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海はいつから星はどこまで②

タバコ休憩が好きだ。会社にいて、タバコを吸っている時間。この時間にもお金が給与されていると思うと味わい深い。今日は金曜日だから朝の掃除があった。それを済ませてこうしてタバコを吸って、さあ仕事だと席に戻ればもう9時過ぎという計算だ。40分ぐらい儲かる。ゆっくりとピースを吸う。

「奥ちゃん、となりいい?」

と上司の上田さんがとなりに座り、天気の話や会社の前の街路樹の話などをとりとめもなくする。

「今週末は久しぶりに天気になりそうだね。」

「そうですね。毎週台風が来てましたもんね。」

「そういえばキャンプはどうだったの?台風の日の釣りは。」

そうだ、続きを書かないと。

魚を捌くのだ。僕が安寧を奪っておきながら絶命させられなかったマゴチを。

正気に戻ろう、戻らなければ。プールからザバザバおん出てふらふらと歩く。雨はまだまだ降っているのできっとこのまま戻っても僕がプールに落ちたとは誰も思うまい。ざんざかざんざか歩く。なんでこんなにも簡単な道を間違えたのか僕にもわからないので許してほしい。

あの灯だ。そこまで歩いていくとちゃんとテントがポツンとあって、佐藤さんと小林さんと宮本がいて安心した。案の定みんなずぶ濡れだ。ちょっと道に迷っていました、アハハ。クーラーボックスを開ける。魚のにおいが強くなっている。小林さんから出刃包丁とまな板を借りる。紙皿とキッチンペーパーはどうやって持ったら雨に濡れないだろうか。雨の中を炊事場まで戻る。

シンクと蛇口が2つある台所には簡素なトタンの屋根が設えてあり照明も下がっていて過不足なく仕事が出来そうだ。雨もここならうるさいだけだ。トタン、トタン、トタン。魚をまな板に置いて、ケータイをまな板の向こうに置いて「マゴチ 捌き方」で検索してYouTubeの釣り番組を再生する。家で見ていたときにはまさか自分がこれを見ながら魚をどうこうするとは思っていなかった。

思うに、覚悟が僕には全然足りなかった。釣りを見るのは好きだ。海に針を垂らすのも好きだ。釣れるとも思わずに面白半分でしていて、かくしてまだ若くて将来のある魚の命を奪って、そのあとで途方にくれた。

マゴチは夫婦仲の良い魚だと知られていて、一匹釣ったらそのつがいがもう一匹釣れると言われている。海の底で仲睦まじく寄り添って虫や小魚などを食べていたのだ。彼らは。僕が彼らの生活を奪ったのだ。釣れるなんて思っていなかったのだ。最低の言い訳だが。釣れたら楽しいだろうなぁと思って漠然と針を垂らしていたのだ。

小林さんの指を刺した鰭はもう縮んで折り畳まっていた。それを指で伸ばして付け根からごりごりと出刃を入れる。鰭の根本は皮の下から伸びていて硬い。テントにキッチンバサミを取りに行くと火熾しが済んでいて、宮本がついて来てくれた。

戻ってハサミで鰭を切り取り、包丁に持ち替えてエラの棘を外す。鱗を包丁で剥がすがヌメヌメと滑ってやりにくい。シンクに置いて水をかけながら掴んで包丁でこする。鱗の下の皮もザラザラとしているので剥がしたところを掴むと持ちやすい。

鱗をずっととっていると、宮本が、

「もううろこは、それくらいでいいんじゃない?」

と躊躇いがちに後ろから言うので無言でまな板に魚を戻す。いよいよこの肉に刃を入れなければいけない。首に切れ目を入れて頭を引っ張って頭ごと内臓を抜き取って、背骨の両側に沿って骨ごと切り込み背骨を取って、何回もYouTubeで見たことにこんなにも躊躇してしまう。

体に手を置いて首に包丁を当ててグッと引く。引いたり押したりしていくと硬いものにあたって止まる。首の骨だ。包丁の背を手のひらで叩く。ぺちんと情けない音がして首は硬い。いい加減観念しなければならない。これ以上失礼をしてはいけない。てのひらの底の肉の厚い部分でグッと押すと、ゴリっとして刃がまな板まで届いた。魚を裏返しにすると腹がわは白い。頰の皮を切って頭を引っ張り、内臓を抜く。これは除けておいてあとでアラにする。尻尾の付け根の血抜きした時の横向きの傷跡から今度は縦に切先を入れる。刃を進めるとあばらがごりごりと折れていく感触が何度も律動的にする。背骨を挟んで反対側も同じように切り裂く。背骨もだが、腹の皮が固くてそこだけ切り直す。半身づつになった身を開く。あばらを巻き込んだ腹の肉を切り取るともうだいぶ小さくなってしまっていた。宮本は焚き火にくべる薪を割りに行った。これが刺身になるのか。手を嗅ぐと鉄くさい。小さくなった身の端っこに切れ目を入れて、そこから皮に沿って包丁を進めていく。皮がくしゃくしゃととれる。身だけになった頼りない肉をさらに小さく小口に分ける。まだまだ釣りのときと同じような魚のにおいがするので、食べてもよいものか心配になり、ひときれ食べる。甘くてコリコリする。おいしい。よかったおいしい。食べれる。ちゃんと食べられる。よかった。

雨にあたったせいか少し水っぽいのでキッチンペーパーで絞るといよいよ「これが刺身か」という姿になってしまった。除けておいた頭から鰓と内臓を取りはずす。こんなにもびっしりと生きようとしていたのかと思い、少しだけ気が遠くなる。肋の巻いている腹の肉と、切り取った背骨と一緒にキッチンペーパーで包む。

(続く)

https://note.mu/zoumusin/n/ne6294ac8d5b2
↑①はこれです

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