絶対浮気しない男 第12話 一線を超える日
約束の3月15日。体育館裏で聖子と密会したあきら。 聖子にしがみつかれ、あきらの理性は吹っ飛んだ。
ちょっと狭苦しい体育倉庫の中、タオルを敷いて行為に及ぶ。 聖子は積極的で、あきらのリードに身を任せる。 未知の快楽に、二人は我を忘れて没頭した。
事の最中、ふと聖子の表情を見たあきらは驚いた。 彼女は目を閉じ、陶酔しきった表情を浮かべている。 まるで今が人生で最も幸せな瞬間であるかのように。
(こんな顔、今まで見たことない...)
普段は気の強い聖子が、こんなに弱々しく見えるなんて。 その真っ裸な無防備さに、あきらは胸を打たれずにはいられなかった。
そう、聖子は今、心の全てをあきらに預けているのだ。 体だけでなく、魂までも。 あきらはその重みにようやく気づいたのだった。
行為を終えた後も、聖子はしばらくあきらに抱きついていた。 離れがたいというよりも、離れることを恐れているようだった。
「あきら...好き...」
ぽつりと漏らす聖子の言葉に、あきらは黙り込む。
彼は「絶対浮気しない男」を自負していた。 だからこそ、まどかへの告白の返事も先延ばしにしたのだ。 でもそれは本当に正しかったのだろうか。
自分の欲望を満たすために、聖子もまどかも利用しているだけなのではないか?
「俺は最低だ...」
そんな想いがあきらの脳裏をよぎった。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
事後、あきらが身支度を整えようとすると、聖子が引き止めた。
「ちょっと待って。私、あなたのこと本気で好きになっちゃったかも...」
「はぁ!?冗談じゃない」
嫌な予感を覚えた直後、聖子はさらに追い打ちをかけた。
「あなたと付き合いたいの。まどかのことは忘れて」
「無理だ。二股なんてかけられるか」
即答したあきらに、聖子の瞳が潤む。
「私は軽い女じゃない。本気で言ってるの」
「俺だって遊びでやったわけじゃない。でも俺には彼女を選ぶ資格なんてないんだ」
傷心の聖子を残し、あきらは立ち去った。 まさか処女だったとは... そして、俺はクズだ。 「絶対浮気しない」という建前を守るために、二人の想いを踏みにじった。
こんなことなら、最初から聖子を誘惑するんじゃなかった。 いや、そもそもまどかの告白をはぐらかすんじゃなかった。
後悔は尽きないが、もう後戻りはできない。 あきらは自業自得の末路を、ひとりで受け止めるしかないのだった。
廊下を歩きながら、聖子との情事を思い返す。 あのとき、聖子の見せた表情が脳裏によぎる。 真っ赤に火照った頬、うっとりと潤んだ瞳、かすれた吐息。 それは紛れもなく、恋する乙女の顔だった。
(くそ、忘れろ!) あきらは頭を振って、その記憶を払いのける。 忘れようと努めれば努めるほど、聖子の面影がいっそう鮮明になる。
(聖子...ごめん...) 心の中で謝罪の言葉を紡ぐが、愚かにも手遅れだ。 あきらは自分の浅はかさを、身に染みて思い知ったのだった。
一方その頃。 体育倉庫で泣き崩れる聖子を、みさきとゆきこが見つけた。
「聖子、どうしたの!?」 「あきらのヤツ、なにかしたのね!」
二人に事情を説明する聖子。 みさきとゆきこは憤慨し、あきらを許せないと息巻く。
「アイツ絶対許さない!」
「聖子を泣かせるなんて、最低よ!」
激昂する親友たちをなだめる聖子。 でも心の奥底では、言葉にできない悲しみがうずくまっていた。
(あきら...どうして?私じゃダメだったの...?) 初めての経験を、心から愛する人にささげられて幸せだった。 それなのに、捨てられるなんて。
打ちひしがれる聖子を、みさきとゆきこが身体を寄せて慰める。 三人は無言のまま、しばらくその場に座り込んでいた。
春の日差しが、倉庫の隙間から差し込んでくる。 暖かいはずのその光さえ、聖子には冷たく感じられた。
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