こおろぎ73を思いながら

 夏と冬を乗り切っているうちに歳をとる。そんなことの繰り返しのような気がするのだ。歳をとった。体力が落ちたとかそういうことはあまり思わない。昔からそんなに体力はなかった。若いころと何が変わったか。
「間違いなく夜中にトイレで起きる」
ということである。
尿意。大昔、尿意を感じても起きなかった。おぎゃあとこの世に生まれて幾年かは小便を布団の上行うという行為が認められていたのであるが、四十一になれば布団の上での排尿は歓迎されない。歓迎されないというか、してはならないという共通認識がある。極端布団での放尿後、自らで布団を洗濯すればよいといえばよいのだろうが、布団の洗濯とトイレにて放尿するどちらを選ぶかというとトイレでの放尿を選択する。この選択は洗濯を減らすという観点からとても有益な選択である。
 トイレに言った後、換気扇バータイムになる。少量の焼酎とタバコ。そんなことをしているとこの世で生きているのは自分だけではないのか、なんて思いにかられるが、そんなことはない。換気扇が動くということは発電所の方々は夜勤をしてくれているということだろう。
 そののち布団に入る。なかなか寝れないということはさしてなくわりとあっさり寝る。人間なんてララララララは無敵の歌詞だと思うのだが、ほんに無敵で何をどうしてもそれだけの存在なのだ。喰って寝てぼんやりする。夜中の放尿は人を冷静にするのだ。四十一歳の夏、独演会の動員を思いぼんやりする。

 四十一歳の春だからと天才バカボンのパパは歌っていた。ま、厳密にいうと、天才バカボンのエンディングソングなので、歌っていたのはバカボンのパパではなく「こおろぎ73」という三人組のおじさんだ。その頃はお兄さんたちだったのかもしれないが。評価されるとか評価されないと別にどうでもいいことかもしれない。さっきも書いた通り、喰って寝て夜中にトイレで起きる生き物なのだ、つきつめると。それでも評価てのはどっかにあるものだ。こおろぎ73はててもいい歌をうったているのだが、なぜかそこまで評価されていないように思う。名曲おじゃまんが山田くんのエンディングをうたっているのだ。ああいうものが食べたいこういうものが食べたいという歌である。みんな欲しがるものがあると占められる。つまり人は食により幸福を得てまた食が原因で戦争にまでいたるということをいっているのだろう、おそらく。なんかなんかでこの文書を作詞家の方が読んで
「そんなつもりはないですけど」
とおっしゃても
「そこはまあそういうことにしておいてくださいよ」
と言う覚悟はある。なにせ四十一ですから。
人生はまだまだこれからだと思うほどには若くはなくなった。若くないとは何か。それは夜中の小便起床の有無ということもある。それは未来が華やかであろという期待が薄れるということもあるだろう。しかしまあ華やかなものはわりと疲れそうだ。ぼんやりとした日々のほうがぼんやりとできる。そう、よく寝る日々のほうがよく寝れるのだ。タバコを人生のほうがたばこを吸うしね。これきりないね。

歳相応ということかなにかそれはわからないが、この歳であるというコントをする。演ずるとは楽しいはずだ。とくに私のような自分で勝手にやる人間は自分の願望を台本にして演ずればいいようなものなのだが、どうしても、現実にはなりたくないというか、現実にそういう人間になっても暮らしていけるだろうが、ここまですっとこどっこいなら苦労が絶えないだろうな、という人間ばかりを演じる。

独演会を観にきてほしいのです。
独演会。
変拍子コントを8本。
予約コメント待ってます。
関本佳史コントの会「イカニワレワレガ」
~田んぼも畑も持っていない人達~
日時 2021年7月24日 土曜日
開場19時 開演19時30分
場所 大阪府大阪市西区江戸堀1-4-21
   日宝肥後橋中央ビル2階2号アワーズルーム
(四つ橋線肥後橋駅下車6番出口四ツ橋筋から1本東へ徒歩1分)
出演者 関本佳史
前売り 1500円(プラス1ドリンク500円)
当日  2000円(プラス1ドリンク500円)
ご予約・お問い合わせ先 zubuno_zubuno@yahoo.co.jp

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?