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「ベオグラードメトロの子供たち」の私的感想

「ベオグラードメトロの子供たち」とはSteamなどダウンロードサイトで購入することができるノベルゲームである。

詳細は公式ホームページを見ていただくとして、これが大変素晴らしい作品だった。

公式ホームページhttp://summertimeinblue.net/CBM/

どんなゲームなのかというと、電撃ONLINEの紹介記事タイトル「持たざるものの劣等感を描く心をえぐる物語」というのが大変的を射ている。

このゲームの魅力について力いっぱい紹介しているので、やるか迷っている人がいたらこちらを読んでみてほしい。

さて、このゲームの魅力を語るときりがないのでゲームの紹介ではなくて、筆者がこのゲームをどう捉えたのかという話をしたいと思う。

筆者がこのゲームに手を出したきっかけは、友人の「ベオグラードメトロの子供たち面白かった」というツイートだった。

「ベオグラード=セルビア=旧ユーゴスラビア=好き」というアイラブユーゴな筆者は、即座に購入してプレイしてしまったわけだ。

バルカン半島を舞台にした日本語作品は少ない。バルカンは大変面倒だからだ。特に旧ユーゴスラビア連邦圏の場合は、生い立ちを書けば必ず、内戦のときどうしていたのか、両親はどの民族なのか、現在どういうスタンスなのかについて言及せざるを得ない。

加えて大変文献資料が少ない。文物風土風俗について調べようと思うとけっこうな苦労をすることになる。

そこらへんのフェティッシュな「アイラブユーゴ」さが作品の随所に出ているのだが、登場人物たちのそういう民族的なセンシティブさは若干ぼかして書かれている。たとえばネデルカはド直球でロマだし、デジャンはおそらくハンガリー系だと思うがはっきりとは語られない。民族問題は重要なファクタではあるが、それだけが主題ではない。

じゃあ主題はなんなのか。公式ホームページにはデカデカとこのゲームを「旧共産趣味電子動画小説」とカテゴライズしている。

「共産趣味」というのは「共産主義」のもじりなのだが、ようは「地上の楽園たる共産主義国の理想」と「貧困と強権政治の現実」との「ギャップ」を愛でるという一般的には極めて悪趣味と言われる性癖である。

ソ連や東ドイツの共産趣味は割りかしメジャーなのだが、ユーゴは内戦がシャレにならないものだったこともあり、「わたし!魔女のキキ!!こっちはおもしろコンテンツのユーゴスラビア!!」とはなかなか言い難い。

「共産趣味」というのはギャップの美学である。ユーゴスラビアは「チトー」という理想と、「民族対立」という現実でバラバラに引き裂かれた今はなき夢の国であり、趣味者にとっては大変興味をそそられるわけである。

さて「セルビア」という国は今でもユーゴ内戦について「俺たちは悪くねえ!!」「ユーゴスラビアは良かった」という夢を引きずり、周りの国からあまりよろしく思われていない。ユーゴスラビア連邦離脱をめぐり、脱退希望のクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナと凄惨な戦争になった原因は、西側プロパガンダもあり主として新ユーゴ=セルビアにあると見られているからだ。セルビアはコソボへの姿勢のせいで現在に至るまでEUに加盟できていない。

言い方が悪いが、「アルコール中毒でDV気質の父親が家族に刃傷沙汰を起こして逮捕されてたのが、最近仮出所で出てきた」、そんな感じでヨーロッパ社会ではセルビアは扱われている。

つまりセルビアという国のありかたは、オスオスしているのだ。たくましく頼られる男の中の男を志向しながら、家族からはパターナリズムを疎ましく思われて一家離散した悲しい昭和のお父さん。

旧ユーゴの首都ベオグラードには楽園の残滓、あるいは酔っぱらいの残した路上のゲロとでも言うような落とし物がたくさん残っている。

タイトルにもある「ベオグラードメトロ」もそんな朝日に煌めく路上のゲロの一つである。現実にはベオグラード市内に地下鉄はない。ゲーム内では完成前に打ち捨てられた巨大な廃墟として存在している。そこは「負け犬」を受け入れるアジールであるとともに、「能力者」たちがオスらしさを競い合う最強オス筋肉バトルの会場にもなっている。

対置するように「ゴールデンドーン社」という架空の製薬会社がベオグラードの地上を支配している。「GD社」は女尊男卑の気風で、ベオグラード市もそれに引っ張られて男は社会的立場が弱いらしい。

こんな感じで「ベオグラードメトロの子供たち」には、地上⇔地下、男⇔女、新市街⇔スラム、都市⇔地方のような対比構造が入れ子細工のように重なり合っている。主人公のシズキは「変身」をすることで、地下鉄を乗り換えて、突然地表に現れたかのごとく、飛び越えていくことになる。

この複合的な二項対立構造が意味するものが、電撃ONLINEの激アツ推薦文「持たざるものの劣等感を描く心をえぐる物語」ということである。地下は地上を求め、男は女を求め、地方は都市を求める。欠落したものを埋めるために登場人物たちは、境界線の横断を試み、そして挫折する。あるものは不具になり、あるものは夢から覚めることができなくなり、あるものは命を落とす。

「理想と現実のギャップ」である。離れて見れば喜劇だが、近づいてよく見ると悲劇以外のなにものでもない。しかし、これがたまらなく面白いという人間性に問題のある連中が世の中にはいるのだ。このゲームはそんなどうしようもない人間たちのためのものである。

作中に登場する「ベオグラードメトロ」は、そんな身の丈に合わない理想を埋め合わせようとした代償としての、受け入れなければならない現実なのだ。そして人はみな「ベオグラードメトロ」に生まれ落ち、やがてそこを脱出し、いつかそこを回顧する。すべての場所、すべての人々は地下でつながっている。

様々な境界線を横断した者は最後どうなるのか、持たざるものは幸せになれないのか、その結末は是非自分で読んでみてほしい。大判コミック一冊分の価格で、週末はダークツーリズムを楽しめる。


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