小説 飛び出せ中村美津子 完結

飛び出せ中村美津子


ハートロッカーという映画は実にいい映画のおかげで盆踊りの準備に行く景気づけになった。明日は元気っ子クラブ前の踊り子公園に六時集合となっているではないか、起きることができなかったらどうしようと、いつもよりも三時間長めに昼寝をして夜通し映画をみて過ごす。やはり少し眠たいが、遅れるよりはいい。裕也君はおばあさんの家に行く予定であったが、おばあさんその日は月に一度の病院での検査ということで、病院よりは盆踊りの準備を観ている方がいいんじゃないかとなり一緒に準備に向かう。夏、早朝、義理の息子と歩く。無言は嫌なので、古今東西閉園した遊園地をしながら。裕也君が
「伏見桃山キャッスルランド」
を言ったところで到着。
元気っ子クラブ一番のりかと思いきや、すでに開いていて、一番のりは彌永さんであった。
「お、おはよう裕也君、頭にタオル巻いて、やる気満々やな」
「ええ」
「今日はよろしくお願いします」
「お願します、まあ、ぼちぼちやらないとね、九時に片付け終わってそっからみんなで打ち上げですからな、飛ばしすぎたら倒れますよ」
「あ」
今まで聞いた裕也君の声で一番大きい声。
「どうしたの」
「まなぶが死んでいる」
水槽を見るとフナが死んでいた。非常に幸先の悪いスタートである。

 元気っ子クラブの父親二十人ほど、自治会方々十人ほど櫓、提灯の設置をスタート。スタートして五分で気が付いた。新参者の入る余地がない。しっかりした大人たちが櫓を立てていく。やることがない。やることがないので、盆踊り実行委員長はヒバサミとゴミ袋を手に、ゴミ拾いをすることにする。幸いとってもとってもゴミがある。ゴミはまだまだあるのだが、三十分もすれば嫌になる。だからというわけではないが、裕也君の様子を見に行く。公園の脇の花壇のところでシャベルで穴を掘る裕也君。フナの墓穴を作るのに三十分もかけるとなると、それはきっと穴を掘るのが楽しくなってきているということだろう。
「めっちゃ掘ったやん、一メーターぐらいあるんちゃうん、そんな小さなスコップで、すごいな」
穴の中に腰までいれて穴を掘っているのである。
「ま、あの、できるだけ深いところでマナブを眠らせたくて、ただ、この鉄をね、これ」
「え」
裕也君がスコップで叩く。カンカンと音がなる。
「え」


午前七時 不発弾発見により盆踊り大会中止
 

明子氏に電話をする。でてくれよ。
「もしもし」
「どうしたん、どんな感じ」
「な、今から嘘みたいなことを言うけど、落ち着いて聞いてや」
「どうしたん」
「あのさ、フナが死んだんよ」
「フナって何」
「フナってのは、魚」
「魚が死んだの」
「そう魚が死んだ、で、あの、そのフナの観察を夏休みの自由研究にしてたんやけど」
「へええ」
「それはそれとして、そのフナを公園の花壇に埋めるってなって裕也君穴をほっていたんやけど、思いのほか深く穴を掘って、といっても自分の腰ぐらいの深さなんやけど、そのさ、その穴から不発弾が発見されて、あの、今、そのみな退避して、つまりその盆踊りは中止になったんよ」
「え、ちょっと言うてることがわからへん」
「あの、不発弾が発見されて盆踊りは中止」「その不発弾って何」
「太平洋戦争時、空襲で投下された爆弾が爆発せずに土の中にあるというやつ」
「え、その穴から爆弾がでてきたってこと」
「そう、だから、申し訳ないんやけど、申し訳ないってことではないというか、その、なにせ、その、中村美津子さんにはその旨伝えてといて」
「裕也は無事なん」
「心配せんといて、無事。爆弾は爆発してない、今尼崎の阪神電車の車庫を写真に撮ってる、うん、今、尼崎なんよ、昼飯たべて帰ると思う、ま、なにせ無事」
なんの返事もない。
「せっかく用意してくれたのに、その、ま、不発弾で中止」
「それって裕也が爆弾を見つけたから盆踊りが中止ってこと」
「そういうこと」
いきなり明子氏号泣。今まで駅等で携帯電話を耳にあてながら泣いている女性をみたことはあるが、それはきっと何か悲しいことがあるのだろう、と思っていた。明子氏はなぜ泣いているのだ。息子が不発弾を発見するというのは悲しいことだろうか。その不発弾が爆発して裕也君が怪我または死亡に至るというなら、そんな電話をうけたら泣くだろうが、そうではない。どうしたというのだ。
「なんで泣いてるん」
「親としてうれしいやんか、息子が爆弾を見つけるって」
そうか、そういうものか。
「やっぱりあの子はそういう男やねん」
不発弾を見つける男、内田裕也、いや現在は吉仲裕也。


 彌永さんとカフェバー中条の前で車を待つ。盆踊りの打ち上げが不発弾撤去の打ち上げに変更。人々がカフェバー中条に集う。不発弾を撤去したのは自衛隊の方々である。不発弾撤去の打ち上げというが我々は避難していただけだ。盆踊りは明日に延期。それでも、収まらないのか興奮しているのか、夕方カフェバー中条で飲みましょうと彌永さんからのライン。で、ここまでで終わっていれば別にカフェバー中条の前で車を待つ必要はないのだ。彌永さんと真夏の排気ガスに包まれなくてもよいのだ。どういうわけかそれでも中村美津子さんが来るというのだ。だからこういうことになっている。明子氏が中止ではあるが、ギャラは払いますのでまたよろしくお願いしますということを事務所に伝えたところ、中村美津子さんがギャラだけもらうのは申し訳ない、せめてできることはないかと言ってきたそうだ。
その旨を彌永さんに伝えると
「前夜祭じゃないですか、やりましょう」
という運びになる。
「それって乾杯トークソングですよ」
てことまで言い出す始末。その昔関西の深夜中村美津子さんが司会をしていた番組である。酒飲んで歌うというそのままの番組であった。ということになり、乾杯トークソングになってもよいかとマスター原に言うと
「ようやくこの店にも中村美津子さんがきてくれるようになりましたね」
とこれまた言い出す始末。おまえ中条きよしが来店するようにカフェバー中条やったんやないのか。ガードレールにもたれる。義理の母親が店からビールをもってきてくれる。
「私も飲みますね」
と言う。裕也君がおでんを食べている。彌永さんの息子さんとなにやら話している。妻はきらびやかではあるが、やるかやられるかのパーティーに参加している。大きく儲けている人間達の集い。
「私立候補します」
と言い出すまでは離婚したくないと思っている。やくざと政治家はいい死に方をしない、それが親父の口癖だったから。今年の盆は裕也君を連れて親父の墓参りがしたい。遠くから明子氏の運転するレクサスが見えた。もうじき親父が好きだった中村美津子がレクサスから飛びだしてくる。



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