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TikTok化する買い物

21年ヒット商品1位は「TikTok売れ」でした。TikTokはショート動画とAIによる精度の高いレコメンデーションを武器に、急激にユーザー数を伸ばした新興のSNSです。米国での利用時間がYouTubeを超えたことが2021年に話題になりました。

21年ヒット商品1位は「TikTok売れ」 動画で消費を動かす|日経クロストレンド

「TikTok売れ」の特徴は、興味を持ったらすぐに購入する、いわゆる"衝動買い"のスタイルです。TikTok自身はこれを「興味突破」と呼んでいます。

TikTok For Business オフィシャルユーザー白書 第3弾 発表! 回答から回遊へ 興味で突破する時代の再来。|TikTok for Business
同上

SEO、リスティング広告、SMO、ディスプレイ広告、行動ターゲティング、リターゲティング、メールマーケティング──デジタルマーケティングを駆使してターゲティングする手法が洗練されるほど、ユーザーは「欲しいかもしれない」というモノやサービスと出会います。

でも、「こんなものを見つけた!」という発見の驚きはなくなる。

「TikTok売れ」が注目を集めるのは、こうしたレコメンデーションやパーソナライゼーションの高度化に対するアンチテーゼのようにも思えます。

つまり「TikTokでこんなものを見つけた!」という発見の驚きがあるからこそ、"衝動買い"が起きているのかもしれません。

実際に、TikTokは「“回答”から“回遊”への転換期」と表現しています。

「検索を通じて“回答”を求めるのではなく、あえて非効率に様々な情報と触れてみる“回遊”的な情報接触が、新たな分野や世界を発見したいユーザーニーズを満たす」

同上

この「TikTok売れ」という現象は、ただの消費トレンドではなく「買い物それ自体がTikTok化していると言えるのではないか?」と私は思いました。私はコンバージョン最適化の「Sprocket(スプロケット)」を提供する会社を経営していますが、長くECに関わる者として見過ごせない話です。

今回は、その理由を簡単に解説していきたいと思います。

「買い物 ≠ ほしいモノを探す・選ぶ」ではない

みなさんが「買い物」と言われてイメージする行為は何でしょうか?

いろいろな商品を眺めてまわる"ウィンドウショッピング"という言葉もありますが、いろんな店(EC)を回りながら、自分の好きなモノや気に入ったモノを探す・選ぶのが買い物の楽しさです。

でも「ショッピングは探す・選ぶのが楽しい」という感覚は、すでに当たり前ではないのかもしれません。

なぜなら、今はショッピングに"正解"がある時代だからです。

先日、「「とりあえずやってみて」とか「まずは自分で考えて」が、今の若者に響かない理由。」という、とても面白いコラムを読みました。少し長いですが、引用します(太字は筆者、以下同)。

ではもしこれが、2022年に発売されたゲームだったらどうだろう。

発売日当日に、ツイッターには「チョウジジム完全攻略法」という図解が流れ、その1時間後にはYouTuberが「初見でジムリーダーまでたどり着けるのか」という配信をし、大手ゲームサイトが攻略情報をすべてまとめる。

多くの一般プレイヤーがそのジムにたどり着くころには、もうすでに、情報がすべて出回っているだろう。

わたし自身、最初は自力でやるだろうけど、2、3回失敗したら、「とりあえずググろ」ってなると思う。

いやだって、10秒でわかる攻略法を、10分以上かけて試行錯誤する意味なくない? 早くゲームクリアしたいじゃん?と。

「「とりあえずやってみて」とか「まずは自分で考えて」が、今の若者に響かない理由。」|Books&Apps - ティネクト

私が子どもの頃にも「ゲーム攻略本」はありましたが、そうした情報は今なら一瞬でSNSで共有される。「これが正解」が瞬時にSNSでシェアされていく世界。とても納得感のある話でした。

私はこのコラムを読んで、買い物も同じでは? と思いました。

好みはあるか、何が似合うのかなど、これまでショッピングは自分で正解を探すことや選ぶことが楽しいものだったはずです。

ところが、ゲームと同じように、どの商品を買えばいいのか、星付きのレビューとしてECサイトや比較サイトに掲載されています(信用できるレビューかは複数サイトを横断して検索してみればわかる)。

私の好みをいちばん知っているのは、Amazonのレコメンデーションエンジンなのかもしれません。それだけパーソナライゼーションの技術は進化しています。

つまり、ショッピングで「そもそも自分で探す・選ぶのは無駄なのでは?」と感じているユーザーが多くなってきているのではないでしょうか?

