小説 中年と海、と池 4

 明人君、あなたが産まれたときは
「あ、産まれましたね」
ぐらいでした。
しかし、だんだんだんだんね、俺が来るところ来るところついてきて、パパ言われたらだんだんその気になって、結婚してよかったなあと思いました。じゃ、なぜ別れたのかというと、それはママの実家がヤクザの家だったこともあるし、断熱材にまみれてかゆくてかゆくてしょうがないのにママが知らん間にアウトドアの品物買ったり、そういうのに不満があったのです。そういのがあって、パパはそれ言っちゃおしまいよと言うことを言ってしまった
「お前、文句ばっかり言うけど、俺自分のこどもでもないのに世話してるねんで」
と言ってしまったんだ。ほんとそれを言っちゃおしまいだね。お父さんはもう少しはやく男はつらいよを観たほうがよかったように思う。
 それはそれとして。
 明人、あんまりじゃないか。あなたの竿にばかり魚がかかる。アジ、鯖、コノシロだそうだ。釣る度釣る度に小指のおじさんが教えてくれる。
「うわ、ちょ、え」
「おっしゃお父ちゃんやっとや」
「いや、わかんないですけど」
「慌てたらあかんでゆっくりまわしや」
「はい、はい、はい、おうううう」
「よっしゃやったろ」
おじさんさが網をのばしてくれる。
「網のとこに魚もってこれるか」
「たぶん、はい」
網に魚が入る。大きい。とても大きい。産まれて初めて釣った魚はとても大きい。
「これ、なんて魚ですか」
「これはチヌや」
「チヌ」
「クロダイともいうけどね、大きいね」
エビで鯛ではなく、シャブで鯛を釣った。あの粉がコカインやったのかどうかはしらないが。俺はチヌを釣ったのだ。
「ああ、いいな、僕も釣りたいな」
「ワンチャン大物あるというからね、やっぱりね、そのワンちゃんにかけましてね、明人が釣れている間、俺はそのいわゆるワンチャンにかけてね、そのワンチャンがきたら逃さない、ワンチャンだね、キャットワンチャイと言うボクサーがいたんだよ、わかるかなわかんねえだろなあ」
つらつら喜びの言葉が連発、チヌが暴れる、クーラーボックスに自分が釣った魚をいれる。はじめてだな。はじめての体験。
「うわ」
明人の竿が曲がっている。
 
 明人がチヌを釣り上げた時こう思った。
「くっそ、チヌは俺だけのほうがなんか嬉しいやんけ」
小さい男だ。
 
「車置いていくからさ、車ないと買い物とかほんと大変だからさ」
元妻理沙のやさしさ、ありがたみ。車がないと孫を実家に連れて行くのも一苦労だ。ここにこうやって車があるおかげで実家に明人を連れていくことができる。車の中ではミッシェルガンエレファントやオアシスはかけない。なぜなら明人が好きではないからだ。で、じゃあ何が聴きたいのだねと昨夜きいたところ、アドだという。なんだよ、アドてのは、ま、よくわからないが、スマホにてアドと名乗る者の音をいれ、今車でかけている。そうかね、昨今の小学校一年生はこういう音楽を聴いているのかね、えらく今風だね。ま、今とは何かはわからないが。兵庫から大阪へ。阪神高速を走る。あのまま大阪に住んでいたら、海とは縁のない生活であっただろう。
「結婚の条件は俺の家の近くに住むこと」
と組長さんに言われ、神戸に住むこととなる。そこには不平しかなかったが、ここにこなければチヌと出会わなかったのも事実だ。ありがとうやくざ。
「これ一回聴いてみて」
「なに」
「ええから」
昨日はじめてスマホで曲を買った。いざやるとわりとすんなりできて、こういう曲もあるのかとあれこれからダウンロードしてしまう。で、ふと思ったのだ。こいつもつぼイノリオさんで笑うんだろうかと。車をコンビニにとめて、キンタの大冒険をかける。明人、大爆笑。ほんと笑う、笑う、笑う。あなたのお母さんもキンタの大冒険を聴いた時大爆笑していたんだよ。明人に五百円を渡す。明人はいつも三十分ぐらい迷って買い物をする。五百円を渡せば三十分の自由時間。スケベな本の表紙のないコンビニだからできることだ。ありがとう最近のコンビニ。理沙がブラックバスを釣った日、このコンビニによった。夜中のコンビニ前、煙草を吸いながら
「ほなら結婚しよ」
といった。なぜかはわからないが、理沙はげらげら笑った。
煙草を吸いながらスマホを触る。煙草を吸いながら国道を眺める。結局人はぼおとしたいのだ。たばこは体に悪いといって電子たばこが売られる。結局ぼおとしてなにかに思いをはせたいのだ。
 
「あのさ、なんかさ、多分やけどさ、あの明人のほんまの父親と結婚するとおもうねんえど、どう思う」
離婚して、失業者になって一発目の電話がそれ、どう思うもすきに生きてくれ。
「でもさ、あるやん、やっぱり」
「そら実の親やねから、本能的に思うところあるんちゃう」
「私のフェイスブック見たんやって、で、コロナがおさまってきたやろうってことでスイカの種飛ばし大会いったんやん」
「ああああ」
スイカの種とばし大会の会長の挨拶をおぼえている。
「このままコロナのせいで伝統行事であるスイカの種飛ばしがなくなっていいのか。私は迷いました。たくさんの方がスイカの種が飛ばせる日を今か今かと待ち望んでくれているなか」
どうしてもスイカの種を飛ばしたいと思っている人間はそないいないと思うぞ。
「ほんでさ、あんたがスイカの種飛ばすとき屁こいて明人が笑っている写真をあげたんよ、ファイスブックに、それを見てんて。で、そっから私が離婚したこともしったらしくて、これから先、明人の面倒を見るのは俺やって思ってんて」
「ふうん、ま、いいっちゃあいいんちゃうん、その人仕事何してるん」
「なんかわからん、なんせ金ある、デペロッパーやって」
デベロッパーは地上げ屋みたいなもんやぞ。
デベロッパーに育てられて大丈夫かと思っていたが、今明人はきんたの大冒険で爆笑する人間になったし、なんかいい感じに成長していると思う。犯罪だけはするな、デベロッパー。

 国道を挟んで向こう側の歩道には選挙のポスターがあって
「いざ改革吉岡忠成」
とある。吉岡君が生きていて活躍してる。それは素晴らしいが、なんでここから出馬するかねえ、おためごかしなあの党は万博とカジノがとても素晴らしいと連呼する。吉岡君はパチンコが先細りしたその先の光はカジノだとおもったのだろうか。多分吉岡君は当選するだろう、そしてそこで思うだろうか。この党は俺以外馬鹿ばっかりやないかと。

「ちょっと今日は暑いのましやね」
と知らないおじさんに話しかけれる。
「なんか今日だけらしいですけどね」
今は外でたばこを吸いながら誰かと話てもそこまでとがめられない。谷中は谷中の思いがあったのだろうと思う。
「吉仲さん、ワクチン打ってないんでしょ、ワクチンも打たんとマスクなしで人と話すって頭おかしいですよ」
そういうことが言えるって自分に自信があるんだろうな。
明人がにこにこしながらやってくる。
「な、大阪でもなんか釣りできる」
「おん、ブラックバスいう魚が釣れる池があるわ、こっからほんま近所」
そうだ、大物を釣るためにはスマホに軍歌をダウンロードしなくてはならない。

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