路傍に映える「空車」「満車」の魅力、数多のデザインに奇跡の一枚も 新たなさんぽ時間の楽しみ方を提案

コインパーキングに燦然と輝く「空車」「満車」の文字。普段気に留めていない文字にもあらゆるこだわりが詰まっている。いつも通るあの道で、旅先の知らない街で。頭の片隅に置いておけば、見える世界も広がるのではないだろうか。

美しい空車との出会い

 対義語について考えていた。白の反対は黒。蛇口の反対は排水口。高層マンションの反対は鰻の寝床。多くのものはある程度それらしい解が出たが、頭を非常に悩ませたのが「空」である。

 空の反対は何だろうか。海か、大地か、はたまた色即是空とあるように、この世に変わらぬものはなく、万物は空であるのだろうか。

 答えが出ないまま、すっかり暗くなった西新宿の路地をぼんやりと歩いていると、薄明かりに浮かぶ、なんとも美しい文字が目に飛び込んできた。雷に打たれたような思いがした。

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 コインパーキングに燦然と輝く「空車」の文字である。生まれてこの方意識して見たことがなかったせいか、この均整の取れた明朝体フォントの空車に深い感動を覚えた。今でも目の奥に焼き付いている光景だ。

 以来、「空車」「満車」に惹かれ、コインパーキングや立体駐車場を通りがかる度、その字体を注視するようになった。

様々な“顔”をもつ空車・満車

 しばらく観察を続けると、空車・満車のフォントには様々な“顔”があることが分かってきた。ここで言う顔というのは、空の場合、主にウ冠が頭、八が目や眉、工が口(脚とも表記する)といったように、車のフロントマスクのようなものだ。

 たかだか駐車スペースの空きがあるかどうかを表すだけの信号だが、字には人の心が映し出される。デザイナーの個性やこだわりがにじみ出るのだ。

 まずは、最もオーソドックスな形といえる、ゴシック体の空車。

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 空車の看板から、周りに映るマンションに至るまで、角ばった印象。ゴシック感のあるロケーションにぴったりと言えるだろう。

 続いて、女子高生が書いたかのような丸字の空車。

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 空もさることながら、車の膨らみが良い。柔和な印象を受ける。看板自体も角が取れているところもポイントが高い。この空車を見つけた時、「中学生の頃、こんなかわいい字体で板書する髭面の先生がいたなあ」としみじみ思い出した。

 次は、シンメトリーの空車。

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 これをデザインした人は、几帳面の完璧主義者だろうと想像できる。そしてこだわりも感じる。よく注意して見てほしい。八の左側がやや丸みを帯びていることがお分かりいただけるだろうか。あえて角の1点をなくすことによって、なだらかなカーブの表現に成功している。

 最後は、費用削減とみるか、こだわりとみるか。いずれの写真も、電球を最小限に済ませるという強い覚悟を感じる。

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 一枚目の満車は、満という字にふさわしくないほどのやせ細り具合。ハネやハライを意地でもしないという省エネ作品だ。よくある満車(下写真)の満ち具合。細い満と見比べると、よりその細さが際立つはずだ。

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 そして、省エネ作品の二枚目がこちらだ。

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 この空車は、いかんせん点の間隔が広い。姉歯建築さながらである。どこまで間引きできるかの挑戦という意味では、とても攻めたデザインと言えるだろう。

電球が切れているレア空車を発見

 空車、満車の楽しみ方は、元々計算されたデザインを見るだけではない。なかなかマメにメンテナンスをできるものでないため、偶然の産物と出会うことがある。

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 電球が切れたがために、ウインクしているようにみえる奇跡の一枚だ。なんだか物悲しい顔にも見えるのは、気のせいだろうか。

 こちらも電球が切れた空車。

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 歯抜けで困っている顔か。あるいは、芝の上を歩く腕長い人にも見える。想像力をかきたてるこちらも不思議な魅力がある。

出会いは一期一会

 約3年間、空車・満車デザインを追い続け、全国各地さまざまな顔と出会ってきた。これまでに写真に収めたものの中から、最も気に入っている個性的な空車を紹介したい。

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 愛知県名古屋駅周辺で見つけた、とにかく味のある顔だ。卑屈そうな顔をしている。線が細く、ケチな雰囲気も感じる。脚が異常に長く身体のバランスがとても歪でまさに芸術。うっすら見える満もアンバランスなにおいがして、見てみたくなる。

 こうした旅先での出会いは一期一会だ。また、名古屋にいかないかぎり、このフォントの満車状態は拝めないだろう。まだまだ出会っていないフォントは数多くあり、楽しみは尽きない。

 この記事で紹介したほかにも、「空」の代わりに「P」となっているコインパーキングや、空、満に加え、「混」を採用しているところがあったり、「開」「閉」なんかもある。

 ふらっと買い物に出かけるときなど、外出時にはお気に入りのフォントを見つけてみてはいかがだろうか。きっとおうち時間の息抜きになるはずだ。

 最後に、記事を読んでくださった皆様へ、巷で縁起が良いとされている「てっぺんがとれた空車」をお届けする。それでは、幸せなさんぽ時間を。

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――空車と満車は表裏一体。「空」の反対は、「満」にほかならないのである。

森田深志

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