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雨で流される気持ち、残る気持ち。残ったものはきっと大切なもの。


バシャッ バシャッ


傘を差して外を走り、川みたいに水が溜まった道を踏むと、

水しぶきが舞う。

それで制服のスカートの裾が濡れたが、構わず走り続けた。


横断歩道のところで信号が赤に鳴り、立ち止まった。

和:はぁ…はぁ…

ブォーンッ  ザバァッ

和;わっ!?

トラックが目の前を左折し、小さな波に打たれて正面がずぶ濡れになった。

でも気にはならなかった。それよりもずっと大事なことがあるからだ…





バシャッ バシャッ


和:〇〇ーッ!!!

名を叫んでも反応は無かった。

和:もう…

がむしゃらになりながら走り続けた。



和:はぁ…はぁ…

足取りが重くなって立ち止まり、ふと横の河川の方を向くと、

傘を差さずに立ち尽くしている、私と同じ学校の制服を着た男の子が立っていた。けど、後ろ姿で誰かはわかった。


和:〇〇!

名前を大声で呼び、彼は振り返った。



〇〇:よぉ〜、和。

和:よぉ〜、じゃないわよ!!

和:あんたバカじゃないの!?

和:こんな土砂降りなのに、傘刺さないで突っ立っていてさ!

すぐ〇〇を傘の中に入れた。

怒鳴り散らしたけど、内心〇〇が見つかって安堵していた。




和:ってか、鞄は?

〇〇:え?あぁ、家。

和:え?

〇〇:家に置いてきて、ここに来たんだよ。

和:あ、そう…

てっきり学校を飛び出して、そのままここに来たのだと勝手に思っていた。


〇〇:和は優しいな。

和:あんな傘刺さないで学校飛び出してったら、ほっとけないでしょ?

和:それに、こうなったのも私のせ…

〇〇:和のせいじゃねーよ。

そう言って、〇〇が笑みを見せてきた。


〇〇:傘、持つよ。

和:え、あっ…

〇〇が傘を持とうとして、〇〇と手が触れ合った。

〇〇:背、俺の方が高いし。

〇〇:それに、ここまで俺のこと探してくれたし。

そのまま〇〇に傘を差してもらった。

和:あ、ありがと…




〇〇:なぁ、和。

和:何?

〇〇:俺って、臆病かな?

和:急にどうしたのよ?

らしくないことを聞いてきて、少しおかしく思った。

〇〇:いやさぁ…今、雨に打たれたお陰かさぁ、すっげぇ落ち着いてんのよ。

和:何アホなこと言ってんのよ笑

〇〇:いや、これが割とマジでさ。

そう言う〇〇の横顔は、確かに清々しく見えた。


〇〇:今日、俺アイツらと喧嘩したじゃん?

和:う、うん…

〇〇:んで、そのあと先公に言われたじゃん。

〇〇:口で解決しないのは臆病だって。

和:そう、だね。

〇〇:でも俺、あの時納得いかなくて、物凄くイライラしてた。

〇〇:どうにかなりそうで…、それで教室飛び出してさ。


そう…

〇〇はクラスの男子たちと喧嘩して先生に説教され、学校を飛び出した。

〇〇が先生に言われたことに納得してないって言ったけど、私も正直納得していなかった。

だって、〇〇が殴った相手は日頃から〇〇に嫌がらせしてくる人たちだ。


陰で〇〇の悪口をひたすら言う人たち。

〇〇が近くを通る度に、足をわざと出して蹟かせようとしたり、ゴミを投げつけたりしてきた。

〇〇の方は我慢していたらしいけど、それを見てたら私の方が先に我慢できなくて、遂に今日彼らに口出しした。


?:井上さん、君には関係ないだろ?

?:女だからって、しゃしゃり出ない方が良いよ?

和:な、何よその言い方!

ムカついて手を上げようとした時、〇〇に手を掴まれた。

和:(〇〇!)

口にはしなかったが、目で私に「手は出すな」って伝えてきた。

私は手を下ろした。



?:は、何カッコつけてんだ?

?:だいたい、テメーのせいで井上さんが巻き込まれてんだよ。

?:さっさと退学しちまえよ。

〇〇の胸ぐらを掴んで挑発してきた。

〇〇:んだとゴラぁ!!??


