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子どもは見ているぞ

先日、4歳の息子に言われました。

「お母さん、お父さんと仲良しになったんだね」

(笑)

2回も言われました(笑)

子どもはよーーーーーーーーーく見ています。

気を付けよう、と思わされましたね。

ことの発端

そもそも、なぜ息子がそのように感じたのか。

身に覚えがありすぎる母です(汗)


去年の7月に、私は全身麻酔の手術を受けました。

第3子を妊娠したのですが、「部分胞状奇胎」と診断され、手術になりました。

部分胞状奇胎のせいか、「つわり」だけでは済まず、、、
かなーーーーり具合が悪かったです。

とにかく体がしんどいとしか言えない、言葉では言い表せない辛さに襲われていました。

手術の1週間前からは動くこともできずに、1日中寝たきりの状態。
仕事もお休みさせていただいていました。

もちろん、つわりの症状もあるので、食べられない、飲めない、でも空腹はもっと気持ち悪い。

私は動けないので、夫が家のことやら、子どものこともしないといけない状態です。

申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

最初は「任せて!」と張り切っていた夫ですが、だんだんとやる気がなくなり、溜め息をつきながら家事をこなすように。

泣きたくなりました。

夫の子でもある子どもがお腹にいて、異常が見つかってしんどい思いをしているのに、怠けたくて寝ているわけでもないのに、溜め息って。

具合が悪いと『怒り』の感情って湧かないんですね。
『怒り』は体力を使うようです(笑)

とにかく悲しかったです。
産めないってだけで悲しいのに。。。。

手術まで悲しみに耐えながら過ごしました。


手術当日。

全身麻酔での手術なので、朝から絶食です。

つわりで、空腹でも気持ち悪くなるので、かなり不安でしたが、なんとか大丈夫でした。

夫に8時半に病院に送ってもらい、16時くらいに迎えに来てもらうようにお願いしました。

「手術が終わったら、食べられるようになるかもしれない」

と思い、迎えに来るときに『とろけるプリン』と『紅茶』を買ってきてほしい、とお願いしました。

手術は13時から30分ほどで終わり、16時まで安静にして、帰宅になりました。

迎えに来てくれた車に乗り、「プリンと紅茶は買ってきてくれた?」と聞くと、コンビニの袋を手渡してくれました。

久々の甘い物♡

と袋を開けて見ると、『昔ながらのプリン』と『フルーツティー』が入っていました。

チーン。。。。

我が家では『紅茶』と言えば『ミルクティー』なんです。
娘がミルクティー好きで、『紅茶』=『ミルクティー』なんですね。

甘いミルクティーが飲めると思っていた私はガックリ。
ミルクティーってちゃんと言うべきだった。

でも!

『昔ながらのプリン』て。。。。

口に入れるととろける『とろけるプリン』が大好物なのに、固めの『昔ながらのプリン』を買ってきてくれた夫です。

私「とろけるプリンは?」
夫「なかったんだよー」

探して???

めっちゃ久しぶりに物を食べれる嫁が食べたいものじゃん。
何店舗か周って探してくれてもよくない??

またもや悲しみに暮れる私です。
食べましたけどね。

『昔ながらのプリン』もそりゃ美味しいですよ。


帰宅すると、16時半すぎ。
私を送り届けると、夫はすぐに子どもたちを迎えに行きました。

子どもたちと一緒に帰ってくると、すぐにお風呂へ。

私は、まだ麻酔が完全に切れていないようで、立ち上がるとフラフラ。
でもお腹が空いて、気持ち悪くなってきたので、何か食べたい。

ゆっくり立ち上がり、キッチンへ行きました。
何か食べれそうなものはないかと見渡しましたがないので、ちょっとだけご飯をよそい、ふりかけをかけて食べました。

子どもたちと夫がお風呂から上がってきて、食卓にご飯が並びます。

お肉!ドーン!!!

まじかー。
食べたいけど、今のコンディションで食べれる自信がない。。。。

お味噌汁だけ少し飲んで、子どもたちが食べてる横で寝ていました。


しばらくすると、お腹が痛くなってきました。

なんの痛みだろう?

