Childisc
竹村延和が「子供の視点に基づいた音楽」「アマチュアリズム」などを掲げて完全自主レーベル、Childiscを立ち上げたのが「こどもと魔法」リリース翌年の1998年。彼のファーストアルバムのタイトルが「Child's View」、セカンドアルバムのタイトルが「こどもと魔法」と、彼の永遠のテーマとも言えそうな「こども」をレーベル名にも冠してスタートするわけですが、レーベル一枚目のコンピレーションを聴いて、竹村さんの姿勢や無名の新人達をフックアップするのだという気概みたいなものもここにはぎゅっと詰まっている様にも思え、すぐに大事なレーベルになるなと感じたし、それは間違ってはいなかった。
ファーストリリースのコンピレーションに参加していたスッパマイクロパンチョップ(以下スッパさん)、谷村コオタ(以下コオタさん)が矢継ぎ早にアルバムをリリースする事になるのだけど、どちらの作品からもハッとさせられる瞬間が多々待ち構えており、竹村さんのディレクションもさることながら、音の隅々まで丁寧に、時に大胆な遊び心も孕んだ、ありそうでなかった音楽を耳にしたわたしはそれはそれはわくわくしたものです。テクノやエレクトロニカ、電子音楽辺りが便宜上使われそうな種類の音楽だろうけど、それらからも果敢に逸脱してみせる自由な解釈のなされ方こそがChildiscのレーベルカラーだと思うし、もう既にこの2作品からその辺りは徐々に形成されていた様にも思う。彼等は共に竹村さんに直接音源を手渡し、それを聴いた竹村さんが、これは音源にしなくてはといった使命感みたいなものもあった様に思う。
やはりここからの新人が多いので、レーベルコンピレーションという形でまずは聴いてもらってという流れが確立されていき、コンピは頻繁にリリースされていく事になる。が、竹村さんも発言していたが、コンピレーションはある程度売れるけど、単独作品はなかなか…と苦しい胸の内を吐露していた。そんななか、新人のみではなくダブレストランやTRANSONIC/ZERO GRAVITYからもリリースしていたTAGOMAGOがすずえりと共に組んだときめきサイエンス(アルバム以外にもパリの男女デュオ、Dragibusとのスプリット7インチなども発表)、BOREDOMSや小杉武久らとの共演、Aphex Twinのレーベルからのリリースもある和泉希洋志、ZERO GRAVITYからのリリースでも知られる電子軽音楽家、Arche-Type、佐々木敦のUNKNOWNMIXからリリースするArrow Tour等他レーベルからリリース経験のある人達のカタログも並ぶ事によって、レーベルのバランスも上手く機能/軌道していった様に思う。
一枚目のコンピでその独創的な音色と声に魅了され、7インチ、そしてアルバム「音楽室」(その後Jim O'Rourkeのレーベル、Moikaiからライセンスリリース)を発表したアキツユコは、ここではその声を封印し、インスト作品でアルバムデビューする事になる。作曲家としても稀有な才能を有しているけれど、個人的には声も聴きたかったなという思いが当時あったのだけど、竹村さんが「こどもと魔法」の次の作品となる「ソングブック」において、アキツユコと西山豊乃(Gutevolk)という対極とも言える声の持ち主をヴォーカリストに据える事となる。「ソングブック」リリース前の先行マキシで発表されたアキツユコの歌う「まほうのひろば」には大きな衝撃を受けた。コンピや7インチで披露してきた歌唱法とは全く異なるボーイソプラノの様なという形容もあった、真っ直ぐに歌われるうた。今まで自分が聴いてきた歌とは完全に別物の響き。本人も日本語の歌詞を歌う事の難しさ、気恥ずかしさみたいや部分も当初は抱えていたと発言していた。このマキシには日本語バージョンが収録されているが(これが格別)、「ソングブック」では英語バージョンを聴く事が出来る。
閑話休題。そうやってレーベルに夢中になる流れで、当時作っていたフリーペーパーでAsao Kikuchi(以下アサオさん)、Slowly Minute.(以下スロミニさん)へインタビューさせて頂いたり、スッパさんにはコラムを執筆頂いたり(当時実家住まいだった私の自室に来てもらって)。アサオさんは上京(アサオさんは当時八丈島在住)する度に一緒にロスアプソンへ行ったり新宿の某ノイズ専門店で2人して嫌ーな気持ちにさせられたり、ICCへ行ったり牛すじを食べに行ったりとほんとに仲良くして頂いた。実はセカンドリリース後、制作していたサードアルバムになる予定だったであろう音源(完成形ではないかもしれませんが)の一部を聴かせてもらっていたのですが、それがとても興味深いコンセプトであったのだけれど…。それから多分はてなの記事を読んでだと思うのだけど、谷村コオタさんから連絡を頂いてサードリリース前のデモ音源をわざわざ送って頂けたのも嬉しかった。後にリリースされたサードアルバムはこのデモまんまでは全然なく(!)、だのでそのデモでしか聴けない楽曲を聴けたという喜びも。その中でも特に好きだった楽曲、めちゃめちゃかっこよいのになんで見送られたんだろう…といったフロアライクな、硬質でシャープなリズムトラックなんかも存在していたんです。