そして、〇〇は彼らと喧嘩して殴り合った。

私を庇って…


だから、私は幼馴染の〇〇を追いかけた。



〇〇:家に帰ったけど、なんか家にいたらこう…気持ちが爆発しそうでさ。

和:〇〇…

〇〇:だったら、外にでも出て雨に打たれてやろうかな〜って思ってさ。

〇〇:あの河川でジッと立って雨に打たれていたら、なんか気分スッキリしたんだよ。

〇〇:ムカッ腹立つとかさ、綺麗事言ってんじゃねーよとかさ、そんな嫌な気持ちが全部、雨が流してくれて。

〇〇:そしたら、本当に大切な気持ちだけが残ってさ。

和:大切な、気持ち?

〇〇:ああ。

和:何なの、それ?

気になって〇〇に聞いてみた。

〇〇:ん〜、秘密。

和:何でよ、教えてくれても良いじゃない?

〇〇:や〜なこった笑

和:あ、このケチ!!

〇〇の脇腹に小さいパンチをした。

〇〇:クシュン!!

和:もうバカ、風邪引いてんじゃん。

〇〇:だ、風邪なんかじゃねーし!

和:良いからさっさと風呂に入んなよ。






それから私の家が近かったので、家に着いて〇〇に先に風呂に入らせた。

それから、私も風呂に入って湯船に浸かり、冷えた身体を温めた。


和:ふ〜。


部屋着に着替えてリビングに向かうと、


トンッ トンッ


キッチンから、まな板の上で包丁で何かをきっている音が聞こえてきた。


和:何してんの、〇〇?

〇〇:ん?料理。

〇〇:さっき和のお母さんたちが今日は帰ってこないって言ってたからさ。

和:え、良いよそんなしてもらわなくて。

和:私、一人で作れるし。

〇〇:んなこと言って、どうせインスタントだろ?

和:ぐっ、別に良いでしょ!?一日くらい。

〇〇:でも、手作りの方が良いだろ?

〇〇:それに、風呂借りたお礼したいし。

和:そ、そう。

和:それなら…

〇〇:うん。座って待っててくれ。



〇〇が料理を作ってくれると言い、食卓の椅子に座っていた。

和:(〇〇の手料理か…)

そんなことを思ったら、少し口角が上がった。

料理を作って貰っている間、動画でも観て時間でも潰そうかと思ってスマホを起動したが…

和:…

和:や〜めた。

スマホを食卓に置いて、〇〇のいるキッチンに向かった。





〇〇:和。

キッチンに来た私の方に振り返った。

〇〇:まだ出来てないから待っててく…

和:手伝うよ、私も。

〇〇:いや平気だって。だから…

和:暇なの、待ってるのが。

和:だからお願い。

わざと下から〇〇の顔を見上げるようにして言った。


〇〇:そ、そうか。

〇〇:じゃ、鍋にパスタ入れて茹でてくれるか?

和:らじゃー。

〇〇:ありがと。じゃ、俺ソース作るから。

和:うん。

二人で協力して、スパゲッティを作ることになった。


鍋で茹でているパスタを見守りながら、隣でボウルに入ったソースの材料をかき混ぜている〇〇を見ていたら、なんだか楽しくなってきた。


和:んふふ。

〇〇:ん、どした和?

和:いや、〇〇って料理するんだ〜って。

〇〇:ん、まぁ…つっても最近からだけどな。

和:ふ〜ん、あの喧嘩お馬鹿がね〜

〇〇:んだと?悪いかコラ。

和:別に〜笑

〇〇:でもまぁ…、似合わないか。

和:そんなことは無いと思うよ。

〇〇:本当にそう思ってんのか?

和:うん、マジマジ。

〇〇:テキトーだな、おい笑

和:ふっ。

〇〇:ふっ。

二人して笑っていた。



〇〇・和:いただきま〜す。

出来上がったミートスパゲッティを前に、二人でいただきますを言って頬張った。

和:ん、めっちゃ美味しい!

〇〇:そうか、よかったわ。

和:二人で作ったからかな?

〇〇:そうかもな。

和:あれ?珍しい。

〇〇:何が?

和:え、だっていつもだったら「お前は麺茹でてただけだろ」とか言いそうなのに。

〇〇:おいおい、んなひどいこと言うと思ってたのか?

