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雑司が谷散人の街道遊歩 0773

日光街道 1日目-09 2019.5.4

日光街道旧道左手に千住宿プチテラス。
地漉紙問屋、横山家の蔵が移築されている。

千住宿プチテラス

千住宿プチテラスの少し先に道標が立つ。
「是より西へ大師道」と刻まれ、西新井大師への道がここから分かれていたことを示す。

大師道道標

千住仲町交差点に、やっちゃ場北詰の案内板。
やっちゃ場の「やっちゃ」とは、問屋のセリの声が「やっちゃいやっちゃい」と聞こえたことによるという。

やっちゃ場跡

千住仲町交差点を過ぎると、千住宿の南に続いた掃部宿。
千住宿は交通量の増加に伴い町域が広がり、元和2年に掃部堤が築かれた後、万治元年に宿の南に掃部宿、河原町、橋戸町が開発され、千住宿の一部に加えられるようになった。

掃部宿

南北に伸びる商店街となっている千住宿。
日光街道、奥州街道の初宿で、慶長2年に宿駅に指定された。
やっちゃ場と呼ばれた青物市場を中心に、近郊から江戸へ運ばれる物資の中継拠点としても機能した。

千住宿

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