観光バスでお出かけするガールズたち

「この前、静岡のご実家に帰ったそうね」「あ、はい。弟のオーケストラの演奏会があるので、1泊で」
「でも、明日勤務だけど、今日は大丈夫?」「あ、それは。でも今日が楽しみだったから」

 伊豆萌は、勤務しているコールセンターの先輩・蒲生久美子と日帰りバスツアーに参加している。今日は実家のときと違いバッチリメイクで、黒いコートを羽織り赤いロングのスカートを履いていた。
 久美子は萌にとって七歳年上の久美子は、仕事上での悩みを聞いてくれる先輩。だが、それ以上の感情があった。実は久美子に恋をしている。一緒に居ると心が落ち着き安心するのだ。それは久美子も同様。

 ちょうど3か月ほど前のこと。仕事帰りに後ろから声をかけてきた久美子に飲みに誘われ、遅い時間まで楽しく飲んだ。ずいぶん飲んでふたりとも相当酔っていた。その勢いもあって店を出ると、近くにある薄暗い公園のベンチに座り、そこでお互いの気持ちを告白して、そのまま口づけを交わす。
 以降、毎回というわけにはいかないが、チームのシフトを担当しているベテランの久美子が、月に一度は萌と休みを重ねるように調整をしていた。だから月一度はふたりだけのデートの日。ちなみに久美子もメイクが決まっていて、萌と同じような柄のコートである。唯一違うのはスカートが、黒いロングというだけだ。

「萌ちゃん。今日は名前で呼んでね」「はい、久美子さんわかってます」ふたりは並んで観光バスの座席に座ると、他の人から見えない位置で手をつないだ。この日は東京都内のツアーバスに乗る。しばらくしてバスは東京駅を出発した。「ねえ、萌ちゃん。今日が何の日か知ってる」「さあ、知りません」「今日12月15日はね『観光バス記念日』なんだって」「え、それで今回のデートはバスなのですか?」

「というわけじゃないけど、たまたまふたりの休みの日と重なったし。じゃあと思ったの。1925年(大正14年)に日本初の定期観光バスが運行始めたんだって」
「でも、久美子さんこの選択、素敵です。私東京に住んで働いているのに、東京の観光地なんて全然知らないから」

「そうよね。普段は新宿にある、オフィスビルの閉鎖した空間で延々と電話を取るのが私たちの仕事。こうやって外に出るのは気分がいいわね。萌ちゃんは静岡出身で、私は千葉生まれだけど、都内の観光地なんて意外に行かないのね。特に今から行くことろなんて」

 ガイドがマイク片手に観光案内する。だがふたりはそんなことより、自分たちの世界に入っていた。そしてゆったりとバスからの眺めを見る。この大都会は、住んでいて職場もある生活空間。なのに2階建てのバスに乗ると全く違う風景だ。どこか遠くに観光旅行に来ている気がしてならない。

 やがてバスは、すぐに最初の立ち寄り場所に到着した。「萌ちゃん。ここ皇居東御苑だって」「私皇居の中に入れるなんて知らなかった」嬉しそうにスマホを取り出して撮影する萌、久美子は、そんなかわいらしい萌を見てにこやかに笑う。

 ここでは、江戸城ゆかりの跡地を散策した。入り口こそ物々しい警官の姿がある。しかし中に入り、江戸城の石垣などが残っているエリア。ここは広々としていた。その中では赤穂事件の松の廊下や大奥の跡などが散策できるようになっている。
「久美子さん、すごいわ。ここ東京じゃないみたい」「そうね。住んでいながら、ここは知らなかった。萌ちゃんに喜んでもらえたし」

 さっそく感動したふたりは再びバスに乗り込む。バスはエンジンを鳴らしながら皇居を後に、バスガイドの案内が始まった。ちなみにこのバスは平日ということもあり、参加者はふたりを入れて3組と少なかった。あとは地方から来た人だろうか? ふたりよりも、年配の夫婦の姿が目立っている。

 バスは、つぎに東北のほうに向いて走っていった。「萌ちゃん、次は浅草に行くみたいよ」「浅草なんて行ったことない。イメージは、何となくだけど、実際にはどんなところかしら」
 やがて一軒の食堂の前にバスが止まった。ここで昼食タイムらしい。ガイドに案内される。店の前には提灯が並んでいて江戸の雰囲気に満ちていた。「ここではすき焼きの昼食よ」

