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神田伯山新春連続読み『畔倉重四郎』2024 4日目

4日目、つまり『畔倉重四郎』3日目。中身の濃い話が集中していた。
講釈を毎日聴きに通うなんて時代ではなくなり、しかも新年早々から毎日が目まぐるしく動いている今、時間を忘れて連続読みに通う人がいるとはという内容のマクラが話された。確かに。しかし、毎日が目まぐるしいからこそ、連続読みに通い時間を忘れる日々をあえて設けるのもまた大切なのだと思う。今そういうことを一緒にやっている人が300人ほどもいることには驚かずにはいられないが。
今日の話に入る前に、伯山先生が一日券のお客さん向けに昨日までのあらすじを話してくれた。通し券のメンバーは「なかなか先に進まないな?」と感じつつも「いい復習になるや」とも感じていたことだろう。個人的には、あらすじを話すための伯山先生の編集力に感動してしまっていた。

三五郎殺し

ついに兄弟分であったはずの三五郎を殺してしまう。しかしこれに関しては畔倉に付け入るようなことをした三五郎も悪いだろうと思ってしまうのは、既に、これまての畔倉の行動に感覚を麻痺させられているのかもしれない。殺しをする方が悪い、というのは、どんな事情があれど間違いのない話なのに。
この一席で怖いのは、これまでの畔倉の人殺しは殺す相手に己の顔を見せる程度でなるべく素早くトドメを刺していたのに、今回は三五郎に会話をする余地をしっかりと与えていることだ。兄弟分相手だと問答無用で斬り捨てることはなく、逆にいえば、ひと思いに切り捨てずにじわじわと痛めつけているともいえる。息をするように人を殺す畔倉も、三五郎の行動にはさすがに我慢を重ね、相当な恨みを溜めてから手を下したのだろう。
しかし、最後は三五郎の死骸を容赦なく崖の上から海辺に突き落とす。そして、三五郎の帰宅を待つ嫁のおふみには「あいつは急にどこかに出掛けてしばらく帰って来なくなることがある」などと適当なことを言って誤魔化す。ここまで来ると、畔倉のやることとしてはこのくらいは相変わらずだと感じてしまうのがまた怖い。

おふみの告白

この一席でおふみと城富が夫婦になる。なんという因果だろう。おふみが城富に、かつて三五郎から聞いていた畔倉の悪事の数々と、自分の目で見た不審な畔倉の姿を語る。すると城富は、自身の父に罪をなすり付けた相手が畔倉であることを突然に知ることになる。
この場面を聴きながら考えてしまったことがある。伯山が松之丞時代の著書で『畔倉重四郎』についてこのように語っていたのだ。

重四郎の悪事をおふみが目撃したことが証拠になるのですが、お客様のアンケートを見ると、『やっぱりあの時おふみを殺しておくべきだった』って、重四郎の側に立っている方が多いんです。

神田松之丞『神田松之丞 講談入門』2018年 p.67

引用の部分は悪人に感情移入をしてしまう作品のおもしろさを語る趣旨のものであるが、このように悪人・畔倉の立場に立って「では、なぜおふみを殺さなかったのか」と考えてみると、抜かりないように見えたはずの畔倉の詰めの甘さを感じずにはいられなくなる。畔倉は話にある限りの内容では、女を殺していないのだ。
2日目の感想にも書いた。おなみの恋文の件についても、恋文を渡した後の展開を洗いざらい聴いたはずの畔倉は、おなみから最初に恋文を取り上げた乳母のことは気にとめない。しかし、恋文をおなみの父の穀屋平兵衛に見せた杉戸屋富右衛門へは逆恨みをする。女には権利もない代わりに責任もない時代。だから畔倉は乳母のこと気にとめなかったのではないか。このことを踏まえて更にここまで話を聴いてみると、人殺しを重ね人を操ることに長けた畔倉は、女は手のひらで転がせるもの、いくらでも思い通りに騙せるものという認識でいる様子だ。男は少しでも情報を握っている者なら容赦なく殺すくせに、女のことは言いくるめて済ませようとするだけ。女への認識の甘さが、畔倉の命取りとなったのではないか。……まあこれは、何の専門知識もない、ただし大学で文学研究とジェンダー論とにごく軽く触れた人間の思考である。
ちなみに、上記のことはアンケートの感想欄にも簡単に書いた。日頃はアンケートを書く時間までには思い至らなかったり、書く時間をつくれず後でnoteに書くにとどまったりするのだが、この考えだけは珍しくその場で書けたので書き散らかしてきた。
しかし、何年も探していながら近づくことすら困難を極めたであろう真相に、ごく近い人によって突然辿りついた城富の心境は一体いかようであっただろうか。

