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なぎ
2024年6月3日 04:00
愛子愛子は、泣くことも笑うこともない赤ん坊だった。じっと天井を見て、自分の指を舐めている。ふやけたためか、歯が当たってしまったのか、指先はいつも赤くじゅくじゅくとただれていて、祖母は愛子のために小さなミトンを編んでいる。髪の毛は少ないというより所々はげているし、手足は折れそうに細く、風呂に連れて行かれるときにみかけた体はあばらが浮いていて、尻は真っ赤に腫れ上がっていた。花衣も大人しく
2024年6月2日 04:00
誓い黎明はまだだ。冷たい腐臭のする水の中で花衣は溺れた。助けを呼ぶこともできないまま、花衣は暗い水の底に沈んでいった。見上げる水面には、鏡の中の4人が花衣を見下ろしている。肉体を共有する存在の座敷牢の女、10代の無愛想な少年、3歳くらいの幼い女の子、そして、しわくちゃで目も鼻も口も分別できないような老人。いつも感じる恐怖感はなかった。このまま自分は死んで消えてしまえばいい。自分
2024年6月1日 04:03
秘密「おい」まだ梅雨があけきっていないが、少し晴れ間が見える午後、花衣は乱暴な声に呼び止められた。瀬尾とあの森に行こうと誘われていたのだ。はじめてふたりで森を訪れた数日後に梅雨入りして、滑りやすいため池のある森に行くことはできなかった。瀬尾の母親も東京から戻ってきたので、部活動が休みの日、何回か瀬尾家を訪ねた。小さな赤ん坊だった千佳は数ヶ月会わなかっただけなのに、背も伸びて抱か
2024年5月31日 04:04
夢の欠片なぜだろう。北向きの座敷は凍えるようだった。広さだけはあったが、座敷の真ん中にがっしりした格子が取り付けられて、すきま風が入ってくるような窓側しか使えない。窓の外にも格子があり、逃げることさえできない身の上だ。大好きだった着物も、かんざしも、今はない。乱れた髪を背に流して、身につけているのは薄紫の襦袢、それを映す粗末な鏡台だけが与えられている。日に三回、豪華な食事は与えら
2024年5月30日 04:04
森の中村の奥には、普段大人も近づかない森があった。常緑樹に深く隠され、夏でも涼しいその場所にはため池がある。村にはいくつかため池があったが、その場所は田畑から離れていて今は利用されておらず、草刈りなど整備がされていなかった。入り口もすでに雑草で覆われて、その奥にため池があることなど分からない。「面白い場所を見つけたんだ」そんな風に花衣を誘ったのは瀬尾だった。ゴールデンウィークの瀬
2024年5月29日 04:02
無邪気さに潜む影花衣は5年生になった。一番しつこく花衣をいじめていた2歳年上の男子が卒業すると、それまで先生の目から隠れてはいたが公然とあった花衣への無視がなくなる。村の中では相変わらず「よそ者の、変わり者の家の娘」という扱いではあったが、学校内では、「人気者の瀬尾と一番仲のいい」存在になっていたことも理由だろう。生徒数の少ない小学校では、5年生から児童会に参加する。今までは成績順だ
2024年5月28日 04:05
座敷牢夢のような春休みが始まった。週の半分は瀬尾の家に招かれて、花衣は応接室にある本を読んだり、自分の持っている本を瀬尾に貸したりして過ごした。自宅にいることが少なくなると、花衣の心は凪のように静かに落ち着く。叔父たちは、本の虫の花衣が外で遊んでいると誤解していて機嫌がいい。祖母だけが、「瀬尾の息子と遊ぶ」ということに不安を感じているようだ。村では浮いている家庭の娘が、村の一番影
2024年5月27日 04:09
瀬尾家「千佳ちゃん、おねえちゃんにこんにちは」瀬尾の母親は、赤ん坊の手を握って花衣に振ってみせる。瀬尾の家に遊びに来るようになってどのくらいになるだろう。初めて瀬尾の家を訪れたとき、家の奥から聞こえてくる、細い泣き声に驚いた花衣に、瀬尾は笑って見せた。「去年の秋に生まれたんだ。僕の妹」その言葉にまた花衣はびっくりしてしまう。いくら花衣が、自分のことを守るために村の噂を意識して遠
2024年5月26日 04:02
砂の城「葛木さん」いつまでも聞いていたい、けれど聞く度に心が痛くなる声に呼び止められて、花衣は胸の高鳴りを押さえながら振り向いた。紺色のセーターから白いシャツの襟を見せた服装の瀬尾が笑顔でいる。「冬休みの読書感想文、実行委員会に持っていくの手伝ってくれる?」「うん……」花衣の通う学校は、読書感想文に力を入れていて、1学期、夏休み、2学期、そして冬休みの宿題として読書感想文が出される
2024年5月25日 04:04
写真たての女「花衣ちゃん、ずいぶん娘らしくなったわね」着物の着付けをしながら、ふっくらとした顔に笑顔を浮かべて、葛木本家の女婦人は言った。葛木家400年祭があり、一族に花衣が紹介されたのが3歳のときだ。あれから7年間、花衣は正月や法事など、葛木家に「墓守の娘」として招かれる。「葛木直系の墓を守ってい筆頭分家」と言うのなら、まだ曾祖母は存命だし、血のつながりでいうなら花衣と一緒に葛木家の
2024年5月24日 04:08
鏡の中の覚醒「こっちにおいで」そんな声が密かに届いた。学校から自宅まで歩いて1時間ほどだ。行きは集団登校だが、帰りは自由で、図書館で本を読むのも飽きてしまった花衣は、校庭で走りまわりながら明るく笑い声をたてて遊ぶ子供たちを窓から見下ろした。本を読んだり、祖母から料理や編み物を習うことが好きな花衣に疎外感はない。むしろ、無理矢理連れ出されて、鬼ごっごやドッジボールに付き合うほうが苦痛
2024年5月23日 04:28
揺れる思い小学生になって変わったのは、子供たちのいじめが減っただけではなかった。花衣にねちねちと絡むように暴言を吐いていた上の叔父は、仕事で当直を任されることが増え、会社の敷地内にある寮に引っ越したのだ。また、酒を飲む度に花衣の体が引きちぎれそうなほど折檻を繰り返していた下の叔父は、会社をやめて、漁師になってしまった。気性の激しい暴力的な下の叔父だが、百戦錬磨の海の男たちにもまれたせい
2024年5月22日 17:43
暗い森の少女をじみーに連載中。これからどんどんキツくなるし、本当にセンシティブな表現が増えてくるので、書いておいてなんだが、向いてないひとは読まれなくていいと思う。私は、10代のころはイラストを描いてきて、キャラクターを生み出す時はまずイラストを描いて、そこから肉付けをしていく感じでやっていた。今は、自分でイラストを描けないが、画像生成アプリがあるので、それを使っている。これはかな
2024年5月22日 04:29
小公女小学校生活は、不思議なほど穏やかに進んでいった。田んぼの真ん中にぽつんとある校舎は木造で、花衣が3年生になるときに建て替えられるまで、あちこちで雨漏りをしたり、大柄な子供が歩くと床を踏み抜いたりするような古い建物だった。「強く、正しく、温かく」正門の前に学校のスローガンを彫った石がある。全校生徒、90人に満たない学校で、教師がひとりひとりの生徒に目が配れたし、授業も丁寧に行わ