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色なき風と月の雲 3


しゅわしゅわと音を立てながら推し色のそれは泡を立てている。


沈みかけのアイスクリームの周りはもこもこの泡が膨らみ、まるで雲海のよう。

ストローで混ぜるとカランと音がし、一気に口の中へ吸い込まれてくる。

推し色のそれ─クリームソーダ─はふわりと花のような香りがする。

オタ活で重宝しているこのカフェは、おしゃれな少しレトロな空間。騒がしすぎず落ち着く空間なので一人で考えたいときにもよく活用している。


忙しくて考えることを放棄していたが、よくよく考えてもおかしい。

あれから何度か喫煙所で遭遇していたアイドルの麗さんが連絡してほしいと耳元で自分の電話番号を囁いてきた。

─0X0-XXXX-0314

一度しか聞いていないのに覚えてしまっている自分の記憶力に毎回驚かされる。

それに加えて─下四桁が誕生日って可愛い─なんて考えてしまっている。


「ねぇ店長、どうしよう」

何度も通ううちに仲良くなった店長に聞いてみる。

「知らねぇよ」

「えー冷たっ」

わざとぶりっ子のように頬を膨らまして不貞腐れていると、

「ぶはっ、似合わねぇよそれ」

思いっきり笑われてしまった。

「ねぇ店長、私一応客なんだけど?」

「承知していますよ、お客様」

執事のような言い回しで、人懐こい笑顔を見せてくる。

業務中に話しかけた私が悪かったなと反省していると、突然ガラッと隣の席に人が来る音がした。


「休憩だから聞いてやるよ」

「店長いっけめーん」

さっきと違い、友達のように接してくれる。気を使わなくていいこの空間、最高すぎる。


個人情報は隠しつつ、店長にことの経緯を話した。


すると、
「連絡してみればいいじゃん。減るもんじゃないし」

と、とても簡単に言い切ってきた。

─えー、でもー

なんて言っていたら、

「電話だと気が引けるなら、ショートメッセージ送ってみれば」

なるほど、それなら良いか。

「それがあったか、店長ナイスアイデア!そうしてみるね!ありがとう」

クリームソーダを一気に流し込み、足早に家へ向かう。


周りに人がいると緊張するので、家に帰ってトライしてみることにした。


そんな紗楽を見送りながら店長は、
─あっぶねぇ結婚してなければ
落ちるところだった

なんて呟いている。



家についたのはいいものの、なんと送ればいいのか分からず文字を打っては消すを繰り返している。

─ 一旦お風呂にでも入ってリフレッシュするとしよう

湯船に浸かりながら頭の中でぐるぐる考えてみる。

─なんで私なんだろう?目的は何なのかな他の人にも教えてるのかな?好意として受け取るのは自惚れ過ぎかな

1時間近く考えていたのだろうか、体中が火照ってきた。

─やばいのぼせた

急いで身体を流し、パジャマを着る。コップ一杯の水を飲み、そのまま意識を手放し結局そのまま放置してしまった。


麗さんのことを知ったのは、イベントスタッフの仕事を始めてから。

アリーナ内のスタッフではないので主役とはほとんど顔を合わせることがない。しかし何かあったときのために顔や名前は覚えておかなければならない。


今までの現場では主役たちの熱愛報道やらやらかし等、報道によって会場内外の警備を増強したり、よりいっそう気を使って対応しなければならないときがあった。

そんな中、麗さんが所属するRuby-boyzはデビュー前の元カノ流出があったくらいで、とても平和だった。

麗さんに関しては、何も出てこなさすぎてゲイなのでは?と噂がされるくらいだ。別にゲイであろうとどんなセクシャリティであろうと、私の仕事には関係のないことだ。

そんな麗さんが私に興味を持つなんて、予想外すぎてびっくりした。


連絡先なんて今までの現場で誰にも聞かれたことも教えられたこともなかった。

喫煙者だとバラされたくないから?なんて、見当違いな答えしか出てこない。


今はRuby-boyzのツアー中なので、あの場所へ行けば嫌でも顔を合わせることになってしまう。

下っ端の私は、今日も雑用を押し付けられ重い足取りで向かった。

─やっぱりいた

あれから彼はこの時間帯に堂々とタバコをふかしている。他に人が来ないからってこんなに無防備で大丈夫なのだろうか。

「長与さん、やっぱり来た」

首からかけているネームプレートを見て、─長与さん─と呼ばれるようになった。


軽く会釈だけして黙々と作業をしていると、腕を掴まれた


「ねぇ、何で連絡くれないの?」

眉を下げ、困ったような顔をしている麗さんは子犬のようだった。

「ごめんなさい、忙しくて」

恥ずかしくて何と送ればいいのか分からなかった、なんて言えるわけがなかった。勘違いで自意識過剰なだけだったら恥ずかしいもん。

「─ん」

おもむろに手を差し出されて、頭の中にはハテナマークが浮かんだ。首を傾げていると

「スマホ出して」

言われるがままスマホを手渡すと、慣れた手付きで電源を入れる。そしてタタタッと何かを打ち込むと麗さんのポケットが震えた。

「僕の番号にかけておいたから。ちゃんと登録しておいてね」

そしていつものように、タバコと空缶を渡して去ってゆく。

それから麗さんは連絡をくれるようになっていた。

休憩中や勤務後に電源を入れると、毎回不在着信やショートメッセージが送られてきている。


内容は大したものでは無かったけれど、嬉しかった。

いつしかそれが毎回楽しみになっていた。





オリジナルのフィクション小説です。
題名は、「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。


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