見出し画像

動物園で暮らすニホンリスたち

 7月上旬に、今年初めてのニホンリスの出産を確認しました。

 ニホンリスの出産は、通常春が多く、当園でも4月や5月に赤ちゃんが産まれることがほとんどです。しかし、今年はなかなか出産を確認することができず、まだかまだかと心待ちにしていました。
 もしかしたら今年はもう産まれないかも…と思っていた6月10日、展示場でお腹がふっくらしている1頭のメスを発見しました。何日か前の確認時では、お腹が大きいようには見えなかったため、少し油断していました。ニホンリスを長く飼育してきた先輩スタッフから、お腹は急に大きくなるから気を付けて!!と何度も言われていましたが、これほど急にくるとは思っていませんでした。

画像1

※お母さんリス

 早速お母さんリスが安心して出産・子育てに臨めるよう、その日のうちに非展示のお部屋に移動しました。どんな動物も、出産・子育ての時期はいつも以上に繊細です。お母さんリスに刺激を与えてしまわないように、飼育作業はできるだけ静かにそっと…。
 お腹の大きいお母さんリスの姿を見るたびに、頑張って産んでねと心の中で願いました。そうして20日ほどたった7月2日に、巣箱内に3頭の赤ちゃんの姿を確認しました。

画像2

※7月2日の赤ちゃんの様子

 赤ちゃんの姿を確認した時は本当に嬉しく、ホッとしました。お母さんリスも落ち着いて子育てをしてくれているようでした。出巣(巣から出る事)を確認するまでは油断できず不安な毎日でしたが、無事に大きくなってほしいと強く思いました。

 そうして、7月15日には、うっすらと目を開ける赤ちゃんの姿が見えました。小さな歯も少しずつ生えてきて、時々巣箱から外の様子を見ていることもありました。母乳をもらいながら、自分の力で生きていく準備をするように成長していく赤ちゃんの姿を見て、改めて動物の生きる力強さを感じました。

画像3

※開眼した赤ちゃんリス

画像4

※よく見ると小さな歯が見えます

 もしかしたらもっと前に出巣していたかもしれないですが、その姿を確認できたのは8月8日でした。お母さんリスよりひとまわり小さい体で元気に走る姿を見て、元気過ぎて逆に心配になるほどでした。

画像6

 そして、しばらくして3頭の子どもたちがクルミを割っている場面に遭遇しました。
 ニホンリスなら当たり前にできそうなこの“クルミ割り”ですが、実は当園にはクルミを割れないリスが約半数くらいいます。
 彼らの主食であるオニグルミの殻はとっても硬く、簡単に割れるものではありません。ニホンリスは、クルミの殻の割れ目にそってぐるっと一周齧り、2つに割れたところで中の美味しい部分を食べます。この“クルミ割り”は生まれつき出来るわけではなく、お母さんリスや周囲のリスがクルミを割る姿から、クルミの割り方を学習するのです。

画像6

 しかし、例えば幼い時に保護されたリスは、本来クルミの割り方を学習する時期に人の手で育てられたためにクルミ割り方が分からなかったり、またクルミが割れないお母さんの子ども達も、上手に割れないことがあります。

 クルミを主食とするニホンリスにとっては、栄養満点のクルミを食べることも、食べるまでの行動も、本来の暮らしや行動を引き出し、健康に飼育するうえでとても大切です。
 そこで今年から、彼らがクルミを割れるようになるためにクルミ割り練習を始めました。
 使用しているクルミは“菓子くるみ”といい、オニグルミよりずっと柔らかい殻をしています。まず、“クルミは割れるもの”と認識してもらうことが、第一歩になると思っています。
 他にも、熟練おじいちゃんリスと同じ部屋にしてみたりして、個人練習と同時に学習の機会も設けるようにしています。

画像7

※左が「オニグルミ」、右が「菓子くるみ」

 野生では寿命が4~5歳と言われるニホンリスですが、当園では最高齢で10歳まで生きた個体がいます。現在は8歳でも元気な個体がいますが、多くは高齢になるとともに体調を崩しやすくなり、病気を患うことがあります。高齢の動物に対して、病気を早期発見することが、動物に負担をかけない適切なケアに繋がります。

 当園では、令和2年12月より岩手大学獣医学科の学生さんのニホンリスに関する卒業論文の研究協力を行っています。
 ニホンリスなどの小型哺乳動物では、生前に病気を確定診断することが難しいとされています。外傷などの原因を除くと、確定診断に至らない場合も多いのです。小型ゆえに、症状が現れた時には重傷で、治療が間に合わないこともあります。

画像8

 この研究では、当園の飼育個体の尿検査を中心に行い、その結果を血液検査やCT画像と比較したり、亡くなった個体の解剖検査や病理組織検査の結果と比較します。そして、検査値と病態の関連性を考察し、病気の早期発見や生前診断の可能性を広げることを目的としています。また、犬や猫に比べて動物園動物では、設備や技術的な問題でCT検査が実施されることが少なく、今後リス科動物を含む小型哺乳類において病変を特定する手段になり得るかなど、今後の動物園動物の医療の発展に大いに関わる内容です。

画像9

 こちらが実際に尿を採取している写真です。ニホンリスは移動時に壁に向かって尿をするため、彼らの動きを追いながら、飼育係・獣医師・学生さんの6名で尿が採取できる瞬間を待ちました。現時点で、尿を提供してくれるリスに最も負担のない方法です。

画像10

 今回この検査の中で、当園の高齢の個体(8歳のオス)の尿の検査数値に問題があり、腎不全を患っている可能性が考えられました。これまでも、腎不全は当園のニホンリスの死因で多く見られましたが、生前に腎不全を予測できたのは初めてでした。

 病気が特定できれば、適切な治療を行うことが出来ます。腎不全のおじいちゃんリスも一度採餌が落ちたものの、点滴治療の末に回復してくれました。暖かい日は日向ぼっこする姿をよく見かけ、おじいちゃんリスのペースで長生きしてほしいと願っていました。残念ながら8月21日に亡くなりましたが、腎不全の問題を抱えながらも最後まで生き抜いてくれたのではないかと思っています。高齢ながらもいつも治療に協力してくれる動物たちには、感謝してもしきれません。

画像12

※おじいちゃんリス

 動物園だけでは成しえなかったことも、現在は外部機関の力も借り、協力・連携することで、動物のために出来ることが増えています。1頭1頭の命に向き合い、全ての動物が命を全うできるよう、今後もより一層飼育管理技術の向上に努めていきたいと思います。

 また、使用している菓子くるみや体重計、マイクロチップリーダーなどは、全てAmazonほしいものリストで買って頂きました。たくさんのご支援、本当にありがとうございます。そして、動物たちのためにいつもクルミやヒマワリの種、チョウセンゴヨウマツやドングリなど寄付していただきありがとうございます。動物園の動物たちを大切に思ってくださる皆様の思いが、私たち飼育係にとっていつも励みになっています。

画像12

画像13

画像14

 これからも、動物園のニホンリス、そして身近に住んでいる野生のニホンリスたちの暮らしにも思いをはせていただけたらと思います。

ニホンリス担当 河野晴香