城富奉行所乗り込み

父に殺人の罪をなすり付けて穀屋平兵衛を殺害したのは畔倉だと知った城富は大岡越前守の元へ行く。真面目な場面でありながら、門番とのやりとりなどちょっとしたところでくすぐりを入れる演出があり、息抜きになるような心持ちがして良かった。
大岡越前守と城富が久しぶりに出会い、やり取りをする。この場面がなかなか好きである。張り詰めた空気感も好きなのだが、なんというか、二人がどこか互いに信頼のようなものをおいて話をしている気がするのだ。大岡越前守も、城富が嘘ばかり並べる話を聞くに値しない相手だと思えば、城富との約束は忘れるばかりか初めから結ばないだろう。城富も、大岡越前守が他の誰よりも正確な裁きをするという信頼がなければ、大岡越前守が全ての調査を済ませるまで首を取らずに待つことの許可をしないだろう。
大きな進展を感じられる見応えのある一席だった。

重四郎召し捕り

タイトルひとつで畔倉が召し捕られたのはわかるのだが、畔倉を召し捕るために仕組まれた計略がとても手の込んだものでおもしろかった。
大勢で畔倉の宿にやってきた人達の中の2人が部屋で喧嘩をする。周囲はやめさせようとするが収まらず、そのまま外に出て決着をつける流れになる。見かねた畔倉が出てきて喧嘩をやめるようにペコペコしながらお願いするが、やめる気のない2人がなぜか不意に畔倉の体を掴み、畔倉の耳元で「御用だ」と告げる。というものだが、これが現実の話だとしたら、筋書きも皆の演技も上手すぎやしないか。
しかしここで大人しく引き下がらない畔倉は、大黒屋重兵衛としての姿を捨て、何人も切りつけながら逃げようとする。結局はさすがの畔倉も御用となるわけだが、大黒屋重兵衛としての畔倉の姿を信じきっていた者達にとっては間違いなく、衝撃的であることこの上ない。

会場配布パンフレットより


話の中身が大変に濃い1日だった。にも関わらず終了時間が今までで最も早くて驚いてしまった。
なぜ終了時間をよく記憶しているのかというと、これは完全に個人の問題なのだが、毎日そこそこの距離を通っており帰宅時には“終前バスに乗れるかその約50分後の最終バスに乗るか”の闘いを強いられるためである。昨日はギリギリ最終バスに乗るしかなくなったが、今日は会場近くで泊まるにも関わらず早く終わったので拍子抜けしてしまった。でも構わない。昨日はおかげで少し飲んでから帰れたし、今日も元々計画していた飲みの時間を長く取ることができた。
連続読みが開催され通うおかげで、また通わせてもらえているおかげで、他のことも堪能できていることに感謝している。


現状、自分の生き様や思考を晒しているだけなので全記事無料です。生き様や思考に自ら価値はつけないという意志の表れ。 でも、もし記事に価値を感じていただけたなら、スキかサポートをいただけるとモチベーションがめちゃくちゃアップします。体か心か頭の栄養にしますヾ(*´∀`*)ノ