和:うん、ちょっと。

〇〇:うん、ちょっと…じゃねーわ!人を薄情な奴呼ばわりしやがって。

和:まぁまぁ〜〇〇さん笑

〇〇:何がまぁまぁ〜〇〇さんだ…

和:でも〇〇と一緒に料理できて楽しかった。

〇〇:お、おう…

和:また家に来て一緒に料理してよ。

〇〇:ああ、良いぞ。


そして、〇〇が家に帰る時間がやってきた。


〇〇:ありがとな、和。色々と。

和:ううん、全然。

和:それに今日、〇〇がこんな目に遭ったのも私のせい…

〇〇:お前、まだそんなこと言ってんの?

和:え?

〇〇:俺は嬉しかったぞ。

〇〇:和があいつらに向かって、俺にちょっかい出すのやめるように言ってくれて。

和:〇〇…

〇〇:だから、ありがとな。

〇〇:んじゃ、また明日学校でな。

和:う、うん!

和:またね。


手を振ったら、〇〇も手を振って帰っていった。


昔から喧嘩っ早くて苦労かける人。

でもどこか憎めなくて、一緒にいると楽しい人。

それに、今日は私を庇ってくれた。




それからしばらく、何も起きずに日が過ぎていく。

かと思っていた…



夏海:和、〇〇くんと仲良くするのやめな。

和:なんで?

夏海:だって〇〇くん、中学の時からよく周りと喧嘩してたんでしょ?

夏海:そんな人と一緒にいたら、あの男子たちに和も狙われるよ?

和:そんなの、別に構わないよ!でも…

和:〇〇と別れるのは嫌、絶対嫌なの!

夏海:和、気持ちはわかるけど…自分のことも考えて。

夏海:〇〇くんと一緒にいたら、和に悪い影響が…

和:なんでそんな酷いこと言うの!?

和:酷いよ、なっちゃん!

私は教室を飛び出した。


教室を飛び出した瞬間、夏海が私を呼び止める声はしなかった。

理由はわかっていた。

私と縁を切りたいからだ。


あの騒動から、私は仲良くしていた子たちから距離を置かれているのを感じていた。

距離を置かれている理由は、クラスの不良男子たちに目をつけられた〇〇と私が幼馴染だから。

そんな私と仲を続けていたら、自分たちも不良男子たちに目をつけられると思ったから。


悲しくて、辛かった。


学校を出てしばらく走り続けていると、雨が降り出した。




足取りが重くなって止まり、気がつくと河川にいた。


雨に打たれながら、思いっ切り泣いた。

ザァ ザァ


雨が強すぎて、頰についてるのが涙なのか雨粒なのか見分けがつかなかった。


雨に打たれ続けていると、ふと〇〇の言葉が頭をよぎった。


「ジッと立って雨に打たれていたら、なんか気分スッキリしたんだよ。」

「ムカッ腹立つとかさ、綺麗事言ってんじゃねーよとかさ、そんな嫌な気持ちが全部、雨が流してくれて。」

「そしたら、本当に大切な気持ちだけが残ってさ。」


和:私の、大切な…気持ち。


そう呟き、〇〇との思い出が蘇ってきた。


小さい頃に初めて幼稚園が一緒になって、一人ぼっちだった私をいつも遊びに誘ってくれた。

小学生になると〇〇は少しやんちゃさが目立ち始めたが、それでも〇〇は友だち想いな人だった。小学生になって友だちが増えた私に、「和が友だち沢山になってて嬉しい」って言ってくれた。

中学生になると不良たちと喧嘩することが多くて心配になったが、その時から初めて二人っきりで出かけたりすることが増えた。




喧嘩することが多くなった〇〇だけど、それでも友だちが減らない理由はわかっていた。

〇〇は決して自分から手を出したりはしない。

無関係な人を自分の喧嘩に巻き込もうとしない。(まぁ、こっちはいつもハラハラさせられるけど…)


和:〇〇…


「和ー!」


そう笑顔で私の名前を呼ぶ〇〇の顔が浮かび、枯れきった筈の涙が再び溢れ出してきた。

それと同時に、大切な気持ちに私も気づいた。





〇〇:和ーーー!!!!

