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雑司が谷散人の街道遊歩 0660
京街道 3日目-01 2019.1.13
東海道五十七次こと京街道の旅、3日目は枚方宿から。
旧道は枚方公園駅手前を右へ折れると、右手に旧木南家。
屋号は田葉粉屋で、明治期の商家と蔵が並ぶ。
木南氏は楠木正成一族の後裔といわれ、江戸初期からの庄屋と問屋役人。
幕末の頃には金融業も営み、表からは見えないが、広い敷地内には5棟の蔵がある。
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京街道旧道は堤町へ。
右手の家並みのすぐ裏手が淀川の堤。
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京街道旧道沿い、今の堤町は、かつての泥町。
枚方宿を構成した岡、岡新町、三矢、泥町の4ヶ村のうち、最も西に位置する。
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淀川の舟運が物流の主体だった往時、枚方宿はどうしても京方面への旅客に偏る傾向にあり、片宿でもあったという。
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京街道旧道右手に、鍵屋。
江戸期の旅籠であり、特に淀川舟運の活発な頃は、三十石船の船待ち宿として賑わった。
その後は料理旅館となり、平成9年まで営業していた。
京街道に面した主屋は、文化8年築。
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