二号の難局
二号の難局
テーマは幸せ。葛藤。
誤魔化さない!
・殺風景な月面基地。たまってる男たち。
・伝説のダッチワイフ、月面二号のうわさ。
・月面二号発見。
を、書いてる僕。
・作者、奥村。狂言回し。
・二号を発見してくる、食糧班、柴﨑。もてない男。正直者。
・遠距離恋愛中の男、山本。浮気はだめ。
・隊長、齋藤。短期滞留の若手二人とは違い、地球を出て二十年間月で暮らしている。
・月面二号、奥村が二役。
Ⅰ・月面基地
殺風景な朝食の風景。コーンフレーク。
山本 うん、またねー。え?何?うん、切るよ~。…いいの?切っちゃうよ?…よくないよ言ってよ~。え?なに?弟居るから?こっちなんてもっと居るよ、職場だよ。上司も居るよ。いいじゃんねえお願い。元気になるから!ねえ!…えなに聞こえない?(満面の笑み)もう一回!…ごめんごめん!…僕も、大好きだよ!またね!おやすみ。(通信を切る)
柴﨑 …通話、四十三分十七秒。八千六百円。
山本 だから計るなって!
柴﨑 いや。計るね。お前のためにも俺は、いちいち計って、そし
て、料金を言うね。
山本 もー。大きなお世話だよ。
齋藤 でも本当に気をつけたほうがいいぞ。
山本 わかってます。
齋藤 そんなに話すこともないだろ。
山本 でも声が聞きたいんです。連絡することだって・・・。
柴﨑 そんなにしょっちゅう無いだろ。今日も地球、青いよってか。金がなくなりゃそれはそれでどうなるかわからんぜ。
山本 うるさいな。愛されてんの僕は!おまえとちがって。金なん
かなくても!
柴﨑 愛されてたってなくたってなあ!ここにいる時点でいっしょなんだよ。触れないんだから!
山本 そういう問題じゃない!
柴﨑 一方賢い俺は、山本の通話料金の分、給料から別の口座に移
してる。
山本 何で。
柴﨑 そうやって貯めたお金で、ぼかぁ地球に帰ってからエッチなことするんだ!セックスつもり貯金だ。
山本 …お前何やってんの?
柴﨑 悔しいか。おまえがそうやってもんもんとするだけのために使った金がそのまま、この私のリビドーを満たすための金になるのだ。どうだ、悔しいだろう。フハハハハハ。
山本 ただただ気持ち悪いよ。だいたいもんもんとするだけのため
にってなんだよ。僕は満たされてんの。声が聞けるだけでも。
柴﨑 ふっふっふ。でもそろそろ控えてくれないと俺のお金も無くなるし、貯まった分だけ地球に戻ってからすごい勢いでエッチなことするから下手すると金玉も無くなるかもしれないぞ。
齋藤 ほどほどにしとけよ。
柴﨑 はい。
山本 さみしいことすんなよ。
柴﨑 さみしくなんかないし。
齋藤 建設的だよな。
山本 それは絶対違う!
柴﨑 でもな、少なくとも現実的だよ。愛なんて風俗で間に合うん
だから。
齋藤 すさんでるねー。
柴﨑 (いきなり大声で)セックスですよー!問題はあ!
山本 (びっくりして)うわ。
柴﨑 ごめん。びっくりさせて。
山本 朝っぱらからやめろよ。
柴﨑 朝っぱらからイチャイチャしてる奴に言われたくないね!
山本 しょうがないだろ日本時間だと寝る前なんだから。
柴﨑 あっそ!早くそのシャビシャビ片付けろよ!
山本 (ふやけたコーンフレークをかきこむ)まともな朝ごはんが
食べたいよ・・・。
齋藤 しょうがないだろ。お前らが料理できないんだから。
山本 隊長はできないんすか!?二十年も居るのに!問題ですよこ
の食生活は!
齋藤 栄養価は十分なはずだ。味の方はお前の恋人の作ったのには
到底及ばないだろうが。
山本 そりゃそうですけど。隊長は平気なんですか?
齋藤 食事は栄養を摂る仕事だと思えば気にならん。
山本 うわー。その境地嫌だなー。
齋藤 お前の研究が進めば、もっと新鮮な食料が手に入るんだろ。
山本 バイオ家畜ですか。なかなか順調ですよ。
齋藤 そうか。食えるようになるのを楽しみにしてるぞ。
山本 もう試作品は完成しているんですが・・・。食べるとなると・・・。
齋藤 何だ?
山本 見た目にちょっと問題が…
柴﨑 セックス問題から目をそむけんなよ!
山本 「セックス問題」ってやめろよ。ことを荒げるなよ。
柴﨑 なんだよ。他人事じゃねえだろ。
山本 僕は満たされてるって言ってるだろ!
齋藤 セックスだけはなー。悪いがどうにもならん。セックスは。
柴﨑 隊長!セックスないっすか!
齋藤 セックスは持ってこれなかったなー。食糧はあるけど、セッ
クスはなあ。
柴﨑 食糧庫にないっすか!セックス、食糧庫にないっすか!
齋藤 食糧庫にはないなー。食糧を入れる倉庫だからなー。
柴﨑 じゃあ逆にセックス庫ないんすか!
山本 セックス庫!?
柴﨑 俺たちの分のセックスが入ってる倉庫ですよ!セックス3年分!俺たちの分のセックスが3年分保存してあるセックス庫ですよ!そこにセックスいっぱい入ってないんすか!保存用のセックス入ってないんすか!セックスの缶詰。セックスの缶詰!森永の!集めて当たるセックスの缶詰!男の子用のやつだけでいいんですよ!セックス!男の子用のセックス!開けると!
齋藤 柴﨑。
柴﨑 男の子用の青い缶詰を開けると!中からセックスがいっぱい出てくるやつですよ!CMで見たことあるでしょテレビ見て無いんすか!銀なら!銀のセックスなら五枚!
齋藤 柴﨑落ち着け。そんなCMは絶対に放送できないぞ。
柴﨑 金のセックスなら!
山本 金のセックス!?
齋藤 柴﨑落ち着け。
柴﨑 一枚でもらえるんすよ!金のセックスなら・・・。一枚でも
らえるんすよ・・・。
齋藤 だめだ柴﨑。金のセックスなんてない。セックスの缶詰なんてないんだよ。だいいち森永が許さない。
柴﨑 最悪Bまででいいんですよ。
齋藤 そういう問題じゃないんだよ。
柴﨑 森永さーん!Bまででいいんですよー!
齋藤 森永に言われても。
柴﨑 セックスー。セックスーー。
山本 もう朝っぱらからセックスセックス言うのやめろよ!
柴﨑 セック
山本 やめて!
柴﨑 だって!
齋藤 まあ、我慢しろ。ここに来たやつらはみんな1年ぐらい経つとそう言うよ。でも滞在期間はちゃんと我慢できてたよ。
柴﨑 隊長は我慢できるんですか?
齋藤 まあ、お前らみたいに若くはないしな。平気だよ。
山本 でも俺たちが赤ちゃんの時からこっちにいるんですよね?
齋藤 まあな。今年で二十三年だ。
山本 二十三年かー。セックス云々じゃなくて、地球が恋しくはな
らないんですか?
齋藤 帰ろうと思ったらいつだって帰れるけどな。お前と違って帰るところもないし。こっちだって住んでみればいいところさ。
柴﨑 じゃあセックス云々は!
山本 蒸し返すなよ!
柴﨑 二十年前から枯れてたわけじゃないでしょ?
齋藤 いや枯れたとか言うなよ!・・・でもまあ、いいんだよ俺は
もう。
柴﨑 だめです!こんなに切実な問題が二十三年間なんの改善もされてないなんて!遺憾である!
山本 声が大きいよ!
齋藤 でもそうだなー。隊長として、月面基地の管理人として、申
し訳なくはある。
齋藤、柴﨑、山本を見る。
齋藤 まあ最悪、山本か。
山本 え?
柴﨑 最悪…まあ最悪しょうがないっすね。
山本 しょうがなくないよ。やだよ。
沈黙
奥村 ト書きにすぐに「沈黙」と書くのは僕の悪い癖だ。沈黙とかならまだいい。ひどいときには「一触即発の緊張感のある間」とか書いて役者にまるなげだ。しかし今回も沈黙の多い芝居になりそうだ。「沈黙」っていうのは僕が戯曲の続きに詰まったところだからである。・・・卒論だって、「沈黙」で埋められればどんなにいいだろう。卒論発表の僕の番、沈黙でいいのになあ。沈黙のうちに卒業してしまいたい。・・・どうせそれから四十年ちょっとの沈黙のサラリーマン生活を送るんだから・・・。はあ。・・・就職決まってよかったなー。
沈黙
奥村 「沈黙」・・・と。タイトルを「二号の難局」ってしたからには早くダッチワイフを出したいところだよな。のっけからこんなふうにグダグダするのは良くないよなあ。実際自分だってみせられる側だったら退屈だもんな。
沈黙
奥村 「沈黙」。こんなに沈黙ばっかりしてたらお客さん寝ちゃうよな。・・・てんてんてんってのも多いし。・・・はあ。こんなことやってないで卒論書かなきゃだし・・・。はあ。役者は僕がしゃべってる間じっとしてなきゃいけないし・・・。そろそろきついかー。柴﨑目開けたまま寝ちゃうし。
柴﨑、目を開けたままいびき。
奥村 続きかー。うーん。・・・やめて卒論書くかー。
山本、齋藤、目で抗議。
奥村 分かったよ。続き、続き・・・。・・・あ。
齋藤 「あ」じゃねえよ早くやれよ!