声が聞こえ振り返ると、〇〇が傘を差して立っていた。

和:〇、〇…

名前を呼ぼうとした瞬間、

強く抱きしめられた。


〇〇:ったく、なんでこんなとこでびしょ濡れになってんだよ!

〇〇:風邪引くだろ!

左腕で私を抱きしめ、右手で傘を差して私を中に入れてくれていた。

和:ごめん…

〇〇の言葉と、抱きしめられて感じる〇〇の体のあたたかさで余計に涙がとまらなくなった。

〇〇:いや、俺の方こそ…すまねぇ…

〇〇:折角高校でできた和の友だちを、俺のせいで…

和:ううん!〇〇のせいじゃないよ!!


鼻水をすすって、抱き合ったまま〇〇の顔を見上げた。


和:だって私は〇〇のおかげで、今があるんだもん!

〇〇:和…

〇〇:でも俺が、こんな喧嘩ばっかな奴じゃなきゃ…

和:我慢してたんでしょ?

〇〇:え?

和:わかるよ、私には。〇〇が学校のアイツらに嫌がらせされていても、今回は我慢してきたって。

和:私がアイツらに何も言わなかったら、きっと〇〇は我慢し続けていた。私との約束を守るために。


中学生の時、〇〇がクラスの男子と喧嘩騒動になったあと、

私は〇〇に約束させた。



(回想)

和:もう二度と、クラスの子に手をあげたりしないで。

〇〇:え〜、そりゃ〜向こう次第だな。アイツらがまたウザいことしてきたら…


和:良いから!約束して。

〇〇:え、ってうわっ!

〇〇と無理やり指切りげんまんをさせた。

(ここまで回想)


和:でも、それで無理させてるって思ったら耐えられなくて…

和:ごめんね!

そう言って〇〇から少し離れて、傘の中で謝った。



〇〇:和、俺まだ言ってないことがあるんだ。

和:言って、ないこと?

〇〇:ああ、秘密のこと。

〇〇:雨で全部嫌な気持ちが流されて残った、大切な気持ちのこと。

一旦黙って深呼吸してから、再び〇〇は口を動かし始めた。


〇〇:和の言う通り、俺アイツらになんかされても我慢してきた。

〇〇:どうせあの手の奴は無視され続ければ、興味無くして辞めるって思ってさ。

〇〇:それに、和との約束もあるし。


やっぱりだ。

〇〇はちゃんと約束を覚えていてくれた…


〇〇:でも結局、俺アイツらのこと殴っちゃったよな。

〇〇:それでな、雨に打たれていて思ったんだ。

〇〇:俺、なんで和と約束したのかなって。もう二度と誰かに手を上げたりしないって。

和:うん…

〇〇:もし今度、誰かに手を上げてそいつを凄く酷い怪我を負わせたりしたら、俺退学になって二度と和と会えなくなるかもしれないって。

一時の感情に任せて暴力振るって、一生後悔するかもしれないって…

和と一緒に居られなくなるって思ったら、俺すげぇ悲しくなってきてさ…

だから、俺約束したんだよな。和と…!?


傘の中でそっと、私は〇〇に抱きついた。


和:ありがとう、〇〇。



大好きだよ!


勢いでそのまま言ってしまった。


〇〇:和…

和:私ね、さっき雨に打たれて気づいたんだ。

和:大好きな〇〇と一緒に居られること。それが何より幸せだって。

〇〇の目を見つめて微笑みながら伝えた。

そんな私を見て、〇〇も微笑み返してきた。


〇〇:俺もだよ、和。

〇〇:大好きな和と一緒に居られることが、すっごく幸せでそれだ一番大だって。

和:ふふ、同じだね。

本当は先に〇〇が伝えようとしていたんだろうけど、私が先に言う形になっちゃったね。



気がつくと、雨が止んで空が晴れていた。




和:あ!ねぇ〇〇ー、見てアレ!!

叫んで、空の方を指差した。

〇〇:ん?おお!



空に虹が架かっていた。


〇〇:めっちゃ綺麗な虹じゃんか!

和:ね、綺麗だよね!

〇〇:俺らのこと、祝ってくれてるのかな?


和:ふふ、きっとそうだよ。



大好きな〇〇と手を繋いで、空に架かった虹を眺めていた。


fin.


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