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雑司が谷散人の街道遊歩 0691
美濃路 1日目-03 2019.3.3
本町通から赤門通を左へ入ると、紙張地蔵。
治したい場所に紙を張り付け、柄杓で水をかけるという。
祠には幾重にも紙を張られて真っ白い石像のようになった地蔵が立つ。
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紙張地蔵の向い側は、大光院。
その西側が大須観音北側の北野新地で、遊郭の置かれた場所。
赤門通は昭和初期の区画整理で開かれた道で、大光院の朱塗りの山門から命名。
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本町通は若宮大通を越えてさらに北へ進むと、広小路通へ。
左手に見える格調ある建物は、昭和元年築の旧名古屋銀行本店。
このあたりは大正から昭和初期の銀行ビル街で、今となっては往時の街並みの面影を伝える唯一の建物。
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札の辻で本町通から伝馬町通に入る美濃路。
周囲は長者町繊維街。
東京日本橋横山町、大阪船場丼池筋と並ぶ三大繊維街のひとつだが、今は閉めている店も多いようだ。
繊維街となったのは戦後で、もとは清洲城下の長者町が移転してきたもの。
![](https://assets.st-note.com/img/1719401296947-EVsTjnPQfX.png?width=1200)
伝馬町通は堀川の伝馬橋へ。
橋は慶長15年の堀川開削時に架けられた「堀川七橋」のひとつ。
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