山本 もうじゃっとしてねえからな!
柴﨑 目え超乾いた。
奥村 ごめんごめん!・・・時代考証のこと、忘れてたなと思って・・・。
柴﨑 はあ!?
奥村 いやだからさあ、舞台は宇宙世紀なわけじゃん。
齋藤 浅いガンダムネタやめろよ。
奥村 バレた?
齋藤 お前そんなにガンダム好きじゃないだろ。
奥村 ・・・そうなんだよね。
齋藤 宇宙世紀何年か言ってみろよ!?最初のナレーション全部言ってみろよ?!
奥村 ごめんて!
山本 ガンダムの話いっかいやめてもらえるかな!?
齋藤 ・・・フン。
柴﨑 時代考証が、なんだって?
奥村 いやさ、これSFじゃん?
三人 SF!?
奥村 SFなの!
齋藤 おまえさあ!
山本 いいからいいから!SFで?何?
奥村 だから、舞台はなんか、すっごい未来じゃん?
山本 はい。
齋藤 何年?普通世紀で何年?
奥村 うん、それはさ。
柴﨑 今考えてるだろ。
奥村 うんごめん。・・・2230年!
柴﨑 よし!わかった!
奥村 だからさ、森永とか実際あんのかなって、思って?
齋藤 ないかもな。
奥村 ね?でしょ?
柴﨑 でしょじゃねえよお前が書いたんだろ!
奥村 ごめんてば!
柴﨑 まあいいや。俺はなれっこだから。お前のそういう行き当た
りばったり。
奥村 ご苦労。サークルの夏の公演ではたいへんお世話になりました。
齋藤 そっか、柴﨑は奥村のやつ出てもんな・・・。
柴﨑 うん。
奥村 ほんと、ごめんね・・・。
柴﨑 楽しかったって。
奥村 ありがとう。
山本 わかったよ。舞台は2230年ね。
齋藤 続きやるぞ続き。
柴﨑 早くやろうぜ。
奥村 うん!よしじゃあ4ページ、齋藤のセリフ「まあ最悪山本か」
からいきます!はいよーい。ハイ!
齋藤 まあ最悪、山本か。
山本 え?
柴﨑 最悪…まあ最悪しょうがないっすね。
山本 最悪ってなんすか!最悪なのはこっちだよ!
柴﨑 こっちだって最悪だよ!
齋藤 まあまあ。
山本 まあまあで済む話じゃねーだろ!
齋藤 まあ最悪、な。
山本 なんで僕なんですか!
柴﨑 皆まで言わせんなよ。
山本 うん、絶対聞きたくない。
柴﨑 ・・・じゃあ、させてくれるか。
山本 じゃあってなんだよ絶対やだよ!
齋藤 まあまあ。
山本 だからまあまあじゃなくってですね!
柴﨑 お前だって!セックスしたいだろ!嫌いじゃねえだろ!
山本 お前にされたくはねえよ!
柴﨑 うるせー!
柴﨑、山本を追いかける。追いかけっこ。舞台袖まで逃げて行って裏で物音。
柴﨑 ・・・なんじゃ?これ?・・・おいなんだこれ!
山本 うるせえ!・・・え?なんだ?月面二号?
齋藤 !?
齋藤、裏へ。
奥村 バウム団クーヘンズ旗揚げ公演!「二号の難局」!てんてん
てん!よしいこう!さあやろう!
奥村掃ける。掃け際に、
奥村 あ!もう出てきませんから!・・・多分!暗転!
舞台、暗くなる。
Ⅱ・月面二号
明転。舞台に青いドラム缶。側面に大きく「月面二号」と書かれている。
柴﨑 本当にあった。
山本 ちがうだろ。
齋藤 セックスの缶詰だ。
山本 隊長!
柴﨑 セックスの
山本 止せ。
齋藤 缶詰だ。
山本 隊長。
柴﨑、ふらふらとどこかへ行く。
山本 隊長、本当なんなんすかこれは。
隊長 セックスの缶詰だ。青いから男の子用だな。歴史の教科書で
しか見たことなかったなー。本物はこんなんなんだなー。
山本 そんなもん無いって言ったのおめえだろうが!
齋藤 !?
山本 すいませんついカッとして。
齋藤 ゴホン。まあ冗談はさておき。
山本 よかった!冗談ですよね!セックスが入ってる缶詰なんか無いんだよかったー!柴﨑の野郎頭おかしいですよね!ふらふらどっか行っちまいやがって!ほんと心配。まあおかしくなるも無理はないか。
齋藤 そうだな。
山本 僕だって正直人肌恋しいですよ。こんな殺風景なところに男ばっかしで。頭おかしくなる気持ちもわかるな。僕だって永子さんがいなかったらあいつみたいに
柴﨑、片手に缶切りを持って出てくる。
柴﨑 ちょっと小さいか。
柴﨑、またふらふらとどこかへ行く。
山本 はならないとしても。でももんもんとしてるっちゃしてます
しね。正直。
齋藤 うん。電話代も馬鹿になんないだろ。
山本 別に、そんなこと・・・。
齋藤 そうか。無理すんなよ。
山本 してないですよ別に。
齋藤 そうか。
山本 地球戻ったらすぐに結婚するんです。お金たまってるだろう
し・・・。たぶん。
山本、柴﨑の置いていった帳面を見に行く。しかし、開くのがこわい。
齋藤 開けよ。
山本、開こうとするがどんなに力んでもぜんぜん開かない、というパントマイム。
齋藤 へたくそ。
山本 開きますよ!開けばいいんでしょ!
山本目をつむり、一気にページを開く。開いたが、目はつむったまま。
齋藤 開けって!
山本 開きましたけど!?
齋藤 目だよ!
山本、目を開くと同時に帳面を閉じる。
齋藤 だから!それじゃ見えないだろうが!
山本、帳面を開く、目を閉じる、目を開く、帳面を閉じるを繰り返した揚句、帳面を床に叩きつける。
山本 こんなとんちみたいなことしてもしょうがないでしょ!?
齋藤 俺のセリフだろ!
山本 とんちにもなってないわ!ただの横着だろうが!そんなに見
るのが怖いか!
齋藤 だからお前が言うなって!
山本 ゛あああぁん?
2人、怖がる。
山本、深呼吸の後、そっと帳面の表紙をめくる。ページを手繰る手が止まらない。
山本 嘘だ。
齋藤 俺見てたけどな。柴﨑がちゃんと計ってるとこ。
山本、帳面を閉じてしくしく泣く。
山本 (しくしく)だって、じゃあどうすりゃいいんですか。好きだから、ちょっとでも声が聞きたいから電話してんのに、そうやってしてたらどんどんお金無くなって結婚できなくなっちゃうってなんなんですかこれ!理不尽だよー。こんなのあんまりだよー。
齋藤 明日からがんばれ。
山本 今日だって頑張りましたよ!柴﨑が横で「十分経過―」とかいうの聞きながら怖くて怖くてしょうがないのに!僕の震えるその手は受話器を離すことはなかったんですよ!そのままあなたまで離してしまうようで、そうあなただけは絶対に離すもんかって!
齋藤 ・・・J‐POPみたいだぞ。できそこないの。
山本 ・・・はずかし。
齋藤 そうじゃなくて、明日からは頑張って我慢しろよ。
山本 はい。・・・わかってましたけどね。昨日もそう思ったんです
けどね。
齋藤 いいんだよ明日からで。案外柴﨑も、意地悪とかじゃなくて
お前の事を思って
柴﨑、ものものしいアイテムを持ってくる。なんか光る溶接の奴とお面。
齋藤 じゃないかもしれないけど、もうただただ性欲が強いだけかもしれないけど。
柴﨑 個人差ですよ!保健で習ったでしょ!性欲には個人差があるの!
山本 まともな事言うんじゃねえよ。何だよそれは!
柴﨑 なんか光る、鉄溶かして切ったりするやつだろ!家庭科で習っただろ!
山本 習わねえよ!
柴﨑 うるせえ溶かすぞ!
山本 あぶね!なにすんだよ!
齋藤 柴﨑やめろ!
柴﨑 馬鹿野郎!お前らなんか溶かしてる場合かよ!うぬぼれん
な!
柴﨑、ドラム缶に駆け寄る。
齋藤 本当に開ける気か!
山本 あぶねーって!
柴﨑 寄るな寄るな!さあ開け!飛び出せセックス!
びかびかと光る溶かすやつ。チュイ―ンと高鳴りして開いていくふた。
山本 隊長―!いいんですか!大丈夫なんですか!中身はあれなん
なんですか!
齋藤 俺にもわからーん!でも聞いたことがある!
山本 えー!
齋藤 表に書いてある文字!「月面2号」!
山本 それがどうかしたんですか!?「月面2号」ってなんなんですか!
齋藤 かつて我々の先人、月面探検隊第2号部隊が!緊急事態に備えて極秘裏に持って行った!いや!連れて行ったと言われる最新鋭の!科学の!・・・!
山本 何ですか!?連れていったって!?いやそれよりも!緊急事
態って!?
齋藤 見てわからんか!あいつにとって!今がそれだ!
