こんなに近いのに2人は気づかなくて。
スマホに設定したアラームの音がうるさく鳴り、音を止めて布団から出た。
〇〇:寒ッ…
窓のカーテンを開けるとまだ外は薄暗かった。
まさに冬の朝といった感じだ。
身支度を整えて、朝食をとらずに家を出た。
いつも通り最寄り駅で電車に乗って、勤め先の駅を目指した。
勤め先の最寄り駅に降りて改札を通ると、そのまま一軒のカフェに向かった。
店の扉を開けると、あの人が迎えてくれた。
玲:あ、〇〇さん!おはようございます。
〇〇:大園さん、おはようございます。
玲:今日も寒いですね。
〇〇:ですよね。でも、いつもここの美味しいコーヒーであったまるので有り難いですよ。
玲:ふふ、ありがとうございます。
今日は眼鏡をかけていて、一段と大人っぽさと美しさを感じた。
玲:あ、明けましておめでとうございます。
〇〇:ああ、そうですね。明けましておめでとうございます。
大園さんが丁寧にお辞儀をしたのを見て、こっちも頭を下げて少ししてあげると、お互い恥ずかしそうに笑った。
いつも通り、ホットコーヒーを一杯とサンドイッチを注文した。
玲:お待たせしました。
〇〇:ありがとうございます。
玲:〇〇さん、いつも早朝からお仕事お疲れ様です。
〇〇:そう言う大園さんも、朝早くからお疲れ様ですよね。
玲:いえいえ、私は好きでこの店のカフェ店員してますから笑。
眼鏡の位置を直して大園さんは答えた。
玲:〇〇さんの方が大変じゃないですか、正社員で営業のことをされてますし。
〇〇:まあ…そうですね、楽だって言ったら嘘になりますね。
玲:じゃあ、〇〇さんが今日も頑張れますように…
そう言って彼女が、キットカットのチョコをそっと渡してきた。
〇〇:あっ、ありがとうございます。
玲:いえいえ。
レジに戻っていくその後ろ姿は、いつみても華麗だった。
このカフェに来て大園さんに会う度に、今日も仕事を頑張ろうって思えるのだ。
でも最近はそれだけじゃない…
いつからか、彼女と目を合わせる度に心臓がドクドク鳴るようになった。
少しして大園さんがふと何かを思い出したのか、レジから僕の席に戻ってきた。
玲:あ、そういえば今年年末年始どうされていましたか?
〇〇:ああ、実家に帰っていましたよ。
玲:私もです。でも、家に久しぶりに帰ったら、みんなからしつこく聞かれたことがあって。
〇〇:どんなことを?
玲:その、彼氏いないのかって。早く私の彼氏がみたいって。
〇〇:な、なるほど…
玲:実は、気になっている人は前からいるんですが…その。
ちょっと気まずそうにしてから、大園さんは再び口を動かした。
玲:言うのが怖いんですよね。もし、向こうがその気じゃなかったら、って思ったら…
〇〇:凄く分かりますよ、その気持ち。僕も昔、好きな子がいて告白したら…その、フラれて。
玲:そ、そうだったんですか!?
〇〇:まあ、僕が向こうに彼氏がいたのを知らなかったのがいけなかったんですが…
玲:じゃ、今は彼女さんは…
〇〇:あはは、いないですね。
玲:なんか、すいません。〇〇さんに話しにくいことを無理矢理話させてしまったようで…
〇〇:いえ、気にしないでください。もう、だいぶ前のことですし笑
場を和ませようと笑って応えた。
玲:でも、きっと良い人見つかりますよ。〇〇さん、カッコいいですし。
〇〇:いや、そんなこと…
お世辞でも、こんなこと言われたら照れてしまうのは無理もない。
しかも、美人からなら尚更…
玲:私は思ってますよ。〇〇さんがカッコいいって。
真顔でそう言われると、余計本気で勘違いしてしまう。
玲:それに…
〇〇:え?
玲:…、ああ、なんでもないです!!大丈夫です!
いつもは見せないような慌てぶりで、大園さんがレジに戻っていった。
〇〇:(大丈夫かな、大園さん?)
