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ワーママ休職の記録①ー休職まで

私はもうすぐ3歳の子供がいる、ワーキングマザー。
今年の3月から、メンタルがやられてしまい、仕事の継続が難しくなり休職中です。

現在、来月から復職の方向で調整中です。

同じ轍を踏まないように、自分自身が休職に至ってしまった経緯と、その後の経過を記録しようと思います。
今回は、休職に至るまでの経緯をまとめようと思います。

不妊治療を経て…

私たち夫婦は、約10年前に結婚しました。
そこから5年ほど、各々修行のように残業や休日出勤当たり前で、あまり待遇の良くない職場で働いてきました。
お互い同じ頃合いに、現在の職場にそれぞれ転職し、経済的にも生活リズム的にも安定しました。
子供をもうけるなら今だな、と思い、妊活を開始。
最初はただ避妊をやめるぐらいの軽い感覚でしたが、なかなか授からず、(この件は色々複雑なので、割愛しますが)3年ほど不妊治療をすることになりました。

コロナ禍の妊娠・出産

妊娠したのはコロナ禍真っ只中。
妊婦健診にパートナーが同席することは自粛を求められ、両親学級は軒並み中止。
自分やお腹の子供を守るためではあったが、この流れのせいで、夫の父親への自覚を育む機会が全て奪われてしまった。
親としての自覚に、大きな格差が生まれてしまい、また、コロナ禍のため出産前後の準備もままならず、私の精神状態は常に不安定でした。
また、私の両親はちょっとクセのある人たちで、こんな時に全く頼りにならず、なぜか母の方が情緒不安定に…
普通の妊婦なら、こんな時一番頼りになってくれるはずの人に一切頼ることができませんでした。
不安な気持ちを助産師さんに打ち明けると、カウンセリングを勧められました。
私が精神科と繋がったのはこの時でした。
大学病院で産むことを決めていたため、同じ病院内の精神科で、妊婦健診と同じ日程で、カウンセリングを重ねていました。
産後、マタニティブルーに陥りましたが、なんとか持ち直し、初めての子育てに邁進しました。
その頃には夫もしっかりと父親としての自覚を持ち出し、子育てへの参加も頑張ってくれました。

産後鬱に

しかし、産後3ヶ月ごろから、育児でとても疲れているはずなのに、常に頭がオーバーヒート状態で眠ることができなくなってしまっていました。
産後鬱でした。
精神科を受診し、すでに断乳をしていたため、依存性の無い睡眠導入剤を処方され、月に1度受診するようになりました。
これが始めての投薬でした。
その後は薬に頼りつつ、子育てを頑張ることができました。
ただ、まだまだコロナ禍で自粛続きのため、同じ月齢くらいのママと交流したりすることはなく、相変わらず実母は頼ることができず、社会から孤立したような感覚がずっとありました。

職場復帰

産後6ヶ月ほどで、年度の変わり目で保育園に受かり、職場復帰をしました。
上司の勧めもあり、在宅勤務メインで仕事を再開。
最初は色んなことを忘れていたりして多少苦労しましたが、元々好きだった仕事だったことと、社会と繋がれたことへの喜びが大きく、その頃はとても楽しく仕事をできました。

一般的に言われる、保育園の洗礼も、私の子は丈夫なのか?
ほとんど熱を出すこともなく、たまにちょっと大きな波がある程度で、突発的に休んだり早退することなく仕事ができました。
この件に関しては、本当に子供に感謝です。

厄介な先輩

復職後、私は元々担当していた案件「A」の補佐的ポジションで働くことがメインとなりました。
勝手のわかるAの仕事をやらせてもらえたことは幸運でした。
ただ、この案件をメインで担当する同じチームの先輩「B」が、少々曲者でした。
感情の起伏が激しく、ストレスを感じたり不満があったりすると、周りの人間に激しい口調で愚痴を言うことで発散するタイプの人でした。
私はこの手のタイプがとても苦手。
言っている本人は愚痴ってスッキリかもしれませんが、私は言われたことを受け流せず心に溜め込んでしまうタイプでした。
Bと関わることで、私自身のストレスが溜まっていきました。