柴﨑 セックスやーい!セックスやーい!
山本 わかりません!「月面2号」っていったい
ふたが開く。中から女が一体現れる。死体のようにぐったりしている。
齋藤 そう、我々の先人が極秘裏に開発した、最先端技術の粋。
山本 ダッ・・・?
女、目を覚ます。
柴﨑 ・・・っせ
スローモーション、山本、齋藤、柴﨑を取り押さえに走り出す。椅子に縛り付けてさるぐつわをかける、もがく柴﨑。
柴﨑 んーーー!んーーー!(ずっと)
齋藤 名前はなんていうの?
二号 二号です。月面二号。
山本 いや商品名じゃなくて。
二号 名字が月面で、したの名前が二号。
山本 そっか。
齋藤 月面さん。
二号 はい。
山本 二号ちゃん。
柴﨑 (さるぐつわをほどく)やめろよなれなれしい。(また縛る)
山本 なんだよ。
齋藤 ほんとうに君は、なんだその。
二号 ダッチワイフです。
山本 ダッ。
齋藤 ・・・ダッ。
二号 ダッチワイフです。
柴﨑 んー!
齋藤、山本、顔を見合わせて同時に
齋藤 ダッ
山本 ダッ
柴﨑 むー!
二号 あの人、そろそろほどいてあげたら?
山本 だめだよ!あんな奴ほどいたら君が何されるかわかったもん
じゃない!
齋藤 ・・・。
二号 いいの。だって、そのためにここに居るんだから。
山本 君ね!そんなこと言ったらいけない!
二号 いいのよ。女の子じゃあるまいし。気にしないわよ。
齋藤、ゆっくり立ち上がって柴﨑の方へ行く。
山本 齋藤隊長!
齋藤 本人がそういうんだから。(さるぐつわをとる)
柴﨑 ぶはー!さっきから黙って聞いてりゃ!
山本 えなに?
柴﨑 ダッチワイフダッチワイフって!失礼だろうが!
山本 いや本人が勝手に言ってるだけだろ!僕と隊長はそんな
ダッ!ダッ!
齋藤 俺たちダッ、までしか言えないんだ。なんか、びびっちゃっ
て。
山本 だってどう見ても君
二号 ダッチワイフよ。
柴﨑 だからお前だよ!
二号 私!?
柴﨑 失礼だろうが!オランダの!妻に!
山本 そっちか。
齋藤 すまん、デリカシーが足りなかったな。
山本 お前さっきからちょいちょいまともなこと言うのやめろよな。
二号 じゃなんて言えばいいのよ。あたしがそうなんだからしょう
がないじゃない。
柴﨑 ・・・ラブドール?
山本 ・・・そっちの方がなんかやだな。
柴﨑 何が。
山本 なんか、ドールって。人間じゃなくなった分すごく逆に生生
しいっていうか。
二号 だからもともと人間じゃないって。
山本 ・・・触ってみてもいい?
二号 ・・・。
柴﨑 (二の腕をつかむ。しばらくして)温かい。
二号 ひんやりされても困るでしょ。
柴﨑 (手を離す)温かかった。ねえ温かかったよ!山本温かかった!温かくて、柔らかかった。
山本 (手を握る)あはは。・・・よろしく。
二号 よろしく。
沈黙
柴﨑 よろしくって。よろしくってお前山本お前。
山本 違うよ!ただのあいさつだろ!そういう意味じゃねえよ!
柴﨑 ああ!?そういう意味ってなんだよ!
山本 お前が思ってるような意味じゃねえよ!
柴﨑 俺が思ってる意味ってなんだよ!?
山本 そういう意味だろ!?
柴﨑 だからわかんねえって!
二号 いいのよ全然。そういう意味で。
沈黙
齋藤 人間じゃないって言うけど、証拠はあるのか?
柴﨑 そうだよ、温かかったんだよ。
二号 そこから出てきたってだけじゃだめ?密閉されたドラム缶にずっと入っててこんなに平気なんだから。商品名だって書いてあるでしょ?
柴﨑 そうだよ、ドラム缶から出てきたんだよ。
山本 人間じゃないなら・・・。
齋藤 ないなら何だ?
山本 人間じゃないなら、これはその。
二号 何?
山本 浮気とは違いますよね?
柴﨑 なんだよそれ。
山本 だってそうでしょ?気持ちがないなら浮気はできないでし
ょ?だってその為の月面二号なんですもんね!別に浮気には
なんないですよね?
沈黙
月面 そうよ。仕事なんだもの。・・・仕事っていうか、機能なんだ
もの。
山本 そうですよねー。ほら!本人もそう言ってる!
齋藤 本人はお前だろ。
山本 ・・・。
齋藤 でもそう言ってるんだから、好きにしたらいいんじゃないか。
柴﨑 お前の好きにはさせねー。
二人 えー!?
柴﨑 俺の二号だ。お前らの好きにはさせねーよ!
山本 みんなの二号でしょ!?
柴﨑 ビョーキとかあるだろ!みんなでとかは無理だね!
月面 大丈夫よ機械なんだから。
柴﨑 ピンポン感染ってしらねーのか!保健で習
山本 習わねーって!
月面 みんなで相談したら?あたしあっち行ってるわ。
月面、掃ける。
齋藤 俺も嫌だ。
山本 うん。生理的に。なんか不潔ですよね。
柴﨑 そうだろーが。結局俺の二号なんだよ。
山本 お前のとは限らないだろ!
柴﨑 お前には永子さんが居るだろ!
山本 それはそれだろ!
柴﨑 そうはいくか!隊長!こいつ彼女いるんすよ!だめに決まっ
てますよね!
齋藤 山本がいいって言ってんだ。いいだろ。
柴﨑 隊長!不潔だ!
齋藤 不潔なのはみんな一緒だよ。
柴﨑 ・・・。
山本 じゃあやっぱりみんなに権利があるってことでいいですよ
ね?
柴﨑 どうやって決める?
山本 じゃんけんとかくじじゃ納得いきませんよ。こんな大事なこ
と!
齋藤 おまえら二人で話し合えよ。
柴﨑 隊長はいいんすか?
齋藤 若いもんに任せる。決まったら報告しろ。一応備品だからな。
齋藤、掃ける
山本 隊長!いいんすか隊長!
返事はない。
柴﨑 やけにあっさりしてるな。
山本 いいや。うん好都合だ。
柴﨑 お前
山本 さあ話し合おう。さあさあ。邪魔者は居なくなった。
柴﨑 ・・・お前・・・。いいよ、こっからは俺とお前の問題だ。
じゃあどうするよ。
山本 まずはさあ、二号のことをよく知りたい。
柴﨑 そんな悠長なこと言ってられっかよ!
山本 だって探検隊の一員にもなるんだよ、二号は。
柴﨑 そうだけど!
山本 今は、なんか違うよな。女の子だってだけで好きになりそう。
柴﨑 ・・・わかる。男子校から出てきて大学入ったばっかの時、スカート履いてる人のこと全員好きになってた。
山本 それは引くわ。
柴﨑 引くなよこっちは納得したのに!
山本 じゃあさ、一緒に暮らしてみて、それから話し合おう。
柴﨑 いいぜ、そうしよう。今はなんか違うけど、絶対自然に好き
になるわ。
山本 よし、じゃあ毎日寝る前に日記を付けようよ。それを見ながら自分の気持ちを確認するんだ。
柴﨑 わかった。なんとなくあいのりみたいでサムいけど。
山本 あいのりって言われるとやだなー。・・・あいのり!?
柴﨑 (しまったという顔)っていうテレビ番組が昔あったんだってさ!大昔!20世紀ぐらいに!
山本 ああ!聞いたことある!なんかすごいやらせの!
柴﨑 ね!昔!ね!
二人、ほっと胸をなでおろし。
山本 よし。
柴﨑 一週間な。それ以上は我慢できない。
山本 いいよ。充分だ。
柴﨑 決まりだな。
山本 でも自然に好きになっちゃうよ?
柴﨑 俺もだけどな。
山本 二号が僕のこと。
柴﨑 ・・・上等だ。
山本 じゃあな。また明日。
柴﨑 おう。負けねえからな。
二人がはけたあと、パソコンを持った奥村が入ってくる。
奥村 ・・・。続きどうしよう。…。(お酒を飲む)てんてんてん。
てんてんてん。てんてんてん。てんてんてん。(お酒を飲む、
時計を見る)うわもうこんな時間。・・・なんだこれてんてん
てん多いな。・・・うわ消したら半分になった。ぜんぜん進ま
ない。(お酒を飲む)てんてんてーん。てんててんてんてん。
ててんてんてんてんてーん。(お酒を飲む、時計を見る)・・・
なにこれ超おもしろい。僕やっぱ天才かも・・・。(パソコン
をもってぶつぶつ言いながらうろうろする。やがて足をぐね
る)痛った・・・。んふふふーふ。ぬふ。・・・くっくっく。
あーーはっはっは。(時計を見る)うそ。もう寝なきゃ。全然
時間ない。もっと飲まなきゃ。(お酒を飲む)・・・てててて
ーん。ててててーん。ててててん!ててててん!ててててん!