 伝統的な和の雰囲気に溢れた店内。メニューが牛鍋しかないという老舗店だ。ここで登場する肉は、驚くほど立派な霜降りである。ふたりはさっそくスマホで撮影し、重厚で黒光りした鉄鍋に肉を入れていく。赤い肉は入ると、先に塗っておいた油と反応して音が鳴る。やがて肉に火が通ると茶色く変色した。他の野菜などの具材と共に醤油をベースとしたダシは茶色液を沸騰させ、見ているだけでよだれが出そうな勢い。白い湯気からの香りも、鼻を通じて空腹度を増幅させてくれた。ここでは黙って食事をする。ダシがしみ込んだ肉に対して大きく口を開け、箸で押さえながら歯で一口サイズにちぎる。そのまま口の中に入った肉は、舌の上にあり舌が口の中で泳がすように動かしながら歯で噛み砕く。砕けば砕くほど甘味が入った旨味が舌を通じて脳に伝達する。十分かみ切った肉をゆっくりと口の奥、喉に向けて流し込んだ。

「美味しい!久美子さん。こんな肉初めてかも」
「萌ちゃん良かった。今日はここのすき焼きが楽しみだったの。喜んでくれてよかった」
 こうして食事を終えたが、萌の表情が何か考え事をしている「あれ、どうしたの」「あ、何でもありません。散歩しましょう」昼食の後は自由行動。すぐ近くにある浅草観音で参拝し、土産物屋を物色、特に買い物は行わなかった。

 ここからは車窓から東京の名所を回るという。上野駅を過ぎて見えてきたのは東京タワー
「ここは車窓だけの通過なのですね」「そうね」「そっか、うーん残念」萌は東京タワーを見ながら考え事をする。「ねえ、萌ちゃんさっきからどうしたの」「あ、いえちょっと東京タワーには、思い出が」

「なに、東京タワーがどうしたの」「子供のころ地元静岡で家族で、すき焼きを食べたことがあったのですが」「うん」「あ、今日みたいな豪華なのじゃなくてもっとカジュアルな」
「でどうしたの?」「そこはデザートがセットになっていて、そのデザートが、東京タワーをイメージした背の高いパフェだったの」

「へえ、何で静岡なのに東京タワー?」
「新幹線が止まる駅前だったからかな。やたら新幹線をイメージしたメニューが多かった記憶が残ってるのよ。博多名物とかも」
「で、さっきすき焼きを食べたときに?」「うん、思い出しちゃった」「なるほどね。様子が変だと思った」

 久美子のツッコミに、そこし慌てる前の目が泳ぐ。「だから東京タワーのようなスイーツが食べたいし、まだ上ったことのない東京タワーに行ってみたいかなって」
 萌が語ると、体を寄せてきた久美子が優しく萌の頭をなでる「もう子供みたいなこと言って。でもかわいいから許してあげる。一緒に東京タワーにも行こうね」萌は嬉しそうにうなづいた。

 やがてバスは、国会議事堂の前を通る。「政治の中心地ね」「ここも普段絶対来ないところだわ」こうしてバスが止まったのは迎賓館。「久美子さん。ここもすごい!テレビで見たことがあるわ」「萌ちゃん記念撮影しましょ」

 こうしてバスツアーは終わった。「久美子さん楽しかった」「そうね。こんなデートなかなかできないから私も新鮮だった」「この後どうします」「萌ちゃんは」「あ、明日は出勤が2時間遅れのシフトです」「じゃあもう少し遊べるわね」「はい、できればさっき話した、東京タワーのライトアップが見たいです」「いいわよ。クリスマスは、私たちシフトで仕事だから、今日は10日前倒しのクリスマス。東京タワーのライトアップはそれらしいわね」「はい、私たちのクリスマス最後まで」「さて、あるかなあ、東京タワーのところに萌ちゃんの思い出になるような、東京タワーを象ったスィーツとか」

こうしてふたりは手をつなぎ、大都会の人ごみの中に吸い込まれるのだった。

こちらの企画で遊んでみました。

東京タワー食べたい
読んだ後、東京タワーを食べたくてたまらなくなるnoteを書く。

またこちらのツアーを参考に創作。

さらにこちらのアドベントカレンダーに飛び入り参加してみました。

※アドベントカレンダー参加がマイブームです。

こちらもよろしくお願いします。

14日は平沢たゆさんでした。ドアノブを使った不思議な物語です。

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

おまけ:先週の成果です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 329

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