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ふしん道楽 vol.14 蛇口

ドアノブや蛇口などは総じてアンティーク調のものが好きで、カタログの中でいくつか選択肢がある場合は決まって昔風のデザインを選んでいた。

材質も真鍮だったりするとよりヨーロッパ感が出て良いと思っていた。
自分も完全にそうなんだけど、どうしてこう私くらいの年齢の女性っていうのはロココ調のクリクリしたモチーフや「アンティーク」「フレンチ」テーストに弱い人が多いのだろうか。

子供のころにフランス人形が家にあったり、レースのテーブルクロスや電話カバーなど「日本人の考えたフランスっぽいインテリア」に囲まれて育ちながらも、ずっと”何かこれじゃない感”を抱き続けて大人になり、ロココ調の家具を見つけた瞬間「これだ!自分が求めていたのはこれだったんだ!」となってしまうのかもしれない。

私も子供のころからよくそのようなクリクリした装飾の猫脚バスタブやら、想像上の美しい洗面所の絵を飽きもせずチラシの裏に描いていた。
その蛇口の上には青いクリスタルと赤いクリスタルが付いていた。
お湯とお水の区別がつくようになってるところが親切設計である。
本当に高級な洗面所を見たことがないので、自分の家の洗面所をアップグレードするしかなかったのだ。

昭和という時代的にも、日本全体でのフランスに対しての憧れが強かったことが根底にある気がするが、私個人で言うと完全に「ベルばら」の読みすぎが原因だと思う。

代官山 蔦屋書店の駐車場で定期的に開催されている蚤の市などをのぞきに行くと、私のような年齢層のアンティーク好き女性が大量にうろついている。
皆さん少女のようなお顔で小さなボタンやらリボン、花柄の食器などを手に取っている。
私もその中に交じって使い道のないフックやドアノブや蛇口などを手に取るが、そっと元の場所に戻す。
かつては買っていたのだが今はじっと我慢している。

蝶番やフックなどはアンティークやデッドストックのものの方が見た目は良いのだが、実際にいくつか使ってきてみて、メンテナンス性や耐久性などの面で若干不安があることに気が付いたからだ。

雰囲気重視の店舗など、商業施設ならそれもありだと思うけれど、日々暮らす個人宅の場合はその人の優先順位による。

もちろん個人宅でもこだわり抜いてすべて骨董で、その代わりメンテもしっかりやるという方もいるだろう。
単純に私はメンテナンスを忘れてしまうし覚悟が足りないので、あるときを境に利便性の方をとって現行品を買うと決めてしまっただけの話である。

日本のメーカーのものといえば、流線型でステンレスの蛇口ばかりだったが、最近は様子が変わってきた。
ブルックリンスタイルの影響なのか真鍮や黒い色の昔っぽい蛇口もいろいろ出始めていて、それがとてもカッコ良い。
なかには壁に取り付けるタイプなどもある。

壁から横向きに出ている蛇口は憧れだったので、少し前に洗面所をリフォームした際それを使いたいとオーダーしてみた。

薄いグレーのタイルに合わせて黒いものを選んだまでは良かったが、ここで問題発生である。

洗面所の鏡は真丸の大きなものにしたので、壁から出ているタイプの蛇口とは位置がバッティングしてしまう。
鏡に穴を開けることも考えたが、腐食などが心配だったので鏡を小さくして再度レイアウトしてみた。

しかし、そうすると今度は壁の広さとのバランスがおかしい。
仕方ないので鏡は四角にして洗面ボウルとの間にスペースをしっかりとって、そこに壁付けの蛇口を設置するようにした。

しかし、ここでまたもや問題発生。
夫も私もだが、年齢と共に常用する薬やらサプリメントなどが増えてきて、鏡が蓋になってる収納が必須になってきた。
それがないと洗面台の上がごちゃごちゃになってしまうのだ。
カウンター下に引き出しもついているけれど、化粧品や衛生用品のストックなどで割と埋まっている。

丸い鏡にしたいからと諦めていたのだが四角にするならば収納が欲しいとなって事態は暗転したのである。

収納付きの鏡は当然ながら手前に15センチほど厚みが出る。
壁に埋め込めれば良いのだが後付けなので仕方ない。
15センチほど張り出している鏡の下に壁から出る蛇口をつけるとどうなるか。

顔を洗おうとして屈むとちょうど頭がぶつかる。
ぶつからないまでも、毎回ちょっと気を付けて頭が擦れないように首を引っ込めつつ顔を洗う、みたいな状態になってしまう。
毎日そんな首の調整をしながら顔を洗うのは嫌だ。
収納を取るか、壁から出ている蛇口のおしゃれさを取るか。

30代、いや40代の自分でも、こう言う場合収納を捨ててきた。
ものを買わなきゃ良いだけの話。見た目重視!

しかしである。
50代に入ってこれから先のことも考えるようになった。
見た目も大切だけど、日々の暮らしのストレスはなるべく減らしていきたい。
年齢に比例して体の不具合はどうしても増えていく。
負担を減らして、背負ってるリュックの総重量は結果同じくらいになるように調整しようと思っているので、ここは思い切って収納鏡を取り、壁付け蛇口を諦めたのである。

これは自分にとっては割と大きな決断で、そして初めてのことだった。
初めてインテリアにおいて利便性を優先したのだ。
壁付け収納鏡と洗面ボウルから生えてるタイプの蛇口。
色が黒だという以外は最初のイメージとかなり変わってしまったが、そのときの選択肢の中で一番納得のいくものを選んで組み合わせたので良しとした。

自分でも驚いたがイメージはイメージとして、その場に合わせてスタイルを変えていくのも一つのやり方だと思うようになった。

何年か前にパリの超高級ホテルに泊まった。
張り込んでかなり良いお部屋をとったので、私は夢見心地でまず一番気になる洗面所に向かった。
そこの蛇口は子供の頃夢に見ていた金色で装飾的なデザイン、蛇口の取っ手部分には宝石のようにカットしたクリスタルが付いている。
なんとお湯には赤、お水には青の色で。
それはまさに小学生の自分が何度も絵に描いていた宝石付きの蛇口そのもので、あまりに似ていたので思わず叫び声を上げてしまった。
涙が止まらず、夫にはこのようなお部屋に泊まらせてくれてありがとう、とお礼を言った。

私は一度、夢の蛇口に遭遇しており、そしてそれが似合う洗面所というのを見た。
夢の蛇口はこの世に存在するという事実に満足して、自分の洗面所は使いやすさを優先できるようになったのかもしれない。

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初出:「I'm home.」No.114(2021年9月16日発行)

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