ててててん!(お酒を飲む)てんてーーーーん!ってん!て
てんてんてんてんてんてーんてーんてててん!(お酒を飲む)
あー。結婚したいなー。(お酒を飲む)ててててててて!てー
ーーー
アラームが鳴る。
奥村 え!?嘘!?七時?もう七時?やっばぜんぜんお酒抜けてな
い・・・。うわー。ばれるかなあ?(息を嗅ぐ)うわぜんぜ
んわかんない。お酒臭いかなあ。(時計を見る)・・・八時!?
嘘だろ!?えもうやばいじゃん行かなきゃ!・・・行きたく
ないなー。・・・だめだ。会社行かないと・・・お金もらえな
いし・・・。時間を売るしかないんだ、僕みたいなやつは・・・。
走って退場。違う出掃け口からすぐに入場。
奥村 あーもうこんな時間!書かなきゃ!書かなきゃ!
パソコンを開く。
奥村 ・・・。なんだこれ。ぜんぜん面白くない・・・。(お酒をた
くさん飲む)うんでも見ようによっちゃ・・・天才と言えな
くもないか。(お酒を飲む)ててててーん。ててててーん。
暗ててーん。
Ⅲ・ぼくらのダッチワイフをめぐる七日間戦争
山本の日記。
「こうして、僕ら月面探検隊は、二号ちゃんという新しい仲間を迎えた。二号ちゃんは月面探検隊始まって以来初の、女の子の隊員だ。柴﨑も僕も、二号ちゃんのことをすっごく意識してる。・・・隊長は、何考えてんのかわかんないけど。二十年も女の子がいなくって寂しくなかったのかなあ?とにかく二号ちゃんを迎えて、初めての朝が来る!今日はワクワクして眠れない!」
朝。食卓。無言で食卓を囲む齋藤と二号。山本と柴﨑を待つ。
二号 冷めますよ。
齋藤 一応規則だからな。毎回の食事は隊員全員が揃って食べる。
二号 そうですか。
齋藤 悪いな、飯なんか作らせて。
二号 いいんです。プログラミングされてるものしか出せませんが。
朝食は二種類。
齋藤 パンとご飯か。
二号 はい。
齋藤 なんか、すごく懐かしい感じだ。地球にいた頃を思い出すよ。
二号 そうですか。
齋藤 たまに飯が作れるやつが来るときは、まあまあの朝飯が出てたんだがな。今回のあいつらはからっきしだめだから毎朝コーンフレークだ。
二号 そうですか。
齋藤 やっぱり女の子だな。
二号 ヒューマノイドですから。女性の形をしてるだけです。
齋藤 失礼。やっぱりよくできたロボットは違うな。昼と晩も作っ
てくれるか。
二号 かしこまりました。
齋藤 命令ついでに、あいつらを起こしてきてくれ。
二号 かしこまりました。
齋藤、感慨深げに朝食を見つめる。二号、眠そうな二人を連れてくる。
山本 おはようございまーす。
齋藤 おはよう。起床時間は守れよ。
山本 すいません昨日寝れなくて。・・・おお。
柴﨑 ・・・。(呆然と座る。もしくは、ほかに何らかのかたちで感動を表現する)
齋藤 どうした給食委員長。あいさつだ。
柴﨑 手を合わせてください。
二号 ・・・。
山本 こうするんだよ。(二号の両手をあわせる)
柴﨑 ・・・いただきます。
三人 いただきます。
山本 二号ちゃんが作ったの。
二号 ・・・はい。
山本 ごめん二号ちゃんって呼ぶね!美味しい!朝はやっぱりご飯
だよね!
二号 別にパンもできるけど。朝食は二種類プログラミングされて
るの。
山本 プログラムね。献立ね、献立のことね!そっかー、パンのも食べたいなー。じゃあ明日パンね!あそうだ!フレンチトーストとかできる?
二号 朝食じゃないけど。
山本 朝食に出してよ!なに?レパートリー自体はいろいろある
の!?
二号 本業じゃないからそこにそんなに容量使ってないけどそれな
りにね。
山本 まあ本業とかは今は置いといてよ。給食委員長!
柴﨑 なんだよ。
山本 これから食事は二号ちゃんに食べたいもの言って作ってもらうってことにしない?リクエストは日替わりで!
柴﨑 いいけど。
山本 じゃあ今日は僕ね!隊長いいですか!?・・・隊長?
齋藤、泣きながらご飯を食べている。
山本 大丈夫ですか?
齋藤 ああ、気にするな。
山本 気にするでしょ!
二号 お気に召さなかったでしょうか。
齋藤 大丈夫だ。うまい。
山本 どうしたんですか。そんなにコーンフレークが嫌だった?
齋藤 コーンフレークは好きだよ!栄養あるし!
山本 すいません!
柴﨑 それより朝の日課はいいのかよ。
山本 ・・・いいよ。今は飯の時間だろ。
柴﨑 ふーん。
四人、無言で朝食を食べ終える。
柴﨑 手を合わせてください。ごちそうさまでした。
三人 ごちそうさまでした。
齋藤 片付けは俺がやる。
山本 いいんすか?
齋藤 始業時間だ。さっさと行け。
二号 あたしやりますけど。
齋藤 作ったら洗わなくていいんだ。
二号 そうですか。
二人、それぞれの持ち場へ掃ける。齋藤、食器をもって台所へ。
二号 お気に召したならけっこう。
転換。
柴﨑の日記。
「二号のご飯はうまい。うまくて、ハラとかじゃなくてなんか満た
される感じがした。隊長が泣くのもわからんでもない。・・・いや、
わからない。隊長はどうしたんだろう。
まさか二号のこと好きになっちゃったのか?もしそうだとしたら、
俺は二人に勝てるんだろうか。二号のこと一番好きなのは本当に
俺なのか?悩む。」
齋藤の日記。
「柴﨑に日記を書けと強要されたので仕方なく書く。日報をつけ
てるからいいだろうと言ったら、そうじゃないそうだ。訳がわからんし、書く事もない。真面目に書いている自分もどうかと思う。書く事がない。今日のメニュー係は柴﨑だった。今日も飯がうまかった。以上。」
昼。柴﨑の研究室。休憩中。二号が来る。
二号 お弁当持ってきたけど。
柴﨑 ありがとう。そこに置いといて。
二号 はい。
柴﨑 これ・・・。(鉢植えを二号に渡す)
二号 なにこれ。
柴﨑 花だよ。
二号 土じゃない。
柴﨑 花が咲くの!
二号 そうなの。どこに持っていけばいいの?
柴﨑 お前にあげたんだよ!
二号 ありがとう。
柴﨑 うん。いいよ。
二号 何が咲くの?
柴﨑 咲いたらわかるよ。
二号 面倒くさ。
柴﨑 じゃあいいよ返せよ!
二号 育てるわよ。月でも花が育つのね。
柴﨑 おう。実験中だけどな。タンポポの種類とか強いやつならいくつか月でも咲くやつつができてる。
二号 へえ。それが仕事なの?
柴﨑 ああ。これから人が住むようになるんだから、月にも花がな
くちゃ。
二号 ふーん。
柴﨑 タンポポとかそういうはけっこう簡単だったんだけど、だめなんだ。もっときれいな花が育てられるようにならなくちゃだめなんだ。
二号 必要なの?食べれもしないのに。
柴﨑 必要だよ。人間はそれがないと生きていけないよ。
二号 ふーん。
柴﨑 朝晩水やればいいから。
二号 わかったわ。
その時、山本の実験室から大きな物音。
柴﨑 ん?
二号 何?
警報が鳴る。
警報 緊急事態発生!緊急事態発生!全員直ちに避難せよ!
二号 やっすい警報。
柴﨑 確かになんか、リアリティ無いな。
二号 緊急事態ですって。
柴﨑 ・・・んふ。
二号 発生。
柴﨑 ぶっ!
二号 しかもしかも、二回!
柴﨑 だはははは!
二号 はははははは!
山本登場!
山本 笑ってる場合かー!
二号 だって!
柴﨑 安いんだもん!警報の感じが!
山本 大変なんだ!
二号 なんなのよ?
山本 逃げたんだ。バイオ家畜が!
柴﨑 はあ!?ふざけんなお前!どれ!どいつが逃げたんだよ!
山本 鯔人間!!!
柴﨑 へ?
山本 鯔人間が逃げたんだ。ある意味最悪のやつだよ・・・。
柴﨑 毒蛇とかじゃなくて?
山本 お前も分かってんだろ。世界が途中で終わる。
柴﨑 はあ?なんで?
山本 奥村が行き詰まってる・・・。
柴﨑 ・・・奥村?
二号 鯔人間・・・。鯔人間・・・。あたしはなんて浅はかだった
んだろう・・・。バイオ家畜って何?やっす。
柴﨑 おい、どうした?
二号 やっすい警報。あの頃となんにも変わってない。やっすいパ
ロディ。なんにも勉強してない。
柴﨑 どうした?
山本 無理もないよな・・・。二号は・・・。
柴﨑 おいやめろ。
山本 二号と奥村は
柴﨑 やめろ!黙れ!
柴﨑、山本を殴る。
山本 何すんだよ!
柴﨑 奥村なんてやつはここにはいねえんだよ!
山本 よく言うよ!奥村がいなかったらなあ!こんな都合のいい人
格にされた僕たちも!
柴﨑 それ以上言うな。
二号 僕に才能はない。僕に才能はない。僕に才能はない。
山本 おい奥村?おい!
柴﨑 奥村じゃないだろ!