キクチアサオさんの2枚のアルバムと3枚の7インチシングルは、知り合い云々は置いておいて特に思い入れのある作品群。八丈島から届けられた音は、そんなのんびりとした空気感を感じ取れる反面、都会的というか無機質な側面も同居したなんとも不思議な雰囲気を湛えていた。元々現代音楽やクラシックなんかに造詣が深いアサオさんが、牧歌的な音楽を作るギャップも面白く、所謂テクノ等は殆ど聴いていなかったみたいだけど、竹村さんの「こどもと魔法」は大好きと発言していた。そんな竹村ライクとも言える流れを汲んだ穏やかなリズムトラックもアサオさんの真骨頂だけど、彼はそこにノイズやミニマリズム、フィールドレコーディングなんかも同列に扱い、リズム/リズムレスなバランスをなんとも絶妙に配置していた。セカンドアルバムリリース前後の時期にフリーペーパーで全曲解説してもらったのだけど、これを読むとより作品を深く理解出来るんですよね。
スッパさんのデビュー盤「目の前にあったよ」は、例えばその頃ケルン等から届く電子音楽との共振性もほんのりと感じ取れたけれど、それ以上に強烈なスッパ節というものはケルン勢を軽く凌駕する歪さとポップさをも内包した、「スッパ」というジャンルをこのファーストで既に確立してしまった感が。が、次のセカンドでは一転なんと超ヴォーカルアルバム、「カエルに会えてよかった」で聴衆の度胆を抜く形に。アキツユコさんの「まほうのひろば」での歌唱にも驚いたけれど、スッパさんもヴォーカリストとしてオリジナル過ぎるスタイルを披露し、もうとにかくオリジナル。どこを切り取っても一枚目二枚目共に超オリジナル。
マツ&タケやイルリメ、ミキロフらと共にスポットライトクルーの一員でもあったヤベミルクのアルバムは、コロコロと表情を変えながらも時折脱線する(しまくる)電子音楽は、どこかレーベルらしいなあといった雰囲気を貫いていて終始にやにやしてしまう。それはナシエさんの描くジャケットも相俟ってますよね。アルバム以外にもヤベさんは12インチを3枚リリースしてますが、これはレーベルオーナーの「フロアでもかけて」という願いが込められていたのかもしれない。「Evening Meal」のナシエさんによる牛画もたまらない。そうそうヤベさんがスポットライトからリリースしていた2本のミックステープはヤベさんのMixcloudで聴けますので是非に。最高過ぎますから。ココとココ。
Slowly Minute.のセカンドアルバム「Tomorrow World'」なんですが、実はわたくしもどこかで参加(?)させてもらってます。このアルバムは後にAdam Pierce主宰のBubble Coreからライセンスリリースもされる訳ですが、彼は概念としてのパンクス的な側面も窺えると思うのだけど、この作品はジャケット同様の世界観を構築してくれている。本人の意思に反して(?)、「カフェミュージック」なんて形容もされていた様な記憶があるのだけど、まあわからなくもないけどなんか微妙な気持ちにも同時になりましたね。
Childiscの作品のアートワークで特にお気に入りなのが、イラストレーターきくちきみえさんが手掛けた一連の作品群。「目の前にあったよ」「S.M.P.E.P.」「オバケ」「音楽室」「サブレとグリルのe.p.」「児童音楽」「Penduram」「Childisc Vol.8」等。特に「児童音楽」に関しては、あまりに好き過ぎて人へのプレゼントに困ったらこれにしていた程(今まで3、4人にあげた記憶が)。しかしこれは12インチサイズで欲しかった。彼女の作品集とか絵本などは存在しないのだろうか?児童音楽のTシャツは買えるみたいだ。
今年2024年、EM RECORDSが放った奇跡の一枚。Childiscから2枚のアルバムを発表していたHYUのアーカイブ集が。このニュースを目にした時本当に興奮させられた。完全な新作ではないけれど、初めて耳にする楽曲は完全なる新作に違いないし、それらからは懐かしのHYU節を堪能できた事がなによりも嬉しかった。「Childisc Vol.1」に収録された彼の楽曲の衝撃もものすごくって、当時各所のクラブでかかりまくったとかそうでなかったとか。こういう奔放なトラックも、ただの一側面に過ぎない事がアルバムを聴くと気付かされる。Childiscのアーティスト達は、楽曲の一部分にノイズ的なものを加味する人が多いなぁという印象ですが、そこはやはり竹村チルドレンゆえのものなのかもしれない(もしかしたら続くかも)。
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