さらに言えば、がんばって自分で探したものが”買い物としては不正解”の可能性だってあると思います。「買って失敗することの後悔 >>>>> 自分で正解を探す・選ぶ楽しみ」というわけです。買い物で得られる満足の効用よりも、買って損したと後悔する苦痛のほうが大きい。

これは、行動経済学の「損失回避(Loss Aversion)」と似た現象だと思います(太字は筆者、以下同)。

問題5
あなたはコイン投げのギャンブルに誘われました。
裏が出たら、一〇〇ドル払います。
表が出たら、一五〇ドルもらえます。
このギャンブルは魅力的ですか? あなたはやりますか?

やるかやらないかを決めるにあたっては、一五〇ドルもらう心理的利得と一〇〇ドル払う心理的損失とを天秤にかけなければならない。どうだろう、あなたはやってみる気になっただろうか。払う可能性のある金額よりもらう可能性のある金額のほうが多いのだから、ギャンブルの期待値は明らかにプラスである。それでもあなたは大勢の人と同じように、きっとこのギャンブルが嫌いだろう。このギャンブルを断るのはシステム2だが、その決定的な要因となるのはシステム1による感情反応である。たいていの人にとって、一〇〇ドル損をする恐怖感は、一五〇ドル得をする期待感よりも強い。私たちはこうした例を多数調査した結果、「損失は利得より強く感じられる」と結論し、このような人々を「損失回避的」であると定義した。

ダニエル カーネマン著、村井 章子 訳「ファスト&スロー(下)」(早川書房)より

TikTok化 = 「探す」「選ぶ」必要がない買い物

ユーザーは動画も「そもそも自分で探す・選ぶのは無駄なのでは?」と感じているのかもしれません。

TikTokが「すごい!」と思うのは、何も「探す」「選ぶ」必要がないことです。YouTubeの関連動画のレコメンデーション精度も素晴らしいと思いますが、それ以上にTikTokは"どの動画を再生すべきか"を「探す」「選ぶ」必要がまったくありません。

アプリを開いたら動画の再生が始まり、あとは見たくない動画あればスワイプするだけ。嫌なら飛ばしていれば、いい感じで"正解"を出してくれる仕組みです。

TikTokの公式ブログが「どのようにTikTokがユーザーに動画をレコメンドするのか?」その仕組みについて解説していますが、ほぼすべてのユーザーインタラクションを解析して、オススメ動画を決めているようです。特に重要なのは次の一節です(日本語訳は筆者)。

A strong indicator of interest, such as whether a user finishes watching a longer video from beginning to end, would receive greater weight than a weak indicator, such as whether the video's viewer and creator are both in the same country. (ユーザーが長い動画を最初から最後まで最後まで視聴したかどうかなど、関心を示す強力な指標は、動画の視聴者と作成者が同じ国にいるかどうかなどの弱い指標よりも重要視されます)

つまり、「いいね」「フォローする」などユーザーが何のアクションをすることなく、どれだけ視聴したのかの完了率など"受動的な指標"を測るだけで、好みの動画をオススメできるというわけです。

実際に、YouTubeを見るときと比べると、TikTokは画面全体に動画が表示されるので、どの動画を再生するのかを「探す」「選ぶ」必要がそもそもない仕組みです。このインターフェイスは画期的だと私は思いました。

TikTokで興味を持ったらすぐに購入する"衝動買い"や"興味突破"は、まさに「選ぶ必要がない買い物」だと言えるのではないでしょうか。買い物がTikTok化する、とはまさにこのことです。

「ショッピングは探す・選ぶのが楽しい」という常識は、今でも当たり前のことでしょうか?

「ググる」ではなく「タグる」

ユーザーが能動的に「探す」「選ぶ」必要がないという意味では、Googleで検索する「ググる」よりもInstagramで「タグる」ほうが当たり前になった、という話はよくされています。

ハッシュタグ検索でもキーワードを使うが、得られる情報に広がりがある。通常、1つの投稿に複数のハッシュタグを付ける。10個以上のハッシュタグが付いていることも珍しくない。気になった投稿に付いているハッシュタグを見れば、聞いたこともない言葉が入っていることがある。

 例えば、「#ネイル」でネイルのデザインを見ているとする。かわいい写真が目に留まって投稿をタップし、複数付いていたハッシュタグから、初めて知った「#塗りかけネイル」というハッシュタグをタップすれば、塗りかけのようなデザインのネイルがずらりと表示される。このように、知らない言葉やそれに関する投稿との「出合い」が生まれやすい

