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お母さんのはなし

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私N子の毒親体験を書いてます。 本当は親が死んでから書くつもりでしたが、これがなかなか死なないし自分は乳がんになるし、もう今書くしかないじゃないか!と思い立ちました。 幼少期から… もっと読む
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記事一覧

8.母のない子の飢えと嘔吐

8.母のない子の飢えと嘔吐

アルプス。
お母さんは故郷の山をそう呼んでいました。

といってもそれは信州ではないし、かといってスイスでもありません。

お母さんの郷里は宮崎県の山奥にあって、澄んだ川と茂った山にはふんだんに食べ物がありました。
学校に行く途中でスイバを食べたり、帰って来る道でうなぎを取って家で焼いて食べたり、ヤマモモの木に登って好きなだけたべたり、豊かな山で、そこで暮らし楽しむための知恵をいくらでも知っていま

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7.出産の医療事故で大出血

7.出産の医療事故で大出血

弟が生まれたという知らせと共に私が耳にしたのは、

『お母さんが死ぬかもしれない』

という話でした。

お産で何かが起こったのです。

お母さんが出産したのは隣の駅の大学病院でした。ニュータウン中の妊婦がみんな集まる病院です。

家族が病院に運ばれた人、不測の事態で手術を受けた人なんかは経験されていると思いますが、こういうとき家族は、病院の待合室のような場所に詰めることになります。
でも、ここに

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6.スイートホーム

6.スイートホーム

弟が妹が欲しいか?という質問の答えはNOでしたが、10歳の時、弟が生まれました。

私の意向云々の話はここでは大したことではないでしょう。
それよりも、ケンカばかりで不仲な両親が新たな子を授かった、ということに注目してテーマを選びましょう。

それは、『マイホーム購入』です。

1980年代の住宅事情以前お話ししたように、わが家は竹藪の中のスズメのお宿でした。これはお父さんの会社の社宅でした。社宅

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5.顔のアザ、こころのアザ

5.顔のアザ、こころのアザ

女の子なのに……「えぬちゃん、弟か妹、欲しい?」

と、お母さんに確認されたことがあります。

生まれてから10年間、私は一人っ子として両親の期待を一身に担っていました。
ピアノを習わせ音大を目指させるなど、お金のない家庭には分不相応な教育を受けていました。
両親は私の手に職を付けさせようと必死だったのです。手に職をつける場が音大なのか?というのははなはだ疑問ですが、九州の田舎から出てきた若い夫婦

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4.子どもと死

4.子どもと死

誰でも子ども時代に一度は、死について考えるものかもしれません。

植物状態、って言い方、ご存じでしょうか。

事故や病気などで大脳が正常に機能しなくなり、意識が無く寝たきりになっている状態のことです。

生きてはいるけれど自発的に動くことがないので、植物になぞらえてそう呼ぶのです。

なかなか怖い呼び方ですよね。

漫画『みどりの炎』の植物人間

少し脱線するのですが、漫画のお話しをさせてください

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3.死んだふりごっこ

3.死んだふりごっこ

奇妙な遊び大きくなるにつれ、「うちって変だったのでは?」と思う事って、ありますよね。
子どもの頃は自分の家が全てであり常識なので、その奇異さに全く気が付かないのです。
うちの場合の変なことは、お母さんの奇妙な遊び。

死んだふりごっこ。

それは何の予告もなく、気まぐれにはじまります。
お母さんと私が家で二人っきりのときに、お母さんが床に横たわり、ピクリとも動かないのです。
幼い私は心配し、おかあ

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2.赤い手袋と赤いきつねと赤いキムチ

2.赤い手袋と赤いきつねと赤いキムチ

雀のお宿私が10歳になる直前まで、お父さん、お母さん、私、の三人家族は、とある神社の参道沿いの竹やぶに取り囲まれた平屋を借りて住んでいました。
神社はなにやら由緒のあるところのようでしたが、七五三や年末年始の二年参りの時以外、しんとした人通りのない参道でした。
参道の左側は人の家が立ち並んでいましたが、右側は涼やかな竹藪になっており、その奥まったところを切り開いて何件かの家を建て、借家にしていまし

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1.世界で一番美しく、優しい人

1.世界で一番美しく、優しい人

最初の10年、私はお母さんがとても好きでした。
お母さんも私を大切に育ててくれました。

私はお母さんが23歳の時の子だったので、物心ついた時まだお母さんは20代の、若い人でした。
私は一人っ子で、お母さんは専業主婦。
洋服を縫ってくれたり、
遊びを工夫してくれたり、
かわいいお弁当をつくってくれたり、
枕元で絵本を読んでくれたり、
とても可愛がってくれました。

物心ついたとき、私たち一家は、東

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はしがき

はしがき

お母さんについて、書くことにしました。

私は49歳、女性。
今、乳がんを患っています。
中学一年生の娘を持つシングルマザーでもあります。

こんな時、頼れる母がいたら、どんなに良いでしょう。

入院中に娘を預かってもらって、
抗がん剤で体調が悪い時には家事を手伝ってもらえたら。

でも、私はお母さんに頼っていません。

そもそも、私はお母さんに乳がんのことを話していません。

それに関してちょっ

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