そう思いながらも、彼女の話で引っかかっていた。
〇〇:(大園さん、好きな人いるんだ…)
きっと自分じゃない誰かを。
そう思うと、少し寂しくなった。
次の日、また大園さんのいるカフェに来た。
昨日の別れ際が、少し微妙な感じになってしまったので気まずくなるかと思ったが、大園さんと目があうと彼女はいつも通り、いやいつもより笑顔が増している気がした。
玲:〇〇さん、おはようございます!
〇〇:おはようございます、大園さん。
玲:昨日はすいません、なんか変な感じになって…
〇〇:あ、いえ…僕は大丈夫ですよ。
昨日のカフェからの去り際に抱いていた寂しさなんかいつの間にか忘れていて、
そして、いつも通りコーヒーとサンドイッチを注文した。
玲:お待たせしました、コーヒーとサンドイッチです。
そして、テーブルにコーヒーのカップとサンドイッチの乗った皿を置いてくれた。
〇〇:ありがとうございます。
玲:はい…
〇〇:大園、さん?
いつものように表情は明るいが、何か隠している感じがした。
玲:あの…今週の土曜日って空いてますか?
〇〇:え、まぁ…空いてますよ。
玲:でしたら、その日一緒にご飯でも。
〇〇:良いですよ、是非。
玲:じゃあ…
裏手に入っていった大園さんは、少ししてまた戻ってきて紙切れを渡した。
玲:私の連絡先です。
大園さんの電話番号が書かれたメモだった。
〇〇:ああ、では僕のも。
その場で手帳から紙を千切って、自分の電話番号を書いて大園さんに渡した。
玲:良いんですか?ありがとうございます!
〇〇:はい。
玲:じゃあ、今度の土曜日に…
仕事が終わって家に帰ると、大園さんからもらったメモを見ていた。
〇〇:いま、電話したら迷惑かな…
前から、密かに大園さんに対して淡い気持ちを抱いていた。
でも、多分あんなに美人だから無理だろうと思っていた。
〇〇:あ、でも店どこか聞いてないし…
と我ながら上手い言い訳を思いついたつもりで、電話をかけようとした。
が、やはり手が止まった。
〇〇:いや、明日また店に行って聞けば良いか。
そう思った。
〇〇:でも明日いなかったら…
そう思ったら、やっぱり電話したくなってしまった…
そんなことで思い悩んでいると、スマホが突然鳴り出した。
〇〇:え?
かかってきた番号を見た瞬間、驚いて声が出た。
〇〇:もしもし?
電話に出ると、
玲:〇〇さん、私です。
やはり大園さんの声が聞こえてきた。
〇〇:大園さん。
玲:すいません、急に電話なんかしちゃって。
〇〇:ああ、いえ。
玲:〇〇さんにちゃんと繋がるか確かめたくて。
〇〇:僕も今、大園さんからもらったメモに書かれていた番号で合っているか確かめようと…
玲:あはは、ですよね。安心しました、〇〇さんの声が聞けて。
〇〇:僕もです、大園さんの声が聞けて。
玲:ああ、で今度の土曜日に行くお店なんですけど…
土曜に行く店の場所のことなどを話し合って、大園さんとの通話は終わった。
次の日、早朝から大事な会議があったので店には行かずそのまま会社に直行した。
そして、その夜。
家に帰って風呂に入り、それから夕食を作って食べているとスマホが鳴り出した。
玲:〇〇さん?
〇〇:もしもし、大園さん?
玲:また急に電話しちゃいました。
〇〇:ああ、全然!今日店に行かなかったから、会えませんでしたね。
玲:なんか、明日が待ち遠しくて。
〇〇:僕も楽しみです、大園さんとお食事行けるのが。
玲:良かったです、私も楽しみで…
〇〇:早く明日になってほしいですね。
玲:ですね…
〇〇:大園さん?
急に声のトーンが下がったので、心配になって聞いた。
玲:あの、今ってその…会えますか?
〇〇:え、今…ですか?
玲:無理、ですかね?
〇〇:あ、いえ…会えます!
それから家を出て、大園さんが伝えた場所に向かっていった。
玲:〇〇さん!