「ググる」よりSNSを「タグる」、若者の新しい情報収集法|日経クロステック

「Z世代は検索しないらしい」という話は、たしかによく聞くようになりました。

当のGoogleの担当者でさえ、それを認める発言をしています。

グーグルの検索部門のプラバカ・ラグハヴァンは、「当社の調査では若者のほぼ40%が、レストランを探すときに、グーグルマップや検索を利用していない」と語った。彼らはその代わりに、TikTokやインスタグラムを利用しているのだという。

「検索をしない若者たち」に対処するグーグルの取り組み|Forbes JAPAN

こうした話を、先ほどの「"これが正解"があるなら早く教えてほしい」「選んで失敗するのは苦痛」というユーザー心理に重ね合わせて考えてみると、買い物に求めるものが変化するのも当然の成り行きです。

「正解があるなら、早く教えてよ」というのが"今どき”です。「TikTok売れ」のように、インフルエンサーの「これがオススメ」が答えならば、さっさと買えばいいというわけです。

「選ぶ必要がない」というショッピングのTikTok化が進むほど、逆に新しいハッシュタグとの出会いのほうが楽しいと思うのは自然な成り行きです。

メルカリ = 失敗のない"衝動買い"

"衝動買い"を心配する方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも買い物に失敗すれば「メルカリで売ればいいじゃん」で話は終わります。

先ほど「買って失敗することの後悔=損失回避」と書きましたが、自分で「探す」「選ぶ」ことを能動的にはしない"衝動買い"にだって後悔はつきものです。しかし「メルカリで売ればいい」と、それを取り返す方法が登場しているというわけです。

前回のnoteでもご紹介しましたが、「中古品がフリマアプリで売れる」のが前提となって新品で購入することの心理的なハードルが下がっていると指摘されています。

ある意味で、メルカリが「買い物の失敗」に対する保険のような役割として機能している、というわけです。

ショッピングは「トレンドに乗る楽しさ」に移る?

さらに、"ショッピングの楽しさ"は購入前の「探す・選ぶ」から、購入後に「みんなで楽しむ」に移っているのではないでしょうか?

TikTokはハッシュタグのトレンドを定期的に発表しています。普段からTikTokを見るユーザーでなければ、ほとんどのトレンドが「?」かもしれませんね。

「TikTok2022上半期トレンド」ノミネート30選発表|TikTok for Businessブログ

一つ言えるのは、ここには動画を「見る楽しさ」だけではなく、トレンドに「乗る楽しさ」が存在するということです。

「買い物がTikTok化する」といったときのユーザー行動の変化には、「購買前」だけではなく、「購買後」にもあるのではないかと思います。

つまり、「○○を買ってみた」のようにSNSで共有して盛り上がる、つまり買い物を通じてトレンドに「乗る楽しさ」が以前より増しているのではないか? ということです。

私が考える"これからのショッピング"の一つの形は、前回noteで書いた「ウェーブ型消費」です。

「ウェーブ型消費」とは、SNSでトレンドが可視化され発見しやすくなったことで、みんないっしょにSNSで盛り上がれることが付加価値となるユーザーの消費行動です。感情効率を求めるユーザーが増え、またトレンドサイクルを支えるビジネス環境が整ったことから、加速しつつあります。

「SNSは承認欲求」はマーケターの勘違い|note

つまり、ある程度の正解が見える「前(買うものを選ぶ)」ではなく、正解のない「後(買った後にSNSで共有する)」にショッピングの楽しさが移りつつあるのではないでしょうか。

まとめ:TikTok化する買い物

今回のnoteをまとめると、次のような要点になります。

  • 「TikTok売れ」の特徴は"衝動買い"や"興味突破"

  • 現在は「これが正解」が瞬時にSNSでシェアされていく世界

  • TikTok化 = 選ぶ必要がない買い物、「ググる」ではなく「タグる」

  • 買い物を通じてトレンドに「乗る楽しさ」が以前より増している

  • ショッピングの楽しさは「前(買うものを選ぶ)」ではなく、「後(買った後にSNSで共有する)」に移りつつある

「買い物が"TikTok化"しているのでは?」という私の素朴な疑問からスタートしたnoteでしたが、いかがでしたでしょうか? みなさんの"買い物の楽しさ"は、「前」と「後」のどちらにあると思いますか?

最後に。私は、ユーザーの行動からコンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を提供する会社を経営しています。

普段からデジタルマーケティングやCVR最適化の最新情報を追っていますが、今まで登場したマーケティングの概念やフレームワークでは説明しにくいことが多くなっているように思います。それを毎回、noteにまとめています。

もし興味があれば、これまで書いてきた過去のnoteを下に貼りますので、ぜひ読んでみてください。

引き続き、デジタルマーケティングに関する最新情報はTwitterなどで発信しておりますので、よろしければTwitterもご覧ください。

ここまでお読みいただき大変にありがとうございました!

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