【エッセイ】悪の讃歌
私、悪人が大好きなんですよ。
もちろん、法治国家日本に住む一国民として、法に触れるような悪事を是としたり勧奨したりするというわけではありません。犯罪ダメゼッタイ。
しかしそれにも関わらず、フィクションに登場する悪人というものにどうしようもない好意を抱いているのが私であります。
特に昭和の頃のフィクションにおいて、正義の味方という名目のヒーローが大いに活躍してたわけですけれどもね。
けど、誰もが認める正義ってなかなかないわけですよ。みんな「正しい」と思ってることが違ってて、そのせいで互いの正義がバッティングしあって喧々諤々大騒ぎになってるっていうのが世の中じゃないですか。「正義の反対は別な正義」なんて言い回しもだいぶ浸透しましたけれどもね。いきなり作者が思う「正義」を丸のままポンと出しても、なかなか満場一致で「なるほどそれは確かに正義だ」ってなりにくい。
でも、じゃあ、なんで昭和の特撮、仮面ライダーとかあの辺の物語の主人公は掛け値なしの「正義のヒーロー」でいられたんだろう、って。
いろいろ考えた末に私が出した結論は、「絶対的な悪の組織がいたからだ」でした。
昔の特撮とかのフィクションに出てくる悪の組織って、自分たちで悪事をやってることに自覚的なんですよね。ショッカーの歌とかでも自分たちで「人呼んで悪魔のショッカー!」って堂々と歌っているw 「貴様たちの価値観では悪に見えるだろうが我々には我々の事情や正義がある」とか言わないんですよ。我らこそ悪、って言ってるんです。
誰もが認める掛け値なしの正義というのはなかなか無い。けど、わりと誰もが認める悪というのはある。何の罪もない無抵抗の一般市民を大した理由もなく虐殺するとか、まぁそういうのはたいていの場合どんな価値観どんな文化でも悪ですね。
そして、「誰もが認める絶対の悪」と戦いこれを退けることで、「誰もが認める正義」がようやく成立するわけです。
つまり、「正義のヒーロー」が成立したのは、それに先行して「絶対の悪」が存在したからだ、と。
であるなら、自ら率先して、自覚的に「悪」を引き受ける悪人たち、そうした悪人たちの「悪の哲学」こそが、実は大事だったんじゃないかと、昔からずっとそう思ってきたんですよね。
悪事をやってるくせに、それを誤魔化したり言い訳したりするのじゃダメなんですよね。それはむしろ最低の所作であって。
「我こそが悪である」「私は今悪事をやっている」と言ってのけるヤツ。もちろん悪人であり悪事をやっている以上、最終的には正義の側に倒され否定されるわけですし、またそうあるべきなんだけれども、しかしそれでも自ら悪を引き受けるヤツに対して、どうしても嫌いになれない、一抹の敬意みたいなものを感じるんですよね。
実は、我々が平成時代を通して失ってしまった大事なモノの一つに、そういう「悪を引き受ける気概」があったんじゃないかなっていう気もするんです。
シェイクスピア『オセロー』のイアーゴーとかね、主人公カップルを罠にかけて破滅に追いやる最低の悪人なんだけど、しかしどうしても嫌いになれなかった。彼が自身の悪行に自覚的だったからです。
FGOで好きなところはいっぱいあるんですけど、「本編中でどれほどの悪行をやらかした敵側のキャラでも、ガチャで召喚できて自陣営に繰り入れられる」ところがあります。
第1部3章でドレイクが「悪人が善行をなし、善人が悪行をなす事もある。それが人間だ。それがアタシたちだ」と言うセリフもありましたね。
悪はそれが悪であるが故に、最終的には否定されるべきだし正義の手によって裁かれるべきであって。しかし世界からすべての悪がまったくいなくなってしまったとしたら、多分それはそれでものすごく不健全なんだと思う。なぜなら、悪こそが正義を担保するから。「悪」がいない世界では、互いに異なる「正義」同士が無限の殲滅戦をやり続けるしかなくなるから。
それに、FGO第2部みたいに、我々自身がやむを得ず悪の側に立たされちゃうことだってあるかも知れないしね。2部1章ロシアで、初めて異聞帯を攻略した時の、ああ俺たちこそが悪なんだなぁっていう戸惑いの中で、一緒に付き添ってくれた悪人ビリー・ザ・キッドの存在がものすごく頼もしくて嬉しく感じたのを今でも覚えてるんです。
悪人を好きでいられる余地を残してくれてるFGOが、ほんと大好きで。
今、ロシアのウクライナ侵攻をめぐって様々な情報が飛び交っています。
国連安保理でロシア非難決議が提出されたものの、ロシアの拒否権発動で否決……はまぁそうなるしかないとして、一方でインドとUAEが反対に回らず、棄権という形を取ったとのことです。
表舞台で様々なしがらみ、利害関係を持った者は、目の前の明確な不義にさえなかなか否を言う事ができなかったりする。
一方で、ハッカー集団アノニマスはロシアへの攻撃を宣言。
また今朝がたツイッターで知った話ですが、なんと海外違法R18サイト大手のPornHubがロシアからのアクセスをブロックする制裁を発動したとのこと。(2/27注 誤報だったとのことです、後述)
彼らはみな、いかがわしい、違法な存在あるいはグレーゾーンな存在です。決して手放しで褒められる連中ではない。
けれどこういう非常時には、案外、そういういかがわしい連中の方が身軽に、目の前の不義に対して行動を起こせたりもする。
劇場版『アンパンマン』ご覧になったことありますか? 普段は悪さばっかりしているバイキンマンも、本当に状況が危機的になった時にはアンパンマンに協力することもあるし、その助力が突破口になることもある。
善悪はあざなえる縄のごとし。悪は罰されるべき悪いモノですが、悪のいない世界は、きっと脆いのです。
私はだから、悪が大好きなんですよ。
※追記。
Twitter上には、毎日精力的にファクトチェックをしてくれる有り難いアカウントがあるわけですが、上記「PornHubがロシアをブロックした」というのもどうやら誤報であるとのこと。
なんともはや、わりと注意していたつもりでも私もデマに引っかかってるわけで面目ない限りです。情報の見極め難しいね。
お詫びして訂正いたします。
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