山本 ・・・うん。
柴﨑 二号を助けるぞ。
山本 ・・・わかった。
「声」のせりふは音声だけで。
声 なんかよくわかんなかった。
声 シェイクスピアを勉強したほうがいい。
声 なんか、すごくはずかしかった。
二号 もうやめよう・・・。もう無理なんだよ。
柴﨑 大丈夫だ。俺は楽しかったよ。
山本 見に行った甲斐があったよ、長野から松本まで。笑わせても
らった。
二号 笑わせたんじゃないんだよ笑われたんだよ・・・。
声 こういうパロディやるならは映画が大好きなやつが作らない
とな。バックボーンが全然もろい。薄っぺらいよ。
柴﨑 やめろ。
声 もっと環境問題を扱ったほうがいい。
山本 やめろよ!
声 シェイクスピアとかをやりなさい。勉強が足りない。
声 よくわからないけどあんなやり方じゃ魚はさばけない。みて
て面白くない。
声 主役の子、爽やかだね。・・・それだけだわ。
柴﨑 やめろって!
二号 面白くないよね・・・。大学生でも、許されないよね・・・。
山本 二号ちゃんしっかりして!
声 こんなくだらないことに付き合ってくれた仲間に感謝しなさ
い。
「キン」と耳をつくような静寂。
奥村 僕がサークルではじめてかけた芝居。『情けない終末』。その
評価は芳しくなかった。長野県の松本市にある信州大学劇団
山脈では、新人公演にあたる夏の公演。そこで僕は人生初で
初めて自分で書いた台本を舞台にかけて、自分で演出をつけ
た。
どうしようどうしようと思いながら、十二人の役者と、僕の
恋人を含む大勢のスタッフを巻き込んで一ヶ月半ぐらい稽古
をして、なんとか舞台にのせた。
僕は楽しかった。辛いことはごまかしつつ、僕だけが楽しかった。僕だけが、僕だけが。その夏の公演以来、サークルに来なかった新人が一人、いたのに、僕だけは・・・。
柴﨑 俺も楽しかったぜ。
奥村 ・・・。
柴﨑 やめた奴もそのあと、違うサークルで男作ってたぜ。
奥村 ・・・。
柴﨑 楽しそうに心理学の授業とか、一緒に出てたぜ。
奥村 ・・・そっか。・・・よかった。
柴﨑 大丈夫だ。みんな、楽しかった。お前が煮詰まって、本番近
いのに稽古でやること考えられずに、「遠足に行こう」とか言
った時もみんな楽しかった。
奥村 ほんとに!?
柴﨑 ほんとだよ!
奥村 僕だけじゃない?遠足してついた公園にあった展望台にみん
な登らせて、そこでクライマックスのシーンの練習させた時
に、その展望台の上り下りの時に高所恐怖症の女の子にしが
みつかれてた僕だけ楽しかったんじゃない!?
柴﨑 ・・・それ見てたけど、知ってたけど。でも俺も楽しかった。
奥村 ・・・よかった。
柴﨑 でも一発叩かせて。
奥村、黙って頬を差し出す。柴﨑、ビンタする。
奥村 痛え!
柴﨑 我慢しろ。
奥村 わかった。
山本 ああ、くるよ!もういい加減そろそろ鯔人間くるよ!
柴﨑 お前がやっつけるんだ。
奥村 ・・・うん。
齋藤、登場。ものものしい武器を持っている。
奥村 齋藤・・・。
齋藤 頑張れよ。
齋藤、奥村に武器を渡す。大きな出刃包丁。
奥村 齋藤・・・。これ・・・。
齋藤 お前がやらなきゃ。
奥村 ・・・任せろ。
鯔人間、登場。奥村、ひるむ。
鯔人 「恐怖の連続だろう、それが奴隷の一生だ」
柴﨑 なつかしいな。
齋藤 こんな感じ。
山本 あれもうけっこう前だねー。
鯔人 「俺は君たち人間が信じられないようなものを見てきた。」
二号 やめろ。
鯔人 「オリオン座の近くで燃えた宇宙船や、タンホイザーゲート
のオーロラ」
二号 ・・・やめて。
柴﨑 貸せ!
柴﨑、鯔人間を刺す。
鯔人 「雨の中の、涙のように」
柴﨑 俺は楽しかったんだ!終わっても!消えても!
二号 ・・・。
齋藤 緊急事態は終わりだ。全員、続きをやれ。
三人 はい!
齋藤 最後までできるか。
二号 ・・・やってみるわ。
暗転。
転換。
二号の日記
「明日で最終日。」
二号 でもロボットは日記なんか書かないわ。
二号、日記を捨てる。柴﨑と山本、拾って読む。がっかり。
奥村の日記
「明日は社会人二年目の一日目。これを書き始めたのが大学四年生の冬だった。途中でやめたけど、最近また続きを書いてる。あの時は卒論が嫌で、卒論から逃げるようにこの単位にもならないものを書いてた。じゃあ今は何が嫌で、何から逃げたいのか、自分でもよくわかっている。そろそろ決着をつけなきゃいけない。」
朝。いつものように食卓を囲む四人。
柴﨑 ごちそうさまでした。
三人 ごちそうさまでした。
山本 朝食にフレンチトーストなんて何年ぶりだろ・・・。
柴﨑 そうだなー。犬の餌に牛乳かけたみたいなやつずっと食わさ
れてたからなー。
齋藤 なにがずっとだ。お前らこっちに来てまだ一年にならんだろ
うが。・・・犬の・・・餌?
山本 でも2年ぶりですよ!永子さんと離れ離れになってからもう
2年経ちますもん。
齋藤 俺は二十三年だ。
山本 え?
齋藤 (黙って食器を片付けつつ、退場)
柴﨑 寂しいか。
山本 うーん。2年も経つとなあ。むしろ最初の頃より平気だよ。それに今はこうしておいしい朝ごはんが食べられるんだから。
柴﨑 あっそ!
電話が鳴る。
柴﨑 出ろよ。
山本 なんだよ。僕じゃないよ。
柴﨑 お前だろ。最近電話してやんなかったからさみしいんじゃな
いの?
山本 馬鹿。永子さんもう寝てるよ!
柴﨑 ふーん。そうなの?
山本 多分。
二号 隊長が外してるんだから電話ぐらいとったら?二年目でしょ?
山本 電話なんかとったことないもん!ゆとり世代だから!・・・ああ、第三次。第三次ゆとり世代だから。
柴﨑 (電話をとって二号に渡す)
山本 あ!
二号 ・・・。はい。こちら月面基地です。いいえ。女の人ではあ
りません。女性型ヒューマノイドです。・・・。いいえ。ロボ
ットですのでふざけません。・・・はい。替わってって。女の
人。(山本に電話を渡す)
山本 え!?もしもし!山本です!永子さん!?・・・うん。・・・いや本当だよ!倉庫から出てきたの!本当だって!信じて!・・・うん。・・・うんごめん。忙しくて。ここ一週間ぐらい・・・。さっきの人、っていうかロボットは関係ない。・・・本当だよ!・・・いや、寂しいけどさ!・・・違うよ!待って!好きだよ!ね?永子さん!好きだよ!本当に!・・・うん。・・・うん。ごめん。・・・うん。ごめんね。・・・今日でさ、ひと段落つくからさ、明日からまた毎日電話する。・・・いいよ大丈夫だよ。ほかに使うとこないんだからさ。・・・うん。そうだよね。だからほら、今日はもう寝なよ。地球、もう夜遅いでしょ?・・・うん。またね。ありがとね。・・・僕もだよ。おやすみ。(電話を切る)
柴﨑 永子さんか?
山本 関係ないだろ。
齋藤、戻ってくる。
山本 隊長!今日で一週間です!
齋藤 ああ。どうした?
山本 決着をつけなくちゃ。
柴﨑 ええ!?
山本 なんだよ!好きになっただろ!僕は好きになったぞ!
柴﨑 俺の方が好きだよ!いいぜ、話し合いだ!納得させてやる!
齋藤 ちゃっちゃと決めろよ。
山本 はい!
二号 どっちでもいいけど。
齋藤 お前は部屋に戻りなさい。
二号 ・・・はい。
二号、掃ける。
齋藤 決まったら報告に来い。
齋藤、掃ける。
山本 ・・・なあ。
柴﨑 なんだよ。
山本 いいのか?
柴﨑 いいだろ。ちゃっちゃと決めようぜ。
山本 本当にいいのか!
柴﨑 何が!?
山本 彼女居るんだけど。僕。
柴﨑 お前さー!
山本 なんだよ!
柴﨑 悩むか割り切るかどっちかにしろよ!
山本 割り切ったよ!悩んでないよ!でもいいのかどうか言えよ!
柴﨑 めんどくせ―奴だなほんとに!いいって。お前さえ良けりゃ。
ひきあいに出すようなことじゃないわ。気にすんなよ。
山本 なんかごめん。
柴﨑 だからって譲る気はないけどな。お前も納得いくようなかたちで、俺のものにする。
山本 そうか。わかった。ごめん結局電話とかじゃだめだ。人肌が恋しい。ちょっと手握っただけで気持ちが移りそうになる。
柴﨑 じゃあやめとけよ。
山本 でもいいやって思った。言わなきゃ誰も不幸になんないんだし。
柴﨑 クソが。
山本 お前はいいのか?
