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日曜画家の夢

絵の教室に行ってきた。1カ月に1度、近所の公民館に先生が来てくれるのだ。週末に2時間程度。絵だけを黙々と集中して描きながら、ちょこっとおしゃべりして。心が落ち着くし、とても楽しい。よい気分転換になっている。

昨日は自由課題にだったが、静物画を描いている人が多かったため、先生が参考としてピーテル・クラースの話をしていた。(机の上にガイコツで有名)

そういえば、学生時代、西洋美術の読み方の授業をとっていた。特に西洋画は宗教的意味合いのあるものが多い。どこかで見たことがあったガイコツの画もまた、17世紀プロテスタントの影響を受けている。ひとことで言うなら、『メメントモリ(死を想え)』だ。

扱うモチーフはそれぞれ意味がある。何度も描いている骸骨は死そのものだ。ろうそく、懐中時計、砂時計、切り花は残された儚い時間。蝶は魂。サナギは再生。財宝はあの世には持っていけないもの。食事の途中であること、倒れた瓶、クロスの乱れは、人生は思いもよらないタイミングで終わってしまうことを表す。「人生の虚ろ」を表しているそうだ。

うーん、暗い。陰影の勉強として見せられたが、やはり陰影は暗い意味をもっているのだ。直観的に「なんだか暗いぞ」は、やはり画家の意図的なのだ。令和の家に飾る人はいないだろう。

アジアに旅行に行っても、寺院には必ずといっていいほど曼荼羅が描かれている。文字の読めない者でも、それで宗教を学んだのだ。絵は画家のメッセージを載せるもの。描くモチーフを選ぶのも自分、そのモチーフのどこを描くかも自分、描かないところ、描くところを取捨選択するのも自分。何かを奪わずに自由にできる世界だから、好きなんだなと改めて思う。

私が小学生の頃、卒業文集にもどこにも書いたことはなかったけど、人生の裏テーマで、成りたいものは日曜画家だった。大好きなアンリルソーがそうだったから。絵、そのもので食べていくには難しいけれど、現代では、それをTシャツにして売ってもいいよね? って思う。それがいまの裏テーマ。

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