重曹とクエン酸でバンバン人を死なせている凡才医師
私はSNSで頻繁に流れてくる非科学的な健康情報に噛みつくのを最近の趣味にしている。
さすがに「宇宙人の人類滅亡計画」やら「世界政府の人口削減計画」なんて空想過ぎるネタや「マイナスイオン効果」とか「水からの伝言」のような古臭すぎるネタは当然スルーしていた。
それらと同レベルなのでスルーしてたのが「重曹+クエン酸で健康増進!」というネタ。
しかしながら本気で信奉してる方々がいることを知ったので、「重曹&クエン酸」の立案者についての話を残そうと思い、初note投稿するに至った。
いま、ポーランドを拠点にヨーロッパ全域で「重曹+クエン酸でがんが治る!」という講演を行っている元医師がいる。
彼の名前はトゥッリオ・シモンチーニ
重曹+クエン酸によってがんを治療し、多くのステージ4患者を救ってきたと主張しているが、これまでに少なくとも6人のがん患者の死に直接関与している男だ。
ことの始まりは1997年
当時まだ医師であったシモンチーニは母国イタリア、ローマの地方紙に
「Il cancro è un fungo(がんは真菌症である)」
というタイトルでコラムを連載し始めた。
ちなみにシモンチーニは論文を医学書や学会に発表したことがない非常に珍しいタイプの研究者。
専門家である医師たちの目はゴマカせないが、素人の一般人たちならダマせると踏んで新聞コラムを選択したのだろうと推定する。
新聞コラム「Il cancro è un fungo」の主張はざっくり言うと以下の4点
全てのがんは真菌(カンジタ菌)が原因の細胞異常増殖である。
がん細胞は糖を好み、アルカリ性を嫌う性質があるので重曹で増殖を抑えることが出来る。
重曹によって増殖を抑えられたがん細胞にクエン酸を与えると酸っぱくて死ぬ。
私は結果を出しているのだから根拠はある。
こんなバカげた理屈を信じる人がいるわけないと誰もが思うだろう。
しかし、今ほど悪性腫瘍に対する治療が進んでいなかった約30年前の実情を鑑みると、余命宣告を受けた者たちやその家族たちにとっては先の見えない暗闇に降り注いだ一筋の希望の光にしか見えなかったのだろうと推察する。
半年に及ぶ連載で多くの がん患者がシモンチーニの治療を求めて新聞社に問い合わせてきた。
ここから彼は臨床医を辞め、医師免許を持つ講演家に転身した。
そして悲劇はミラノで起こる。
2002年2月8日に末期の脳腫瘍を患う34歳のMassima Civetteさんに重曹と水を用いた「自称がん治療」を施術して死亡させた。
続いて同年3月1日には線がんの末期患者であったMaria Grazia Canegratiさん、さらに同年11月15日に末期の肺がん患者Grazia Cicciari di Milazzoさんにも同様の自称がん治療を施して死亡させている。
実に9か月と言う短期間のうちに合計3人を死に至らしめたのだ。
当然、殺人罪が適用され告訴されたが3人とも末期患者であったために因果関係を立証できず不起訴となった。
しかし、シモンチーニとその弟は共謀して この自称がん治療の対価として€7,500を受け取っていたことが判明し、日本における業務上過失致死罪と詐欺罪で有罪となった。
執行猶予で収監こそされなかったが、医師免許は剝奪された。
イタリア医師会の監視という足かせを失った講演家はヨーロッパ全土に羽ばたいてしまった。
治療家として各地で講演を行い、賛同した治療院(店)に支部を作った。
わずか数年で
重曹&クエン酸王国
を築いたシモンチーニは、かつて新聞に掲載した「Il cancro è un fungo」を「Cancer is a fungus」という英文で書籍化。 翌年にはドイツ語版まで出版している。
すでに医師免許を剥奪されていたにもかかわらず、Dr. Simoncini名義で発売するという厚顔無恥さには悪意しか感じられない。
日本でも「がんは真菌 イタリア人医師が発見した、苦しみから解放されるがん治療法」というタイトルで現代書林から発売されている。
