雑司が谷散人の街道遊歩 0596
東海道 28日目-16 2018.12.5
四ノ宮川を渡ると、右手に見える六角堂は徳林庵。
ここにある山科地蔵は、小野篁による六体の地蔵のひとつ。
後に後白河天皇が6ヶ所の街道筋に分置したもので、山科地蔵は東海道の守護仏。
徳林庵前に、独特の書体で文字が刻まれた道標。
沢村道範による道標で、「南無地蔵尊」「伏見六ぢざう」とある。
沢村道範の道標は、この先の五条別れにもある。
東海道旧道右手の大きな鳥居は、諸羽神社の参道入口。
貞觀4年に清和天皇の命で造営された古社。
山科盆地北東部の山麓にある。
山科区には頭に「安朱」を冠称する町名が多数ある。
山科盆地北方にある安祥寺と、南方を指す朱雀のそれぞれ頭文字を取ったもので、山科盆地の中心一帯を指す地名となったという。
山科駅前を西へ向かう旧三条通りこと、東海道旧道。
ここに東海道線山科駅が開業したのは、新逢坂山トンネル開通による大津〜京都間のルートが付け変わった大正10年のこと。
旧ルートは今の名神高速道路に置き換わり、旧山科駅もここからかなり南へ離れた場所にあった。
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