約束した場所に着くと、私服姿の大園さんが立っていた。
〇〇:大園さん。
玲:急に呼び出してごめんなさい。
〇〇:いえ…大丈夫です。
玲:その、どうしても伝えたいことがあって。
大園さんの瞳がうるうるして見えた。
そして、静かにゆっくりこちらに歩いてきた。
玲:こんなこと言うべきじゃないのかもしれないですが。
〇〇:もしかして、この前話していたことですか?年末に大園さんの家族で…
玲:はい…
やっぱりだ。
申し訳なさそうにしていたので、気を遣ったつもりで言った。
〇〇:好きな人がいるんですもんね。僕は平気ですよ。大園さんが幸せなら、それで嬉しいです。
玲:あっ、ち、違うんです。
〇〇:え?
玲:その、前に言ってた気になる人ってのは、
その…
〇〇さんなんです。
〇〇:⁉️
玲:いつもお店に来て注文して、それから色々お話しして楽しかったです。私の淹れたコーヒーが美味しいって毎回言ってくれたり、趣味のことで話したり、〇〇さんに会う度にどんどん〇〇さんのことが、その…
恥ずかしくなって、また大園さんは目を逸らし始めた。
〇〇:僕もです。
玲:え?
〇〇:僕も毎回あの店に行って、大園さんに会ってお話するのが楽しくて仕方なかったです。
何の話をしても大園さんが盛り上げてくれるし。
玲:すいません、つい一方的に喋ってしまって…
〇〇:でも、それでも僕は嬉しかったですよ。
玲:そう思ってくださるなら、嬉しいです。私も。
〇〇:そうしていくうちに、僕はその…
大園さんのことが好きになっていました。
玲:〇〇さん…
〇〇:だから、その…⁉️
突然抱き締められた。
玲:好きです、私も〇〇さんが。
玲:でもずっと言えませんでした。もし〇〇さんに彼女がいたらって思ったら…
〇〇:僕も、大園さんに彼氏がいるかもって思ったら…
玲:なんで、気づかなかったんですかね…私たち笑
〇〇:本当ですね…笑笑
いつも通り、2人で笑った。
玲:じゃあ、これからは私のこと名前で呼んでくださいね?
〇〇:えっ、ああ…え?
玲:もうただ、店員と客の関係じゃないんですから笑
〇〇:わ、分かりました…玲さん。
初めて名前で呼んだ瞬間、顔が赤くなった。
玲:〇〇さんも、可愛いとこありますね。
〇〇:それ、褒めてませんよね?
玲:いやいや、リスペクトですよ。いつもはカッコいいのに、そうじゃない一面もあるんだなーって。
〇〇:ま、まぁ…良いか。
終電の時間が過ぎて、僕の家に2人で戻ることにした。
手を繋いで歩くと、やはり胸騒ぎがした。
寒さが霞むくらい、大園さんの手は温かかった。
時折、横を向いて目が合うと2人とも笑みを溢していた。
〇〇:あ、あの…
玲:ん?どうしました?
〇〇:これからは、タメの方が良いんですかね?
玲:ふふ、そうですね。
〇〇:ですよね。
玲:じゃあ、これからは〇〇くんだね。
〇〇:そ、そうだね…玲ちゃん。
ついさっきまで敬語だったのを、いきなり変えるのに躊躇いが若干あった。
玲:あれ?聞こえなかったよ、最後の方。
〇〇:え、いやぁ…
玲:ふふ、やっぱり可愛いね、〇〇くん。
〇〇:ず、ずるいよ…玲ちゃん。
玲:あ、今はっきり聞こえた!呼んでくれた〜
〇〇:もう…
大園さん、いや玲ちゃんに押され気味だったが悪い気は勿論しなかった。
〇〇:玲ちゃん。
玲:何、〇〇くん?
〇〇:明日、そのさご飯以外にもどこか行かない?
玲:うん、勿論。行きたいな。
〇〇:良かった、じゃあ。
玲:ありがとう、〇〇くん。
〇〇:う、うん。
玲:大好き、だよ…
耳元で囁かれ、顔がまた熱くなった。
それをみた玲ちゃんが悪戯っ子みたいにニヤケていた。
でも、それすら可愛くて許せてしまった。
fin.
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