ちなみに同社からは「ガンの新しい治療法」という書籍も発売されており、シモンチーニが監修を務めているが、この書籍の紙面広告を出した朝日新聞社は2019年11月14日に不適切な書籍広告を掲載したことを謝罪している。
宣伝文の「ネットの闇(デマと中傷)と闘い、訴え続けた真実!」は
もはやタチの悪い自虐コントとしか思えない。
本題に戻ろう。
重曹&クエン酸王国を築き、舞い上がったシモンチーニが
新たな罪を犯すのは2007年
オランダ支部であったベルグ・エン・ボッシュ治療院(店)で58歳の末期乳がん患者Sylvia Trachslerさんに4.2%の重曹水500mlを6日間に渡って投与。
この自称がん治療を3クール施術して死亡させてしまう。
捜査の結果
シモンチーニは助手につき、施術自体は治療院(店)の開設者が行ったため不起訴処分となった。
既に4人の命を奪っているにもかかわらず、シモンチーニは重曹とクエン酸による「がん治療レシピ」の布教活動に勤しんだ。
この「がん治療レシピ」こそ日本をはじめ各国のオカルトマニアたちに信奉されている例のアレである。
2012年には$77,000で乳がん患者で緩和ケアを受診中だった英国陸軍将のNaima Houder-Mohammedさんに自称がん治療を行い死亡させ、アルバニアでも27歳の末期の脳腫瘍患者Luca Ernesto Olivottoさんを同様の手口で死亡させている。
このアルバニアでの死亡事件は遺族が司法解剖を望んだために厳密に死因が特定された。
死因は重曹とクエン酸によってアルカローシスを引き起こし、結果として心停止したと結論付けられた。
これによって
シモンチーニは懲役5年6ヶ月の実刑判決
を受けたが
控訴によって証拠不十分となり訴えは棄却されている。
また、シモンチーニ本人は関与していないが
彼の「がん治療レシピ」を妄信した両親によってクロアチアの9歳の少年が
標準治療を受けさせてもらえず死亡している。
殺人罪で起訴された少年の両親Viktora BrnobićaとHanu Gržetićは すでに実刑判決を受けているが、裁判において父親のBrnobićaは
「2007年に自分の母親ががん闘病の末に苦しんで亡くなったのは化学療法が毒の塊であったからだ。
息子を想えばこそ、病院も医師も信じず、自然の物で免疫機能を高めようと考え、自分たちで情報を取りに行ってハーブチンキや精油、シモンチーニ式がん治療レシピである重曹とクエン酸を選択し、治療したのだ。」
と証言して殺意を否定した。
「毒の塊」
「子供のことを想って」
「病院も医師も信じない」
「自然の物で」
「免疫を高める」
「自分で情報を取りに行く」
このワードは多くの
非科学的健康法を妄信する方々
が多用する言葉と全く同じである。
またシモンチーニが自著や講演会で熱弁をふるう
「医療は金もうけ」
「製薬会社の利権」
「これが広まったら医者は廃業」
「〇〇の闇」
「結果を出している」
「好転反応」
というフレーズも
非科学的健康法を奨励する詐欺師ども
が多用する戯れ言と全く同じである。
そもそも重曹は炭酸水素ナトリウムあるいは重炭酸ナトリウムが正式名称であり、1gの重曹=0.7gの食塩と同じナトリウム量となる。
ただでさえ日本人はWHO(世界保健機構)が推奨する1日のナトリウム摂取量の2倍を日常的に摂取している事実を鑑みれば、重曹を推奨すること自体が胃がんの発症リスクを高め、高血圧を誘発する危険行為でもある。
インターネットの普及により情報過多な現代だからこそ
正しい情報を正しい知識で正しく理解するスキルが重要だ。
不安症の方には
本当に恐れるべきものを正しい尺度で正しく恐れる習慣を身につけていただきたいと切に願う。
出典:
ミラノでの死亡事故
朝日新聞社の紙面広告への謝罪https://www.asahicom.jp/shimbun/release/2019/20191114.pdf
オランダの死亡事件
英国陸軍将の死亡事件
アルバニアの死亡事件
クロアチアの死亡事件