丸まりながら耐えていましたが、どうやらお腹を下している気が。。。

長くなると悪いので、2階のトイレへ行きました。

トイレに座ると、頭がクラクラして、視界がグルグル回り、だんだん目の前が真っ白に。

全身から血の気が引くの感じ、トイレに座りながら、船をこぐようにフラフラ、フラフラ。

そして、たぶん気を失いました。

おでこに激痛が走り、ドーンという音で目を覚まします。

トイレに座っている状態で、頭から倒れこみ、おでこを強打した模様。
ついでに鼻も打ったのか、鼻の下もヒリヒリ。

気付いたときには、トイレの床に倒れていました。

(ドーンという大きな音で、夫と子どもたちが来るかもしれない!!)

急いでパンツとズボンを履きました(笑)

起き上がれる気がしなかったので、トイレのドアを開け、廊下に身を投げ出します。

誰も来ません。

しばらく寝ていたら動けるだろうと、そのまま廊下で寝ていたのですが、しばらくたっても動ける気がしませんでした。

さすがに、子どもたちが寝る時間まで2時間近く、このまま廊下で寝てるのもなぁ、と思った私は、手で床をドンドン叩いてみました。

誰も来ません。

なんで???

しばらくドンドン叩いていると、やっと夫が来ました。

そして、廊下で倒れている私を見つけて大慌て。

鼻の下とおでこが痛い、と伝えると「血が出てる!」と言って、絆創膏を持ってきてくれました。

「もう寝る」と伝え、寝室へ行くのを手伝ってくれるようにお願いすると、

なんということでしょう。

お姫様抱っこをしようとするではありませんか。

ちなみに私の方が少し背が高いし、体重も私の方があります。

完全にむりげー。

丁重にお断りして、肩を貸してもらい、無事に寝室へ行くことができました。


次の日になると、もうだいぶ回復していて、普通に動けるようになっていました。

ご飯も少しですが、食べられるようになっていましたが、食べるとお腹をくだします。

久々の消化活動は、負担がかかるようです。

金曜日に手術して、月曜日から仕事。
そんなもんです。

だんだんと普通に暮らせるようになってくると『怒り』が沸々と。。。。

①私が具合悪くて寝ているときに、溜め息をつきながら家のことをしていたこと。
②私の気持ちを汲み取ってくれなかったこと。
③『とろけるプリン』を探してくれなかったこと。
④『ミルクティー』が飲みたかったこと。
⑤朝から何も食べていないのに、何も用意してくれていなかったこと。
⑥病み上がりで、お肉ドーンだったこと。
⑦せめて、おかゆとかが食べたかったこと。
⑧手術後、帰宅してからガン無視だったこと。
⑨2階から降りてこなくても放置だったこと。
⑩変にお姫様抱っこしようとしたこと。

『怒り』沸々ポイント10選

いろいろなことに腹が立ってきた結果、私が出した答え。

『夫がいないかのように暮らす』

具合が悪かった約1ヶ月ちょっと、溜め息のオンパレードを喰らっていたので、『そんなに家のことをするのが嫌ならしなくていいです』スタイル。

なので、夫に頼ることなく、すべて自分でやるように動きました。

病み上がりとは思えない活動量(笑)

もう子どもじゃないので、一緒に住んでいる以上はご飯も作ります、洗濯もします、掃除もします、お弁当も作ります。

家事をボイコットするようなことはしません。
自分のことは自分でやって、なんて言いません。

やるべきことはやります。
ただ、夫はいないかのように暮らすことに決めました。



これがことの発端です。

しばらくして、夫が転職し、平日休みになり、生活がガラッと変わったことで、家のことをしてもらうようになりました。

ただし、夫とは連絡事項以外は口をきかないスタイル。
連絡事項も基本的にはLINEで送っていました。

そんな日々の中で、息子は「お母さんとお父さんは仲良くない」と感じていたようです。

とっても可哀そうなことをしてしまいました。

子どもによくない、と分かってはいるのですが、夫への嫌悪感が勝ってしまって。。。。

今は、連絡事項をLINEではなく、口頭で伝えるようになりました。

ただ、連絡事項以外の会話はほぼしません。
夫との会話はキャッチボールがうまくいかず、私にとってイライラが増えるだけなので。

基本的に馬が合わないのです。

よく8年も一緒に暮らしているなー、と自分でも感心します。

まぁでも、お母さんとお父さんが仲良しになったと、息子が感じてくれたならよかったです。

あまりギスギスした家庭にならないように気を付けようと思います。










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