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アメリカン・ミュージック・ヒストリー第4章(1930年代後半~40年代中頃まで・・・その5)


(5)シャンソン・タンゴの黄金時代

    
 この時代のアメリカ音楽から少し離れ、ヨーロッパに目を向けてみると、ヨーロッパ3大大衆音楽(カンツォーネ、ファド、シャンソン)の中でも、1930年代後半、エディット・ピアフの再デビューによりフランスの伝統的シャンソンと最先端のスウィング・ジャズのノリを取り入れたシャルル・トレネの登場により戦前シャンソンの黄金時代を迎え、そして1940年代に入るとその影響を受けた若きイヴ・モンタンも登場し戦後シャンソンブームへと続いていきます。同じく1940年代に入ると第2次世界大戦の食糧輸出国として好景気となったアルゼンチンでタンゴは、第二の最盛期、俗に言う「黄金の40年代」を迎え、古参の楽団に加え、新進気鋭のファン・ダリエンソ、カルロス・ディサルリ等が登場し、個性的な編曲で人気を博したようです。一般的な年配のタンゴ・ファンが最も好んで聴いたり、踊ったりしているのは、この時代の楽団演奏や歌手のもので、タンゴが一番幸せだった時代とも呼ばれているようです。

(6)日本の流行歌(1938年~終戦まで)

 
 昭和3年頃より本格的にレコード会社が設立され、さまざまな日本の流行歌が生まれていきましたが、時系列で聴いていくと日本人は、既にこの頃からアメリカは基より、流行した世界中の大衆音楽を日本語でカバーしたり、日本風にアレンジして取り込んできたことに驚かされます。前の時代でも取り上げた、歌手のディック・ミネや中野忠晴、そして作曲家の服部良一による日本風ジャズソングブーム。そしてこの時代、次なる仕掛けは1937年、淡谷のり子の別れのブルース(まあ、アメリカのブルースとはだいぶ違いますが)、雨のブルース、熱海ブルース、ディック・ミネの上海ブルースとブルースブームに成功します。

 そして、お次は前の章で紹介した世界的なシャンソンブームに便乗したシャンソン路線の、岡晴夫の港シャンソンを流行させました。

 とは言え、この時代の日本は、いよいよ戦争の足音が近づいてきて太平洋戦争に突入してしまうので、アメリカのような華やかで明るい曲は徐々に少なくなっていき、戦争や兵隊にかかわる歌、ふるさとを思う歌、それと股旅物が目につきます。
 名月赤城山、大利根月夜、人生劇場、麦と兵隊、戦友の唄、暁に祈る、或る雨の午后、旅姿三人男、勘太郎月夜唄、湯島の白梅、霧島昇の「旅の夜風、誰か故郷を想わざる、蘇州夜曲、目ン無い千鳥」比較的明るいところでは、灰田勝彦の「燦めく星座、新雪、鈴懸の径、ジャワのマンゴ売り」あたりでしょうか。今まであげた歌手以外にこの時期、特に活躍が目立った歌手は、相変わらずの東海林太郎、中野忠晴、それに上原敏、伊藤久男、田端義夫、小畑実、渡辺はま子、二葉あき子、高峰三枝子等でした。

*おまけ・・・若きビリー・ホリディ黄金時代

 話しが突然変わり申し訳ありませんが、この時代のその1で、「ビリー・ホリディも頭角を現してきました」と、サクッと触れて初期ビリー・ホリデイの代名詞とも言える「奇妙な果実」を紹介しましたが、最近になって(特にオールドジャズファンの方には、今更でお恥ずかしいのですが)1939年の「奇妙な果実」発表前後のビリー・ホリデイを聴く機会があり、ずっぽし嵌ってしまったので、おまけとして紹介したいと思います。

 今までビリー・ホリディと言えば、奇妙な果実や晩年の鬼気迫るヴォーカルの重く、憂鬱なアルバムを買い聴いていましたが、1930年代中頃から40年代初めのビリーの20歳代のコロンビア録音が、こんなに素晴らしいとは知りませんでした。

 大雑把に整理するとビリー・ホリデイは、20歳代のコロンビア録音(調べたところ、奇妙な果実は、黒人リンチを扱ったものなので大手のコロンビアでは録音を拒否され、唯一コモドアから発売したらしいですね)、30歳代後半までのデッカ録音、そしてその後は、44歳(1959年)のラストレコーディングまでのヴァーヴ録音に分けられます。

 今までは、あまりわからずに聴いていたので、確認したところ家にあるビリー・ホリディは、紹介したコモドアとヴァーヴ、デッカ録音のみだったのでコロンビア録音の若く、溌溂とスウィングするビリーの歌声は勿論のこと、一緒に組んだテディ・ウイルソン(ピアノ)、ベニー・グッドマン(クラリネット)、レスター・ヤング(テナー・サックス)、バック・クレイトン(トランペット)等の演奏にも、すっかり心奪われてしまいました。この時代をビリーの黄金時代、絶頂期とするファンが多いのも大納得なので追加で紹介させていただきました。


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越路吹雪もこの人には、絶対敵わないと言っていたようですね

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ベタですが、この人の「枯葉」良いです

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シャルル・トレネ以降のオムニバス

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ファン・ダリエンソオーケストラが華やかです

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タンゴ版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、グラミー賞受賞

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日本でもブルース、シャンソンブーム

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戦争の足音が流行歌にも色濃く反映されてきます

1935年~40年までの初期傑作編集アルバム。これを聴かずしてジャズヴォーカルは語れない・・・とにかく最高!

上記初期ビリー・ホリディを聴いて、テディ・ウイルソン楽団の錚々たるメンバーとの共演が素晴らしいので、深堀りのため10枚組を入手してしまいました

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