどその差が顕著です。

運動場面で力を抜くためには、反復練習が非常に効果的です。柔術でしたら、打ち込みを繰り返すのが良いでしょう。体が勝手に動くようになると、良い感じに力が抜けるようになります。その辺については、別の記事に書いたので参考にしてください。

脱力すると重力を使える。

脱力は動きを滑らかにするだけでなく、競技面でも有利に働きます。ブラジリアン柔術では、自分の体重を使うことがテクニックの一部となっています。抑え込みはその良い例ですね。

また、自分が移動するとき重力をうまく使うと、効果的に動くことができます。そのためには脱力が必要です。下の図は、剣道熟達者が打突をしたときの筋電位変化です。大腿四頭筋(脚)と上腕三頭筋(腕)を測定した結果です。剣道ですから、腕で竹刀を振り相手を打つわけです。ただし、その前には相手に近づくため、まず身体を移動させなければなりません。

麓(2011)における剣道熟達者における大腿四頭筋と上腕三頭筋の活動。論文中に掲載された図に基づき上の図を作成した。

上の図の大腿四頭筋と書かれた箇所で、「脱力」とある矢印があります。ここて筋電位の活動が下がっています。これは熟達者が大腿四頭筋から力を抜いたことを示しています。一瞬、力を抜くことで自然に身体が前に倒れ込みます。それを自分の体重を移動のスピードに繋げ、そこから力を入れて一気に相手を打つ。つまり、重力を攻撃のスピードに転化させ打突をしているのです

レスリングや柔術のタックルでも同じように脱力を使います。引き込みにも応用できますね。下の動画で大賀先生が引き込みの解説をしています。今回のnoteは、筋肉の動きや構造からこの解説を裏付けていると思います。

引用文献


・Harbst, K. B., Lazarus, J. A. C., & Whitall, J. (2000). Accuracy of dynamic isometric force production: The influence of age and bimanual activation patterns. Motor Control, 4(2), 232-256.
・麓正樹. (2011). スムーズな動作につながる呼吸法と力の抜き方. バイオメカニズム学会誌, 35(3), 176-180.
・岩見雅人・木塚朝博 (2010). ボールバウンシング動作の速度条件が運動学的指標と筋活動様相に及ぼす影響. バイオメカニズム, 20, 21-30.

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