炭住(炭鉱住宅)で生まれて育って「ベルという名の犬の友達」

小学生の頃、住んでいた炭鉱の社宅の近所の家に、ベルと言う雑種の雄犬が居たんです。

小学校一年生よりも大きな犬だったんです。

古き良き時代、田舎でもあり自由奔放に放し飼いなんですね。

もちろん首輪は着けてますけど。

集団登校、と言っても集合場所から車が通れない坂道を100メートルも下ると校庭だし、回り近所はみんな知ってる方ばかりで、不審者など存在し得ない環境なので、安全性確保が主体ではなく、上級生は下級生の面倒を見ると言う教育目的だったのだろうと思います。

その集合場所に毎朝ベルは現れたんです。

大きな尻尾を左右にブンブン振りながら、ヘッヘッと言いながら近づいて来ては、ちびっこの僕らのお腹に、ドンと大きな頭を擦り付けてくるんですよ。

とっても嬉しそうにね。

やられる僕らは、相手がデカイので、心して踏ん張らなければ倒されそうになるんですよね。

倒されたら大変で、顔中をでかい舌で舐め回しの刑に処されてしまうんですね。

朝、顔を洗ったばかりなのに。

両手一杯を首に巻き付けて、エイッとヘッドロックしても、口に指を突っ込んでイーっと変顔させても、丸まった尻尾を掴んで伸ばしてみても、背中に乗っかっても、一声も発せずに、嬉しそうに尻尾を振りまくりなんです。

ほんとに嬉しそうにね。

ヘッヘッと言いながら。

そんなベルでも唸り声を発する時があったんです。

僕らの傍に見知らぬ野良犬が現れた時の事。

急にウゥーっと唸り声をあげて、一目散に野良犬目掛けて走りだして、追っ払ってくれたんです。

一度や二度ではなく、何度も助けてくれたんですよ。

今思えば、もしかしたら犬の本性で、縄張りに現れた見知らぬ犬を排除しようとしただけなのかも知れませんね。

でも僕らは、ベルが僕らを守ってくれた、すっげー!って。

そう思ってたし、今もそう信じているんです。

放課後に鍵っ子の私が外で遊んでいる時に、遠くにベルの姿を見つけて名前を呼ぶと、一目散に飛んできて、お腹に頭突きをくらわせるんです。

まともに受けてはたまらないので、直前でかわすのがコツなんです。

ベルも飛び付くと危ない事が分かっているのか、決して飛び付く事はしないんです。

ただひたすら頭突き攻撃なんです。

ガーンではなく、直前にスピードを緩めて、ボスッて感で。

ヘッヘッて、尻尾をブンブンふりながら。

ボスッと頭突きするんです。

僕らが学校の校庭でゴムボールで三角ベースの野球をしてると、勝手に守備に入ってきて、ボールをくわえてぐるぐる走り回るんです。

守備側の友達はカンカンに怒って、ベル、こら!ボール返せと追いかけ回り、攻撃側はその間にベースを駆け回り、だいたいランニングホームランになるんですね(笑)。

そんなベルにも怖いものがあったんです。

雷のゴロゴロと言う音。

ある夏休みの夕方、ベルが私の家にフラッと現れたんですよ。

田舎の家なので勝手口や裏庭の縁側のガラス戸は開けっぱなしなんです。

その勝手口からひょこっと顔を現し、僕を見つけて、いつもの様にヘッヘッと言いながら尻尾を振っていたんです。

母ちゃんベルが来たバイと言って、ベルに来いって言うと、上がり口に座った僕のお腹めがけて、ボスッと来るんですよ。

頭突きがですね。

台所では母が夕飯の支度をしていて、ベル、家の中に上がったらいけんよ!

とか言いながらソーセージか何かを切って、僕にベルにあげなさいと渡してくれるんですね。

そんな時、突然稲光と共に雷がバリバリッと音を立てて鳴り始めたら、もう大変。

尻尾を振って、ヘッヘッとじゃれていたベルが目を剥いて暴れ始めて、家に上がろうと勝手口の上がりに座ってた僕を乗り越えようと飛び乗って来たんです。

ベルだめ!タツル上げるな!!

と母の甲高い声が飛び交う中、身長もあまりかわらないベルに馬乗りにされながら、首輪を両手で持って必死に格闘したんです。

両足でボコボコ下敷きになってる私を蹴りながら、私を乗り越えようとする狂気のベルと。

母親は隣でベル、ダメ!

と言いながらケタケタ笑ってましたね。

10分位格闘した後ですかね、雷が止んだら、ベルもふつーにおとなしくなり、バツが悪いのか、何事もなかったかの様に、尻尾をフリフリさっさと帰って行きました。

僕のTシャツを真っ黒にして、僕の両腕に引っ掻き傷をいっぱい残して。

季節の変わり目になると、毛が生え変わるんですね。

今みたいにトリミングとかしないので、その時期はベルがボスッと体当たりすると、僕らが毛まみれになるんです。

たまったもんじゃ無いんで、ベル、じっとしちょけ!

とか言いながら、みんなで抜け毛を手で抜いてあげてました。

ヘッヘッと言いながら、ベルも気持ち良さそうに大人しくしてましたね。

でも時々、体をブルブルってやるんです。

毛が辺りに舞い散って、僕らはウワーッっていいながら、やっぱり毛まみれになるんですよ。

家の中で飼ってる犬なんて当時は回りに居なかったんで、洗ったりするのも滅多にしなくて、ちょっと臭かったりするんですよ。

でも、子供だったからなのか、あ、ベルお前くせー!

とか言いながら、関係ないんですね。

みんなベルが好きだったからなんでしょうね。

僕が初めて出会った頃のベルは、もう10歳近い年齢だったんですかね。

僕が5年生だったか、もう忘れちゃいましたが、その位の時にベルは亡くなりました。

飼い主のおばちゃんは、手柴さんって言うんですが、僕らはベルのおばちゃんと呼んでたんです。

その、ベルのおばちゃんが、たー坊、ベルが死んだよと教えてくれたんです。

お墓はあそこって。

おばちゃんちの目の前の畑の角に、かまぼこ板にね、ベルの墓ってマジックで書いて立ててあったんです。

僕らは、その辺に咲いてる花、あれはなんだったろう。

マーガレット?...白い花でした。

根っこから抜いて、かまぼこ板の墓標の周りに、植え替えたりしたんです。

しっかり手を合わせて、お祈りをしてね。

その後もベルのおばちゃんちの目の前の畑を通るたんびに、手を合わせて、アーメンやらナンマンダブやら勝手にお祈りを変えて、毎日。

でも、遊びに夢中なくそガキの僕たちは、いつしかベルの事も忘れて、新たな冒険を求めて野山を駆け回っていたんです。

いっちょまえに好きな女の子が出来て、ドキドキしたりして、そっちに夢中になったりしてね。

薄情な奴ですよね。

でも、どこかでフッと思い出す事があるんですね。

もう10年ほど前の夏に北海道の美瑛に住むFBフレンドの方を訪ねた時、その方の愛犬がボスッと人懐っこく頭突きして来た瞬間に、あ、これってどこかで感じたって。

そうして記憶の糸を手繰ったら、ベルだったんです。

その時から既に、40年以上も前の話だったんですけどね..

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