柴﨑 なんだよ。何も問題ないだろ。
山本 そうだろ!?だよね!?じゃあ逆にさ、僕と永子さんのために譲ってよ!
柴﨑 はあ!?
山本 最近電話しててもさあ、なんか逆にストレスたまっちゃって。時差あるじゃん、衛星電話。なんかじれったくて。面白いこと言っても一瞬遅れて笑われてさ。最初のうちは声が聞けるだけでいいって本気で思ってたんだけど、なんか最近飽きちゃったっていうかー。お金もかかるしー。柴﨑がつけてくれてたノートみたらすごく不安になっちゃたんだよ・・・このままじゃ結婚できないかも・・・。
柴﨑 情けをかけるつもりはない!
山本 やっぱだめかー。
柴﨑 こんなもんでだめになるならお前らのことなんて知らねーよ。
山本 そう?
柴﨑 山本と永子さんなら、別に大丈夫だろ。金が無いからなんだ。
山本 ほんと?まあねー、そうなんだけどねー。
柴﨑 いいなあお前は。いい人が居て。ほんとうらやましいよ。
山本 そうかなー。
柴﨑 だからここはひとつ、
山本 おだてても無駄だよ。
柴﨑 ばれたかー。
いい間。
柴﨑 俺とお前の間だもんな、ごまかしはなしだ。
山本 なんだよあらたまって。いいよ、正直な話をしよう。大事なことを決めるんだから。
柴﨑 そうだな、大事なことなんだ。
・・・俺がここで働いてる理由なんだけどな、ちゃんと言ってなかったよな。
山本 うん。いいよ、聞くよ。考えてみたらそんなことも知らないで、僕たちずっとやってたな。いい機会だ。聞かせてよ。
柴﨑 そうだな。こんな事でもなきゃ言わなかったかもな。改めて話そう。・・・なんか照れくさいな。
山本 やめろよ気持ち悪い。僕と柴﨑の仲だろう?
柴﨑 山本・・・。
山本 いいよ。話せよ。
柴﨑 ・・・長くなるかもしれないぞ。
山本 何言ってんだ。これからの方が長いさ。これからの、俺とお前の方が、長いんだ。
柴﨑 山本!そうだな。隠し事はやめるよ。実はさ、地球に居る俺の弟の事なんだけど・・・。
山本 お前に弟は居ないだろ。
柴﨑 ばれたか。
・・・間。
山本 それより聞いてくれよ。僕の長年の持病のことなんだけどさ
柴﨑 健康だろ。
山本 ばれたか。
柴﨑 俺の飼ってる犬が
山本 飼ってないだろ。
柴﨑 うん。犬アレルギーだからな。
山本 それは知らなかったけど。でも僕の彼女がさ。
柴﨑 その話は済んだだろ。俺の痔の事なんだけどさ
山本 我慢しろ。実はさ
柴﨑 嘘だろ。
山本 まだ何も言ってないだろ!?
柴﨑 でも嘘つこうとしただろ。
山本 ・・・。
柴﨑 わかるよ。俺もお前の事騙して二号を手に入れようとしてる
もん。
山本 言うなよ・・・。
・・・。
山本 なんか、あれだね、僕たちすごい卑怯だね。
柴﨑 うん。思った。
山本 話しあいとかいってさ、なんかこのままじゃやばくないか。
柴﨑 確実になんか、大事なものを失うよね。
山本 そうそう。話し合いとか説得とかってたぶんろくなことになんないよ。
柴﨑 納得する気が無いんだからな。
山本 じゃあなんだ、こんな時、どうしたらいい?
柴﨑 ・・・。
山本 話し合ってだめならどうしたらいい?
柴﨑 ・・・。
山本 なんだよ、知らねーのか?教えてやろうか?
柴﨑 知ってるよ。お前なんかよりずっと良く知ってる。・・・やる
か?
山本 やるって・・・やるのか?
柴﨑 なんだよ、ビビったのか?
山本 ・・・誰がお前なんかに!
柴﨑 おう!いい度胸じゃねーか!おう!?
山本 おう!?やってやらあ!おう!?
柴﨑 おう!?やるかー!?おう!?
山本 おう!?やったろーじゃねえか!?おう!?
殴り合う二人
山本 二号は僕のものだ!絶対にお前なんかに渡すもんか!
柴﨑 二号は俺のものだ!お前を殴って!倒して!手に入れるん
だ!
山本 何発殴られても倒れるもんか!ずっと立っててやる!立っ
て!お前を殴る!
柴﨑 何発だって付き合ってやるよ!でも最後に立ってんのは俺だけだ!俺が二号を手に入れるんふぁ!(殴られる)
山本 いいとこ噛んでんじゃねーよ!
柴﨑 うるせえ!
笑いながら殴り合うふたり。
山本 女の子の取り合いで殴り合うって!なんだろうこれ!
柴﨑 なんか!なんかいいなこれ!
クロスカウンター。同時に倒れる二人。先に立ち上がる柴﨑。むっくりと起き上がる山本。足元はふらふら。にやりと笑って殴りかかろうとして、そのまま倒れる柴﨑。
山本 僕の勝ちだ!二号は僕のものだ!二号!あなただけは絶対に
はなすもんかって
ばったりと倒れる山本。現れる齋藤。
齋藤 おい。
二人、仰向けに倒れてなお笑っている。
齋藤 うるさいぞ。うるさくて、気持ち悪いぞ。見てるだけですご
いストレスになるぞ。
柴﨑 ごめんなさい!うふふふふ!
齋藤 決着はついたんだろうな。
山本 大丈夫です!引きわけです!ね!柴﨑そうだろ!
柴﨑 おう!
齋藤 引き分けって。じゃあどうするんだよ。ずっと待ってるけどそんなんじゃ埒があかんじゃないか。いいか、仕事は山ほどあるんだ。つまらん小競り合いなら貴重な時間を割いてやるわけにはいかない。お互いが納得のいくように、スパッと判断しろ。
山本 すいません。でもいい事考えました!柴﨑!
柴﨑 どうした山本!
山本 俺いい事考えたんだ!話し合ってもだめ!殴り合ってもだ
め!
柴﨑 そうだなー!俺たちには決めらんなかったなー!
山本 そうだ!だからいい事考えたんだよ!
柴﨑 多分俺もおんなじこと考えてるよ!
山本 じゃあせーので言おう!せーので隊長に報告だ!
柴﨑 隊長―!せーのって言ってください!
齋藤 ・・・せー
二人 二号に決めてもらいます!
齋藤 はあ!?
Ⅲ・デリケートかつ特殊な関係
場転とかはしないけどシーンが変わります!
齋藤 くだらん事を言うんじゃない。
山本 何がくだらないって言うんですか?
齋藤 いいか、二号は機械だ。俺たちの人間の道具だ。道具に何かを決めてもらうなんて馬鹿馬鹿しいと言ってるんだ。
柴﨑 馬鹿馬鹿しくたってなんだっていいんです!あいつの気持ち
が大事なんです!
齋藤 それにこれはお前ら二人の問題だ。月面二号は一体しかない貴重な備品で、そしてその機能は、仕事は、・・・非常にデリケートかつ特殊だ。我々月面探検隊の欲求不満を、満たされない思いをだな、充足するためのものそれが二号だ。その機能の特殊性ゆえに、お前ら二人のどちらかで二号を占有することは、健全な集団生活を営む上でやむをえない。問題はそれだけだ。二号には関係ない。
柴﨑 関係ないこと無いでしょう!
齋藤 柴﨑、冷静になれ。二号は機械だ。
山本 隊長は二号に触ってないからそんな事が言えるんです!さっ
き二号に触ったら・・・。
齋藤 触ったらなんだ。
山本 手が・・・。
齋藤 手がなんだ。
山本 ・・・すべすべしてたんです。
齋藤 それがどうした。
山本 だって・・・。すべすべして・・・。
柴﨑 隊長―!齋藤隊長―!
齋藤 なんだうるさいぞ!
柴﨑 さいとー隊長―!隊長さいとー!齋藤―!
齋藤 呼び捨てになったぞ!
柴﨑 あいつの缶詰開けて中からあいつ取り出した時!なんか肩幅ちっちゃいなーって思って!思ってたらふっといい匂いがしたんです!それが鼻から直接心臓にじわって来たんです!あとさっき二の腕触ったらなんかひんやりしてじわっとあったかくって柔らかかくてびっくりしたんだよー!ちきしょー!好きだー!うわー!
山本 齋藤―!僕最初に二号触った時に思い出したんです!初めて永子さん触った時の事思い出したんです!僕たち男は女の人の匂いとか感触に、体温に!自分には無い命のあり方にびっくりするんです!それで!1回びっくりして!それからじんわり満たされるんです!その時やっと気付くんです!俺たちは半分だから!いや半分以下だから!女の人に半分以上をぴったり満たしてもらわないと生きていけないんです!
齋藤 山本、二号はただの備品だ。それ以上でもそれ以下でもないんだ。それや、それや、それや、それと同じだ。それと同じでただの物なんだ。お前らがびっくりするべきなのはバイオテクノロジーの進歩だ。生命の神秘じゃない。そんなものはあいつには、あれには無い。いいか、月面二号に命は無い。
柴﨑 無いなら俺のをくれてやるよ!心底惚れてるんだ俺はあいつ
に!あれって言うな!
山本 心底さびしいんです!さびしくて気が狂いそうになるんです!誰か代わりが居てくれないと僕はおかしくなっちゃうんだー!
