見出し画像

ふしん道楽 vol.19 漫画の間取り

漫画やアニメに登場するキャラクターの家、というのがたまにテレビや雑誌で取り上げられている。
一番よく見かけるのがサザエさんでおなじみの磯野家であるが、あるサイトの計算によれば世田谷区桜新町で5DKの間取りから推定する建物の床面積は約115平米、34坪で敷地面積は220平米、66坪。
最寄りである桜新町駅からは徒歩圏内、坪単価はおおよそ234万円。
木造平家建ての家屋は築年数20年以上で資産価値はないのだが、それでも土地だけで2億6910万円ということだった。
そうか、波平そんなに稼いどったんか。
というような気持ちになるが、そもそも漫画が描かれたころとは物価も地価も何もかもが違うので、現在の価格に換算すること自体に意味はなく、皆が本当に知りたかったのは正確な家の構造と、建ぺい率など敷地のリアルな状態だったのではないかと思う。

そもそもアニメの背景などを見ただけでは、家の間取りがどうなっているのかいまいちよく分からない。
キャラクターの後ろに見える窓や壁は割と適当に描いていたりすることも多いからだ。
いや、今思うままに書いてしまったけど、実際ほかの制作現場がどうなっているのかは知らない。
それこそまちまちで、非常に細かく設定してきっちり描いているところもあるだろう。
そして何を隠そう適当に描いているのはほかならぬこの私だ。

今でも十分適当な性格なのだが20代のころはさらにいい加減で、全ての連載漫画の家の間取りを一つも設定していなかった。
子どものころは間取りが大好きだったのにおかしな話だが、ストーリーを考えることで頭がいっぱいだったせいかキャラクターの住んでいる家にまで神経が行き届かなかった。
とあるファッション誌で連載していた漫画が特にひどく、毎回違う家なのかな?と思うほど背景がめちゃくちゃで、居間の四方がふすまという謎すぎる部屋のどのふすまを開けても階段が見えていたり、階段が見える割には2階というものが一切出てこなかったりした。
時空が歪んでいるとしか説明がつかない。

ある時、そんな異空間漫画が単行本にまとまることになった。
と同時に担当編集者が家の間取り図をつくって付録にすると言い出した。
おそらく前々から家の間取りがめちゃくちゃであることに業を煮やしていたのだろう。
これを機会にいかに自分が何も考えずに背景を描いているか反省するが良い、ということだったのかもしれない。
とはいえ常々、自分でも描きながら混乱していたので「やります!」と、なぜかやる気満々に答えてしまった。
毎回、謎空間に首を傾げながら描くことに疲れていたのかもしれない。

アシスタントさんたちと額を寄せ合い、このドアはどこに続いているのか?など数々の謎を検証し、同じ場所を描いていると思われる背景のなかで出現回数が多いものを採用し、ほかは修正することになった。
たとえば玄関は、開き戸だったり引き戸だったりしていたのを引き戸で統一と決める。
しかしそうなると開き戸として描いているシーンが5か所あり、そのコマはすべて描き直しとなる。
今と違ってアナログなので原稿用紙を切ってそのコマだけ抜き取り、ほかの紙を当てて描き直すのは骨の折れる作業だった。
もちろん間取りの齟齬はそれだけではない。
すべての辻褄を合わせると新たに原稿料をくれ!というほどの仕事量が発生した。
その作業があまりに過酷だったため非常に反省して、それ以来、連載開始時には必ず主要キャラクターの住む家の間取りを決め、職場や家の周辺写真も用意してから始めるようになった。

ところで今、私が連載している漫画のキャラクターが不倫の揚げ句に同棲を開始した。
その不倫カップルの男性は、妻である主人公と武蔵小杉駅から徒歩圏内の中古マンションに住んでいるという設定だったので、連載開始時にはイメージに合うマンションに住む知人夫妻に協力をお願いして室内を大量に撮影させてもらっていた。
事前の準備はぬかりなし。
ただ、ここにきて新たなる間取りの必要が生じてしまった。
不倫をするというストーリーは最初から決まっていたが、まさか同棲をするとは思わなかったので不倫カップル用の新居の間取りや写真素材の用意はない。
漫画のなかのキャラクターとはいえ、厄介なことをしてくれたものである。家中をくまなく撮影させてくれそうな夫婦を探して日程調整をし、ロケハンに行くのは時間的に難しい。

こういった場合、架空の部屋をつくることになる。
まずキャラクターの年収や勤務地から場所を決めた。
今回は雑司が谷にした。
一回も行ったことのない場所だとキャラクターも動かしにくいので、ロケハンに行けない場合は知っている場所から選ぶ。
ざっくりとではあるが雰囲気が分かっているからだ。
最寄り駅が決まったら実際の不動産情報などを検索していくつか候補を絞る。
慰謝料を支払いながらとはいえ、起業してそこそこ稼ぐ男性と30代薬剤師のカップルのため、頑張ればそれなりの家賃を払える。
二人とも倹約するタイプだが恋愛の盛り上がりがピークのタイミング。
無理して良い物件に住んでしまうかもしれない。

2LDKでアイランドキッチン。
リビングは二面に窓がある角部屋。
条件検索でヒットしたなかから室内の写真が多い物件を三つほど選ぶ。
今は360度カメラで室内を見れるサイトも多いし、動画での紹介もあるので大変助かるが、それをそのまま描いてしまうと画像の無断使用ということで問題になる。
どれもそのままにならないようにディテールや窓の位置、写真の角度自体も変える。
ドアや壁材、床材なども変更。
部屋やパーツごとに素材を集め三つの家をミックスした別の家を錬成するのである。
ここから家具や照明などをプラスしていき何とかそれらしい背景に仕上げていくのだが、今回は引っ越したばかり、というシーンだったために家財道具がそんなになくて助かった。
そう、実際にロケハンに行くことができないときには、こうしていくつもの不動産情報と手持ちの室内写真などを組み合わせて設定をつくるのだ。

我ながらこんなに手の込んだことをするとは驚きだ。
謎すぎる異空間間取りの漫画を描いていたころを思うと隔世の感がある。と、ぼんやり思ったところで気が付いたのだが三つの家を混ぜることに夢中だったせいか間取りがまったく分からない。
最新技術を駆使してまたしても異空間漫画を描いてしまった。
助けて。

初出:「I'm home.」No.119(2022年7月15日発行)

ライフスタイル誌「I'm home.」に掲載された、インテリアにまつわる安野モヨコのエッセイ『ふしん道楽 』のバックナンバーをnoteで順次無料で公開しています!
『ふしん道楽』は「I'm home.」で現在連載中です。原稿は、掲載当時の内容となります。

これまでにnoteに掲載したバックナンバーは、下記からお読みいただけます!記事に関する感想はコメント欄からお気軽にどうぞ。(スタッフ)

安野モヨコのエッセイやインタビューをさらに読みたい方は「ロンパースルーム DX」もご覧ください。(スタッフ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?