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ふしん道楽 vol.15 キッチン

ニンニクをスライスするとき、決まっていつも思い出すのが、映画「グッドフェローズ」でマフィア達が刑務所内で料理をするシーンだ。

投獄されてもお金の力で自由が効く彼らは、極上の肉やワインを運び込ませてせっせとコース料理をつくったりしているのだが、下ごしらえ担当のポーリー(法廷侮辱罪)がカミソリの刃を使って薄く薄くニンニクをスライスするので、火にかけると油に溶けて消えて無くなる、という描写がある。
ニンニクをみじん切りにする前段階のスライスしているときに思い出しては、次はやってみようと思うのだが、あそこまで薄くは切れない。

それとキッチンと何の関係があるのかというと、ニンニクを刻んだりネギを刻んだりするときに非常に重要なのがキッチンの高さだからだ。

キッチンのワークトップの高さは身長を2で割った数字に5センチ足した数字がベストと言われているそうだが、そういった関係なのか現代のシステムキッチンは大体85センチだ。だいぶ高くなったものだと思う。
実家の団地の台所は(昔の公団のキッチンは台所という表記がふさわしい)、正確に測ったことはないが体感だと70センチくらいだったように思う。

私は小学校6年生から中学校1年生の間の一年で急に背が13センチばかり伸びたものだから、そこでの作業が急にやりづらくなったのを覚えている。
突然視界が変わっても自分の身体感覚は前のままだったので、よくそこらじゅうに手足をぶつけていたが、とりわけ台所が小さくて困った。

洗い物をしても何かを切ったりしても、とにかくかなり背中を丸めていたし、その状態からしんどくなって首を持ち上げたりすると上の造り付け棚に頭をぶつけたりしていた。

そんなことをよく覚えているせいか、リフォームするときも一から注文するときもとにかくキッチンを高くしたくてしようがない。
大体今までのキッチンは全て90センチにしている。
私の身長が168センチなので(なぜか年を取ってから1センチ伸びた)、先程の計算式によれば89センチがちょうど良いことになるけどキリも良いから90センチでいい。

それくらいだとまず真っ直ぐ立ったままで作業ができるし、前傾姿勢にならずに済むので腰が痛くなることがない。

ここまで書いて思うのだが、キッチンに対する思い入れとか、こうしたいという基準が私は高さだけで、あとは特にないような気がする。
どうしよう。もう少し頑張って考えてみる。

シンクの位置にも大してこだわりがないし。
あ、しかしそのせいで真ん中のシンクになって困ったことがあった。

真ん中にシンクのあるキッチンは左右に付いた引き出しのスペースが十分にとれず細くなってしまうことがある。
シンク部分の下が収納になったりするけれど、そこはお鍋とか背の高い調味料の場所だ。

キッチンの1番上の引き出しはキッチンツールオールスターズの場所なのだが、その引き出しが狭いとどうなるか。

30センチ前後の幅の引き出しにオタマやらフライ返しなどを入れるので、当然ガチャつく。
うちはアイランド型キッチンなので、壁にかけたりマグネットにくっつける収納は使えないし、基本的に道具をしまっておきたいタイプなので全部引き出しに入れたいのだが、そうすると小さな引き出しがごっちゃごちゃになる。

奇麗に整頓したとて、2、3日経てばすぐにカオスである。

シンクを左右のどちらかに寄せて、1番上の引きだしの幅を反対側のスペースいっぱいに取って広々させ、ツールを重ねることなくひとつひとつ並べたい。
そうすると随分使いやすいような気がするのだが、なんで今まで考えなかったのだろう。アホなのか。

アホなのは全く否定しないが、はっきりとした理由が一つ思い当たる。それは、大して料理をしないから。

子供のいるお家やお料理好きのお家は毎日毎日、下手すると三食作っていたりするが、うちは夫婦二人で職業柄、帰宅時間もまちまちなため料理をするのは週末だけで、あとは朝の味噌汁と納豆ぐらい。
それに寝かせ玄米と海苔と糠漬けで完成。
これは料理をするといってもそこまで速さとか手際を必要としないメニューだから、「この引き出しがもっとこうなら」、「ここにこんな棚があれば」というような希望が発生しないのである。

あるとしたら、ひたすら広さと収納量だろうか。

狭いキッチンというのは体の大きな者にとっては結構危ないものだ。
鎌倉の家は古い家をリノベージョンした関係で、キッチンをここにしかつくれない、という縛りがあった。
それは結構狭くて横も奥行きもギリギリの幅だったのだが、そのときの私の希望の一つが「土鍋などが入る奥行きのある引き出し」だった。

窓側の壁にくっつけてある昔ながらのキッチンには、シンクとガスコンロが入っていた。
食洗機も備え付けてもらったら引き出しのスペースがほとんどとれない。

リビングに面した側の壁に一面の収納をつけてもらったのだが、それに希望の奥行きを出すと、その引き出しを開けてお鍋を出そうとかがんだとき、お尻がシンク側のカウンターにボーンとぶつかる。
ちょっと触る、とかじゃなくて「激突!」という感じ(今回映画ネタ特集なのか)。

それは危ない。ついうっかりまな板の上に包丁を置いたままお鍋を出そうなんてしようものなら、大惨事になりかねない。

ドイツ人の建築家が頭をひねって出した解決策は、窓側の壁を30センチくらい迫り出してスペースを確保するというものだった。

最初話を聞いた時は家の壁を破壊してしまうという大胆な方法に驚いたが、結局それで万事うまく収まった。
引き出しを開け閉めするときにどこにも体をぶつけないで済むし、かがんだときに体を斜めにしなくても大丈夫だった。

おかげで狭いながらも逆に快適なキッチンが誕生した。
ギリギリすぎてちょっと無理な状態だったのを少し拡大したために、かえってジャストサイズになったのだ。

それはそれとして今の私は、とにかく大きなワークトップと広いスペースのあるキッチンスタジオのようなキッチンに憧れているのだが、そういったものをつくる予定はこの先しばらくないのである。

そして思い出すのは歳を重ねた義母がまだ自宅で台所を使っていたころ、楽な姿勢で作業したいとキャスター付きの椅子に座って洗い物などをしていたことだ。
しかしながらそれだと明らかにキッチンが高く、使いにくそうだった。

あれを思うとこの先に作るキッチンはもしかしたら70センチくらいがちょうど良いのかもしれない。
また高さのことしか考えてない。

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初出:「I'm home.」No.115(2021年11月16日発行)

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