また、Bは階級的にはディレクターポジションなのですが、ディレクションが全然できない人でした。
私は日々Bに振り回されることになりました。
年に二回あるAの仕事の繁忙の時期になるたび、不眠が悪化するようになりました。

転院…

総合病院の精神科が、ドクターの離職などで外来を閉院することになり、私も紹介されたクリニックに転院することに。
そのクリニックは、開院したばかりですぐに予約を取ることができました。
正直、そのクリニックの主治医は最初からちょっと苦手でした。
ですが、精神科はなかなか自分に合うところを探すのは大変と知っていたのと、前の主治医が紹介してくれたこと、薬さえもらえればいい、と思ってしまい、そのまま通うようになりました。

月に一回ほど通い、ストレスがひどい時などは保険適用外のカウンセリングも受けていました。
このカウンセリングは、心理士さんが行うのではなく、看護師さんが行うものでした。
「ん?その話前したよね?」「それは前言っていたアドバイスと違うのでは?」
なんて思う事もありましたが、色んな人を見ているから、そんなこともあるよね…なんて、深く考えないでいました。

厄介な先輩が上司に

それまでの上司が出世して、繰り上がりでBが部署の管理職に昇進しました。
Bは前上司とは考え方が違い、チームの運営をシステマチックに行うようになり、評価基準も180度変わってしまいました。
私は前上司に育ててもらったところがあり、評価基準が大きく変わったことはとても辛かったです。
今まで評価されていた自分の長所が通用しなくなってしまいました。
これまでもBにAの仕事で振り回されたりしても、評価をするのは前上司だったため救われてきましたが、Aの仕事で振り回されて評価もされない状態に陥りました。
そしてBは、管理職になったことと、Bが一人で担当している案件が忙しくなったこともあり、ストレスが最高潮に達したのか、機嫌が悪い時が多くなり、様々な方向に、常に怒りの矛先を向けるようになりました。

引越し、入院

昨年の夏頃から、手狭になった賃貸の家から、もっと大きい家に引っ越そうと考え始めていました。
昨年の秋に、中古マンションを購入、引越しをしました。
子どもの保育園が変わったりはなかったが、生活環境が大きく変わり、予想外にストレスが大きくかかりました。
このタイミングは、Bが上司になったタイミングでもありました。
ストレスは体調に出るようになり、昨年末、体調を壊して入院をしました。
無事年明けには退院しましたが、正直メンタルはボロボロでした。
クリニックでカウンセリングを重ねるようになりました。

Aの仕事が忙しく

退院後、仕事の調子を取り戻してきた頃、Aの仕事が忙しくなりました。
さらに、Bのメチャクチャなディレクション&常にイライラしている状態にかなり疲弊しました。
さらにBは、自分がディレクションしやすくなるために、なるべく出社をするように強要してきました。
他にも担当している仕事はありましたが、どのディレクターともうまく仕事を進めることができていたので、この件に私は不満を感じました。
でも、Bに意見をしても、聞く耳を持ってもらえませんでした。

診断書

この頃、不眠が悪化。クリニックで、初めてもっと強い睡眠導入薬を処方されました。
処方された時は効くけど、またしばらくすると効かなくなるということがずっと続きました。
とうとう、薬を飲んでも一睡もできなくなってしまいました。
医師から仕事を続けながら治療もできるし、休む選択肢もあることを伝えられました。
でも、この時点ではまだ休む勇気がありませんでした。
部署の先輩に相談したり、Bのさらに上の上司(前上司とは別の人)に相談したり、自分なりに行動したりしましたが、なかなか状況を打開することはできませんでした。
ある日クリニックを受診した時、医師の診察前の看護師からのヒアリングの際に、体重を測られました。
約1ヶ月で、4キロほど体重が減っていました。
その後の医師の診察で
「休もっか」
と言われました。
その日、2ヶ月の休職の診断書を書いてもらいました。

※分かりやすくするため、また、身バレ防止のため、フェイクも混ぜています。


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