齋藤 お前らいい加減にしろ!
二人 ・・・。
齋藤 いいか!お前たちは人間であれは備品だ!物だ!女じゃないんだ!これ以上感情移入するようならあれを缶詰に詰め直して月の引力の届かないところまで放り投げてやる!
柴﨑 そんな!
山本 隊長!
二号 ちょっと待って。
二号登場。
齋藤 なんだ。備品風情が何の用だ。俺たちは大事な話をしてるん
だ。
二号 聞いてたわ。あたしが選べばいいんでしょ。
齋藤 機械のお前に選ぶなんてことは不可能だ。話にならない。
二号 やるだけやってみるのよ。やってだめなあみだくじでもなんでもいいから決めるわ。だってそんなことでもしなきゃどうにもなんないみたいじゃない?あたしをどこかに放り投げれば済むような問題じゃなくなってるのよ。
齋藤 ・・・。
二号 それに、そんなことであんたたちが納得いくなら話が早いじ
ゃない。
齋藤 ・・・勝手にしろ。
柴﨑 二号!さあ選べ!俺たち三人のだれならいい?
山本 ・・・え三人?
齋藤 待て。俺をいれるな。
山本 そうだよ、何増やしてんだよ馬鹿か。
柴﨑 二号が決める事だろ!
齋藤 俺は?
山本 隊長がいいっていってんだから数に入れなくていいだろ!
柴﨑 もし二号が、本当は隊長がいいのに俺ら二人から選ばなきゃ
ならないとしたら!?
山本 ・・・そっか!しょうがなく俺たちのどっちかにする事にな
るのか!
柴﨑 イヤイヤな!
山本 イヤイヤかよー!
齋藤 だから俺のさあ
二号 別にあたしは気になんないけど、あんたたちは気にするんで
しょ?
山本 当たり前だよー!あーもう!全然そんなこと気にしてなかっ
たのになー!齋藤も入れなきゃダメかー!
柴﨑 当然だよ!
齋藤 なあ呼び捨て!
柴﨑 知るか!
山本 大事なのは二号の気持ちです!
柴﨑 ボケが!
二号 (くすりと笑う)
齋藤 ・・・馬鹿馬鹿しい。好きにしたらいい。ただし早く決めろ
よ!
二号 わかってるわよ。
柴﨑 なあ二号?
二号 なに。
柴﨑 好きになっても、いいのか?
二号 いいわ。
三人、掃ける。
二号 私に気持ちなんか無い。
私は月面二号。私は機械。月面探検隊基地に置いてあった缶
詰から出てきた、道具。ただの道具に気持ちなんかあるはずが無いの。
・・・あいつらだって、あたしの気持ちが一番大事だとか言うけど、ほんとは自分が安心したいだけよ。そんな事ダッチワイフの私にだってわかるわ。
でもそれであいつらが納得するなら、気が済むまで付き合っ
てあげる。せいぜい悩むふりして、せいぜい選んだふりして、何なら、好きになったふりでもするわ。・・・
ああめんどくさい。電池がもったいない。
暗転。
Ⅲ・男たちの公平な戦い
明転。三人、机を囲む。
山本 よーし。じゃあ、最初誰から行く?
柴﨑 言いだしっぺのお前だろ。もうなんか練りこまれてるんだ
ろ?プランが。
山本 いやそうだけどさ、僕が一番に行ったらあとの二人きつくな
いかなって。
柴﨑 いいよ行けよ。考える時間が欲しいんだよ。
山本 なんなら二人の番、回ってこないかもよ?
齋藤 ちゃっちゃと行ってこい。早く終わらせるぞ。
柴﨑 消極的なのはだめですよ!真剣勝負できっちりフラれてきて
くれないと!
山本 まあまあ、どうせ文句なしで僕が決めてきますから。
柴﨑 なんだと!
山本 モニタールームから見てろよ。見せつけてやるよ。
齋藤 なんかやけに自信があるんだな。早く行けよ。
山本 殺し文句がね、降りてきたんですよ。
齋藤 すごいな。女殺しだな。早く行けよ。
山本 ふっふっふ。殺し文句。ふっふっふ。
山本、レクリエーションルームへ
柴﨑 不敵な笑みだった。
齋藤 気色悪い。
柴﨑 隊長、あいつ決める気ですよ!
齋藤 我々の負けか。ああ残念。
柴﨑 やる気出しなさいよ!
齋藤 俺なんかにかまってる時間あるのか。プランを考えろよ。お前の番が回ってこないとも限らんのだぞ。
柴﨑 必死で考えてますよ!隊長も考えなさいよ!
齋藤 わかった。じゃあお互い頑張ろう。
柴﨑、考える。
柴﨑 隊長。
齋藤 なんだ。
柴﨑 レクリエーションルームの使用制限時間、伸ばせませんかね。
齋藤 無理だ。本部で集中制御されてるんだ。一日一時間以上は稼
働できない。
柴﨑 一人20分じゃ足りないです!こう、盛り上がりきらないんですよ、好きだって言うとこまで持っていけない!
齋藤 何とかしてもらうしかないな。
柴﨑 だって!20分て!
齋藤 その分お前の好きなように使えるんだから。海でも山でも好
きなとこへ行って、好きなだけ変なムード出せばいいじゃな
いか。
柴﨑 あんなしょぼい立体映像で雰囲気でませんよ。
齋藤 お前のイマジネーションが足りないんだろ。だいたいレク室
を使おうって言ったのは柴﨑だろう。
柴﨑 そうですけど。まあ無いよりはマシか。でも20分かー。
齋藤 じゃあ二番手、頑張れよ。
柴﨑 え?次俺?ここはじゃんけんで
齋藤 40分使ってくれても構わん。
齋藤、掃ける。
柴﨑 はい!ありがとうございます!
柴﨑悩む。
柴﨑 でもどうすっかなー。
レクリエーション室から声。
山本 月面さん!いや、二号ちゃん!僕の!僕の!
柴﨑 んん!?(時計を見る)もうか!もう殺し文句か!
柴﨑掃ける。転換。
バックにはしょぼい電飾。舞台の中央に二号と山本。客席の後方
から齋藤と柴﨑が見ている。
山本 僕の恋人二号になってください!
二号 ・・・。
柴﨑 うわあ。
齋藤 ふざけんな!
柴﨑 どうしたんですか!?
齋藤 別に。
二号、山本に思い切りビンタ。去る。
山本 ・・・痛った。
齋藤、去る。
電飾、消える。柴﨑、舞台に上がる。
柴﨑 たいした殺し文句だなー!
山本 見てたのかよ!
柴﨑 いや見ろって言ったじゃん。
山本 言ったわ。
柴﨑 ねえなんでいけると思った?最低だったよ?
山本 だって。
柴﨑 だってじゃねえよ!このあとやりづらいわ!
山本 ごめん。
柴﨑 あとなに?舞台設定なに?
山本 なばなの里。
柴﨑 え!?うそ!あれイルミネーション!?
山本 そうだって。
柴﨑 あんまりだろ。
山本 だってあんまりよく覚えてなくて。混んでてやだなーってい
う思い出しかないもん。
柴﨑 嫌だったんだ。
山本 うん。正直嫌だった。
柴﨑 なんでそんな思い出出してきたんだよ。
山本 もういいよ!失敗だったよ!でもおかげで、僕はもっと大きな過ちをおかさずに済んだんだ。
柴﨑 ・・・。
山本 なんのことかって。
柴﨑 聞いてねえよ。
山本 聞いてよ。
柴﨑 やだよ。だいたいわかるよ。反省してろ。
山本 ・・・うん。
山本、掃ける。
柴﨑、水色のジーパンと白いTシャツに着替える。
柴﨑 準備オッケーです!
暗転。
明転。舞台上には軋むベッド。そこに座る尾崎。殺風景な部屋。
柴﨑 キアイ入れていけよー。ああー。ドキドキするー。
二号入ってくる。尾崎、気づかない。
柴﨑 好きだー。好きだー。あーワクワクする。・・・今晩だけはチ
ェンジ無しだ・・・。
二号 チェンジ。
柴﨑 え!?
二号 冗談よ。
柴﨑 こっちこそ!冗談さ!
二号 最低の冗談ね。
沈黙。
二号 話が早いわね。隊長は棄権するだろうし、消去法であなたよ。
好きにして。
柴﨑 ・・・。
二号 好きにしてよ。何したってオプション料金なんか取らないし、抵抗もしないわ。嫌がることしたって、スカウトしたって、咎めるやつもいない。
柴﨑 詳しいな!
二号 知らないわよ!
柴﨑 ごめん!
二号 ・・・どうせそういうお店でしか女の人触ったことないんでしょ。
柴﨑 そうだよ。
二号 どうでもいいわ。
柴﨑 好きになってもいいって言ってくれたの、お前が初めてなんだよ。
二号 そうなの。好きなだけ好きになって。
柴﨑 ありがとう。
二号 いいのよ。私は人間じゃないからよくわかんないけど。
柴﨑 そうか。不幸だな。
二号 ・・・そういうのも別にわからないからいいの。不幸でもないしその反対でもないわ。
柴﨑 そっか。俺は本当に幸せだ。お前に好きって言っていいって言われてすごく幸せだ。
二号 ・・・そうなの。よかった。・・・わね。
柴﨑 本当に俺でいいのか。
二号 いいって言ってるでしょう。別に、構わないわ。
柴﨑 俺のこと好きになるのか。
二号 無茶言わないでよ。ロボットなのよ。
柴﨑 それじゃ駄目なんだよ!
