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【御朱印】成田山新勝寺と神田明神(禁忌?)


✅前置き

 首都圏近郊の大きな寺社で、まだ参拝していないところをピックアップしたときに真っ先に思い浮かんだのが成田山新勝寺でした。
 ただし、この成田山新勝寺、ある禁忌(タブー)があるらしく、どうやら神田明神を参拝した場合は成田山新勝寺に参拝するのは良くないとされているみたいです(逆も然り)。

 ソースがWikipediaで恐縮ですが、禁忌とされる経緯は次のとおりです。

 成田山新勝寺の縁起は、平安時代中期、東国で起こった平将門の乱に始まる。朝廷は追討軍を差し向けると同時に将門調伏の祈願を大寺社や密教僧に命じた。天慶2年(939年)、寛朝僧正も朱雀天皇の密勅を受けた。寛朝は、京の高雄山(神護寺)護摩堂に安置されていた空海作の不動明王像を奉じて総国へ下ることとし、明くる天慶3年(940年)、難波津から海路で上総国に至り尾垂浜に上陸。陸路で下総国公津ヶ原へ入り、この地にて朝敵調伏を旨とする不動護摩供を奉修した。ややあって将門は戦死。最期は諸説あるが、寒の戻りの風に乗った一本の流れ矢が将門の額に命中したと伝えられる。これを朱雀天皇は、不動明王の霊験と歓喜した。さらに、寛朝が帰京しようとしても不動明王像が動こうとしないとの報せを聞き、公津ヶ原にて東国鎮護の霊場を拓くべきとの考えのもと、寛朝に開山せしめ、神護新勝寺の寺号を下賜したという。この時、朱雀天皇から「天国宝剣」を下賜されたとされる。

こうした由来から、平将門を祭神として祀る東京の神田明神や築土神社と、成田山の両方を参拝することを避ける人もいる。

Wikipedia

 まぁ、両方参拝するんですけどね。


✅御朱印

○成田山新勝寺

①大本堂
②出世稲荷
③釈迦堂
④光明堂
⑤醫王殿
⑥平和大塔

○神田明神


✅成田山新勝寺

 初、成田山新勝寺でした。
 境内はかなり広く、見るところもたくさんありましたが、猛暑日の影響か参拝客が少なかったこともあり全体的にスムーズに見て回れました。
 なお、境内には6ヵ所御朱印をいただけるところがあるのですが、「成田山御朱印MAP」と称して分かりやすく表示しているのが◎でした(貰い漏れがないので)。

 また、寺の周辺は、店が多くかなり栄えている印象でした(雰囲気的には善光寺に近い?)。
 特に鰻を出す店が多かったです(名物なんでしょうか……、食べそびれましたが……)。
 ちなみにお昼はうどんを食べました。

 あと利き酒ができる酒蔵なんかもあって、観光地としてもかなりレベルが高いと思いました。
 寺そのもの以外でも楽しめる点が、個人的に高評価です。


✅神田明神

 現在開催中の「妖怪展」目当てで参拝したのですが、入口が分からないというクッソ情けない事態になり(実際看板とか無かったですし……)、とりあえずソフトクリーム食べてたら最終入場時間の15時45分を過ぎていました。

 ソフトクリームは美味しかったです。

 「妖怪展」については、日を改めてまで出直すモチベーションがないので、今後行くことはないと思います。


✅最後に

 結果的に極めて短期間の間に成田山新勝寺と神田明神に参拝することになりましたが、禁忌の件は個人的には完全に迷信だと思っています。
 というのも、具体的な祟り的な事象について言及している資料が見つからなかったんですよね。
 対して平将門関連でいえば、将門塚についてはガチだと思っています。
 あっちは具体的な祟り的な事象の記録がいくつも残っていますので……。