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愛せるひと

誰かに愛される人よりも、誰かを愛する人よりも、なにかを愛せる人は強い。

津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』の主人公のアザミは、音楽を愛している。彼女はひたすら曲を聴き、自作のリストに溜めてゆく。音楽の趣味で繋がった海外の友人とメールをやり取りしている。集中力がなく数学の成績は壊滅的、カラフルな歯列矯正器を付けていて、親から何も期待されていない高校3年生。それでも他の登場人物たちは、さらに読者は、彼女に惹かれざるを得ない。だって強すぎるから。魅力が。

好きなものに夢中になっているひとは、ただそれだけで美しく見える。愛の対象がものであるならば、それを愛するとは、海の水を両手で掬い、波打ち際で涙を流すようなことだと思う。全部手に入れることも、自分の行為が対象に影響を与えることもほとんど不可能なくらいに難しい。

でもその海があればいい。それさえあれば生きていける。それほどまでに好きになれるなにかが高校生で見つかっているなんて。

アザミの友人たちもすてきだ。うまくいかないこともあり、後悔することもあり、それでも憧れや理想を見つけて、自分の意思で変わる。それは、自分を評価するのではなく、愛することができるようになるための変化のように思えた。何らかの評価軸を持ってきて、それに合わせて自分を良くすることは、自分を本当の意味で好きになることとは違うのだと思う。いまのわたしはわたしが好きだろうか、好きになれているだろうかと、心の中で聞かずにはいられなかった。自意識というものがどこにどのようにあるのか、いやでも向き合わされる。

こなすように生きてちゃだめだな、と思った。お風呂から上がったら、書きかけの小説のフォルダを開きたい、と。わたしの愛せるものは、もしかしたらそこにあるのかもしれないから。けどいま2回も寝落ちてスマホをベッドへ放り投げたから、あ、3回目、やっぱり寝た方がいいなこれは。お湯を浴びたら目が覚めますように。

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