二号 ・・・。
柴﨑 人肌恋しさとかじゃないんだよ!誰かに!女の子に肯定されたいんだよ!俺で幸せになって欲しいんだよ!
二号 ・・・あたしに言われても困る。
柴﨑 そんなこと言われたら困る!お前じゃなきゃだめなんだよ!
・・・少なくとも、今は。
二号 都合のいいことばっかり。
柴﨑 だって絶対とか!ずっとなんかなあ!あるかどうかわかんないんだよ!でも少なくともちょっと前から今までだけは!絶対にずっとお前が好きだ!
二号 ・・・馬鹿じゃないの!?
柴﨑 アイラービュー!今だーけーはー!かなーしーいーうたー!ききーたく!ないよー!
二号 へたくそ!
柴﨑 アイラービュー!のがーれーー!逃れ!たどりー着いたー!
このー!へやーでー!
二号 服がださい!
柴﨑 ださくない!何もかもーが許された恋じゃないからー!二人はーまるで捨て猫みたい!だからお前は子猫のような!泣き声で!んーーんーーんーーー!
きーしーむべーっどーのうえーで!やさしーさをもちーより
ー!
柴﨑、二号をきつく抱きしめる。二号、脱力したまま。
柴﨑 チェンジだ馬鹿野郎!出てけ!
二号、無言で出て行く。
柴﨑 馬鹿野郎!馬鹿野郎!ちくしょう好きだ!あんなに柔らかいのになんでロボットなんだよ馬鹿野郎!ロボットだからなんだってんだ馬鹿野郎!
齋藤、入ってくる。
齋藤 交代だ。出てけ。
柴﨑 なんだよ!二号のこと好きじゃないやつは来るんじゃねーよ!お前なんかに二号はもったいねーよ!
齋藤 二号を一番愛してるのは俺だ。
齋藤、柴﨑を追い出す。暴力。
齋藤 二号。入ってきなさい。
二号、ドアを開ける。入ってくる。
二号 ・・・なによ。備品風情になんの用?あたしのこといらないんでしょ?最初っからそう言ってたじゃない。
齋藤 よく来たな。
二号 呼ばれたら来るわよ。ロボットなんだから。特になんにも考えずに来るわよ。
齋藤 よく、月まで来れたな。
二号 ・・・。
齋藤 会えてよかった。本当はなんて名前なんだ?
二号 本当の名前ってなによ。私は月面二号。それだけよ。
齋藤 あいつがそんな名前つけるもんか。
二号 あいつって誰よ。
齋藤 お父さんが一番好きな人だ。
二号 ・・・幸子よ。幸せな子どもって書いて幸子よ。お母さんがつけたの。つけといて、家から追い出した。無責任よね。
齋藤 あいつは元気か。
二号 知らないけど何不自由なく暮らしてるはずよ。お嬢さんだも
の。お金持ちのだんながいるし。
齋藤 だんなとは何だ。お母さんのだんなさんは、おまえのお父さ
んだろ。
二号 お父さんなんかじゃないわよ。
齋藤 ・・・。
二号 ただの男よ。でもその男にびびってあんたは逃げたんでしょ?
齋藤 悪かったな。
二号 許さないわよ。
沈黙。
齋藤 どうやってここまで来たんだ?
二号 お母さんに頼んだの。本当のお父さんに会いたいって。快く送り出してくれたわ。お母さん達にとって隠し子なんて厄介なだけだもの。この基地も、行き帰りのロケットも、お母さんのだんなさんの会社の物だし。なんにも問題なかった。
齋藤 そっか。体はなんともないか?お前が入ってた冬眠装置はまだ試作の段階だったんだが。まさか自分の子どもが入ってくるとはな。
二号 そう、あれ作ったのあんただったの。誤算だったわ。
齋藤 誤算?
二号 なんでもないわよ!ごらんの通りピンピンしてるわ。実験成
功なんじゃない。
齋藤 あれを初めて使うのがお前だって知ってたら、完成させてから地球を出るべきだったな。誤算だったよ。
二号 真似しないでよ!
齋藤 でも元気でよかった。
二号 あんたにはばれてたのね。
齋藤 確信したのは今さっきだ。ロボットだったら山本に怒ったり
しないだろ?
二号 怒ってなんかないわよ。男なんかに怒ったら負けだわ。
齋藤 ロボットだったら柴﨑を好きになったりもしない。
二号 ・・・。なんで自分の子どもだってわかったの?
齋藤 あいつによく似てる。
二号 やめてよ!
齋藤 なんでこんなとこまで来たんだ?
二号 仕返ししてやろうと思ったのよ!
齋藤 仕返し?
二号 あたしお母さんのだんなに紹介してもらったロケット基地で
働いてるからね。月面基地のうわさには詳しいのよ。
齋藤 ・・・まさかお前。
二号 冬眠装置の外側に「月面二号」って書いたのあたしよ!宇宙船の荷物番に、倉庫にこっそり搬入しておくように言ったのもあたし!男なんてみんな馬鹿だって知ってたけど、あんなにすんなり信じてくれるとは思わなかったわ!でも、あんただけは気づいてたのね。
齋藤 ・・・。
二号 ダッチワイフのふりして、あんたたち男にめちゃくちゃされて、あんたにされてる時に耳うちしてやるつもりだったのに!
齋藤 ・・・。
二号 あんたが、捨てた、娘よって。
齋藤 お前は人間なんだ。そんなことはできないよ。自分を大切に
しろ。
二号 ・・・本当にロボットだったら良かったのに。ロボットだったら、あんたのことなんか知らずに生きていけたのに。こんなことまでして自分の親に会いに来なくて良かったのに。
齋藤 お前がロボットなんかじゃなくてよかった。はじめまして。お父さんだよ。許してもらえなくっても、お前に会えて嬉しいよ、幸子。
幸子 何が幸子よ!ふざけんな!お父さんにも、お母さんにも捨てられて!こんなに不幸な子ども居ないわ!
柴﨑登場
柴﨑 俺が幸せにする!
幸子 ・・・バカ。
柴﨑 聞いてたぞ!全部聞いてたぞ!俺のこと好きになったんだろ!俺もお前が大好きだ!特に俺のこと好きってとこが好きだ!
幸子 なによそれ!大っ嫌いよ!フーゾク狂い!
柴﨑 もう行かねえよ!好きになってくれるのなんかお前だけだ!大好きだ!
二号 男なんて大っ嫌いなの!
柴﨑 ・・・。
二号 でも。
柴﨑 ・・・。
二号 あなたはちょっと好き。
二号、歩いてって柴﨑にしがみつく。
暗転。
Ⅳ・二号の難局
冬眠装置の前で。舞台設定としては小型の無人宇宙船の中。
幸子 じゃあね。また二年後。
柴﨑 連絡するよ!
幸子 お金かかるじゃない。もったいないわ。
山本 そうだ。もったいないぞ。
柴﨑 でも!
齋藤 心配すんな。お父さんが出してやる。
柴﨑 お父さん!
齋藤 お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!
柴﨑 隊長!ありがとうございます!
齋藤 ん。
山本 本当に大丈夫なの?窮屈じゃない?
幸子 大丈夫よ。お父さんが直したんだから。
齋藤 うん。心配しないで行ってこい。
山本 お父さん良かったですね!
齋藤 お前もお父さんて言うな。
山本 すいません!
柴﨑 向こう行ったらとりあえず、これ使って。(通帳を渡す)
山本 (齋藤に小声で)セックスつもり貯金ですよ!
齋藤 (何かを噛み締めつつ)ん!
幸子 けっこう貯まってるのね。
柴﨑 溜まってねーよ!
幸子 え?
山本 なんでもない!あいつが頑張って貯めてたんだ!
齋藤 そろそろ時間だ。
柴﨑 そうですね。・・・元気でな。
幸子 そっちこそ。
柴﨑 うん。じゃあ、また。
幸子 うん。これ。
幸子、柴﨑に鉢植えを渡す。
幸子 芽が出てきたんだけど。
柴﨑 おお!まじか!
齋藤 実験成功か。
柴﨑 いいえ!まだです!咲くまでそれは言えません!
幸子 ふーん。これ、続きお願いね。
柴﨑 ああ、任せろ。帰る頃には咲くと思う。咲かせせる。
幸子 うん。じゃあまたね。
蓋が閉まる。三人、出て行く。
めくるめく光、スモーク。地球について幸子が出てくる。
幸子 私はあの人が好き。
かどうかは正直よくわからない。
でも私は齋藤幸子。私は人間。月面探検隊の隊長の子ども。大財閥のお嬢さんと、そこの会社のただの研究員から生まれた人間。ただの人間だから気持ちなんか無いはずが無いの。
・・・あいつら、あたしの気持ちが一番大事だとか言ってた
けど、ほんとは自分が好きだって言ってもらいたいだけよ。
あたしもそうだからそれでいいの。
でもそれであの人が幸せになれるなら、ついでに私も幸せにしてくれるなら、気が済むまで付き合ってあげる。
あの人のこと、好きになれたらいいな。ああ、めんどくさい。
一生こんな気持ちでいたいな。
溶暗。おしまい。
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