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第92話「世の中はコインが決めている」

 堂々と見るものじゃなかったけど、僕たちは狛さんの腹の傷跡を見させてもらった。生々しい傷跡。包丁で何度も刺されたと言うが、その傷跡から内臓が飛び出るわけでもなく、血が流れ落ちるわけでもなかった。

 ただの空洞と言った方が正しい。傷跡の隙間から覗くのは、暗闇が広がっていそうな空洞だった。

 狛さん本人に真実を伝えるのは辛かったけど、これは紛れもない真実であった。

 僕たちが工場で組み立てていた謎のピース。ピースそのものを組み立てられた人間。そう、狛さんは普通の人間じゃなく、ピースとしてバラバラになった部品を組み立てた人間なのだ。

「正論くん、君に黙ってたことがあるんだ。実は絵馬さんのことなんだけど、偶然見てしまったんだ。彼女の背中に亀裂みたいなヒビが入っているのを。僕が言いたことはわかるよね?」僕はそう言って正論くんの顔を見た。

 僕の打ち明けたことに、正論くんは口許をニヤリとさせた。僕の言いたいことを理解して、彼なりに整理しているのだろう。

 狛さんが普通の人間じゃないとわかった時点で、絵馬さんも普通の人間じゃない。

「なるほど、絵馬さんが変わった理由も解明したな。それに賽銭の奴が変わったのも恐らく君の想像と一致したと思う。つまり、心が入れ替わったと思っていたけど、正確には絵馬さんも賽銭の奴も、記憶を変えられてしまったんだ。これで、普通の人間じゃないってことは確かだな。彼らもピースを組み立てた人間だったわけだ」と正論くんは一人頷いているが、目の前に居る狛さんのことを考えたらいたたまれなかった。

「そんな顔するなって。現実は現実として受け止めるんだ。君がそんな顔してたら狛さんが困るだろう。キツイことを言うけど、狛さんは現実を受け止めてる。こっちが腹をくくらないでどうするんだ。しっかりしろよ!」と正論くんが叱咤した。

「はじめくんが心配してくれるのは嬉しい。だったら、私は自分の正体を知りたい。それが私の生きる道であって覚悟なのよ!」

 そうだ、僕が落ち込んでどうする。一番辛いの狛さん。今すべきことは、僕らで解決する道を探さなきゃいけないんだ。

 僕は二人が居る前で、狛さんを力強く抱きしめた。

「あらあら、なにを感極まっているのよ。もしかしておっぱじめる気じゃないでしょうね」とハナちゃんが冗談じゃないと言わんばかりに大袈裟に笑った。

「こんな身体になっちゃったけど、はじめくんは抱いてくれる?」と狛さんも冗談にのって笑いながら言う。

「僕が帰ってからにしてくれ」と正論くんだけは真顔で言うのだった。

 場の雰囲気が変わり僕たちは笑い合った。こんな風に笑い合うこと自体、誰も諦めていない証拠だ。

「あとは、やっぱり地下室へ侵入することが真実へ到達する近道だな」と正論くんが耳たぶを触りながら言う。

「そのことなんだけど、私に任せて欲しいの」と狛さんが真剣な眼差しで口にした。

「そんなの危険だ。ダメダメ!絶対にダメに決まってるだろう」と僕は慌てて反対した。

「いや、任せよう。そっちの方が動きやすい。但し、僕の言う通りに従ってもらうけどね」

 おいおい正論くん。君は正気で言ってんのか!?この男、一体なにを考えているんだ。

第93話につづく

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